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きょう日本と対戦 そもそも北朝鮮にとってのサッカーとは何なのか? <カウンターは革命的>

(写真:ロイター/アフロ)

きょう21日、2026ワールドカップアジア2次予選日本―北朝鮮戦が行われる。

試合前日、国立競技場にて北朝鮮代表シン・ヨンナム監督の会見が行われた。本人に朝鮮語で直接こう聞いてみた。

――明日の試合の戦略をお聞きします。おそらくは先のアジアカップの日本―イラン戦の映像はご覧になったでしょう。あの試合、イランは後方からのロングパスを活用し、日本に勝ったという経緯があります。明日も似た戦略を考えているでしょうか?

シン監督 筆者撮影
シン監督 筆者撮影

返事はこうだった。

「明日の試合は、流れ次第で戦略は変化がもたらされると思う。明日の試合の流れを見てもらいたい」

なかなか具体的には答えそうにない質問だったが、せめてこちらから「イラン戦と同じことをやってくる可能性もあると察してるんだ」と相手に釘は刺しておこうと思った。

ちなみに朝鮮語で「ロングパス」は「長い連絡(キン・リョンラク)」というが、個人的にこの単語を使うのは初めてでとても緊張したが。

そんなわけで「謎のベールに包まれた」チームとの対戦がまたやってくる。

メンバーに誰がいて、所属チームがどんなところで、負けたら処罰が本当にあるのか。そのへんの詳細は分からないところも多い。

でもこの点なら分かる。

そもそも北朝鮮にとってのサッカーは何なのか。何を目指しているのか、だ。日本とは政治・経済体制が違う。「最高権力者の意向」が強く反映される。だからそれを読み解けば「伝統的に何を好むのか」も分かる。

カウンターアタックと「速度戦」

もう20年以上も前の話になるが、ソウルの地で2003年に脱北者のサッカー指導者、ユン・ミョンチャン氏を取材したことがある。「ドーハの悲劇」で知られる93年のアメリカワールドカップアジア最終予選で指導者として北朝鮮ベンチにいた。今では鬼籍に入った氏は、現役時代の1970年代の北朝鮮代表時代のエピソードを話してくれた。

金正日氏がサッカーを好んだ。当時最先端だったアディダスのスパイクも代表選手たちに供給していたんです」

彼はカウンターアタックを好みました。自分が視察した試合でいいカウンターが決まると『そうだ! サッカーというものはそうやってやらないと』と言ったものです。

カウンターアタック、スピードはこの国では重要な要素であり続けている。

1966年のイングランドW杯でチリと引き分け、イタリアに勝利し、ベスト8入りを果たした。その余韻もかすかに残っていた1974年、国内の最強チーム「4.25(サー・イー・オー)」が来日し、日本選抜を4-1、日本選抜ユースチームを6-0で下した。

圧勝に際し、朝鮮労働党の機関紙「労働新聞」が自国チームをこう評している。

当時の「労働新聞」
当時の「労働新聞」

「我が国の4.25選手団は毎試合、党が独創的に創始した<速度戦><技術戦><闘志戦><思想戦>を力強く繰り広げ、千里馬朝鮮の主体サッカーの全貌を見せつけることにより欧州と南米ばかりを見ていた日本サッカー界に一石を投じた」

速く、技術を持ちつつ、闘志と頭を使って勝つ。こういったスタイルこそがサッカーに求められた。いわば「カウンターアタック」「速攻」といった考え方だ。ユン・ミョンチャン氏の発言と一致する。

このうち、「速度戦」という言葉は政治的にも多く使われるものだ。

党が指定した期間内に経済的目標を達成するために、「速度戦」と呼ばれる大規模な労働動員運動が繰り返し行われる。「70日戦闘」「150日戦闘」といった表現で「党が決めたことは人民も徹底的にやる」というマインドで実行される。ピッチでの「速い」と、「早い」は少しニュアンスが違うが、いずれにせよサッカー強国だった時代に「労働新聞」でサッカーの文脈に「速度戦」が出てくる点は象徴的なものだ。

最高指導者も「スポーツは国家のためのもの」

北朝鮮では、国のためにスポーツがある。

これは最高指導者の歴代の発言からも伺える。以下は北朝鮮スポーツの「基本思想」ともいえる、故金日成氏の演説内容だ。日本の統治から解放された約1年後であり、建国前の1946年10月6日にこんな演説を行った、という記録が残っている。

「こんにち、(日本の統治から)解放された民主朝鮮の体育(スポーツ)は、数名の(優れた)個人選手を育て上げるスポーツにとどまってはならないでしょう。また、少数の人々の遊び道具になってもいけません。今後、私たちの体育は、朝鮮の自主独立と民主主義的発展のための国づくり事業の重要な一環として発展させなければなりません。言い換えれば、民主朝鮮を建設する立派な国づくりの人材を育てるために、人民を肉体的に、精神的に鍛えるための全人民的スポーツに発展させなければなりません。ここでスポーツの大衆化が特別に重要な意義を持ちます。なぜなら、体育を大衆化し、生活化し、広範な大衆の中に広く普及させてこそ、我々民主の全般的な健康増進を保障することができ、全人民に丈夫な体質と健全な思想を持たせることができるからです。私たちはすべての青年、学生と勤労者がいつもスポーツ事業に積極的に参加するようにし、大衆の中でスポーツを生活化するために努力しなければなりません」

21日の日本戦前日に国立競技場でトレーニングを行う北朝鮮代表選手たち 筆者撮影
21日の日本戦前日に国立競技場でトレーニングを行う北朝鮮代表選手たち 筆者撮影

これは決して「昔の話」ではない。

2012年、金正恩氏が体育政策と体育事業を総括する「国家体育指導委員会」を発足させ、「体育強国建設」を国家的な目標として推進する決定を下した。同氏は2015年3月25日、第7回全国体育人大会参加者に以下のような書簡を送ったと「朝鮮中央通信」が報じている。

体育は国力を強化し、祖国の尊厳と栄誉を輝かせ、人民に民族的誇りと自負心を高め、社会全体に革命的な気風を満ち溢れさせる上で、非常に重要な役割を果たす」

「体育強国建設で我が党が掲げた重要な目標は、国の専門体育技術を画期的に発展させ、我が選手たちがオリンピック競技大会と世界選手権大会をはじめとする国際競技で覇権を握り、国の尊厳と気概を高く轟かせるようにすることである。体育人は体育強国建設の最前線に立つ旗手、突撃隊である。平和時代に他国の空に共和国旗を翻す者は体育人しかなく、優勝の金メダルで祖国の尊厳と栄誉を世界に轟かせるのは、体育人の聖なる任務である」

21日の試合では、北朝鮮は先のアジアカップでイランが仕掛けてきたロングボールを使ってくるだろうか? 日本代表サイドの前日取材では、遠藤航が「そうだとしても、パスの出しどころを止めていきたい」と語っていた。だとしたら日本が押し込んで、逆に北朝鮮がカウンターアタックを仕掛ける展開になるか。その瞬間はあちらからするとすごく「革命的な瞬間」なのだ。

吉崎エイジーニョ ニュースコラム&ノンフィクション。専門は「朝鮮半島地域研究」。よって時事問題からK-POP、スポーツまで幅広く書きます。大阪外大(現阪大外国語学部)地域文化学科朝鮮語専攻卒。20代より日韓両国の媒体で「日韓サッカーニュースコラム」を執筆。「どのジャンルよりも正面衝突する日韓関係」を見てきました。サッカー専門のつもりが人生ままならず。ペンネームはそのままでやっています。本名英治。「Yahoo! 個人」月間MVAを2度受賞。北九州市小倉北区出身。フォローお願いします。https://follow.yahoo.co.jp/themes/08ed3ae29cae0d085319/

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