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【パリ五輪予選】「韓韓対決」に勝ったインドネシアのシン・テヨン監督 試合後に語った「強くなった理由」

2023アジアカップ時のインドネシア代表監督シン・テヨン(写真:ロイター/アフロ)

韓国にとっては衝撃の敗退だった。4月26日に行われたパリ五輪アジア最終予選(兼U-23アジアカップ)準々決勝でインドネシア相手にPKでの敗戦を喫した。これでパリ五輪本大会の出場の可能性が完全に断たれることとなった。

失ったものは多い。五輪連続出場記録は9で断たれ(W杯ではブラジルに次ぐ10大会連続出場記録を更新中)、国民の認知度の高いファン・ソンホン監督のキャリアが大変難しいものとなり、若い選手たちは兵役免除の機会を失った。つまりは欧州進出も難しいことになったのだ。

本予選直前の3月下旬、ファン監督は臨時A代表監督としてタイとのW杯予選2戦の指揮を執った。2月にユルゲン・クリンスマン前監督を解任した後の処置だった。複数候補の中から五輪代表監督が選ばれたのだ。

このせいで同時期にゲスト参加した西アジアU-23カップでの3試合を直接指揮できなかった。大会前の貴重なテストマッチの機会を逸したのだ。

この最終決定を行ったチョン・モンギュ会長は猛烈な批判の矢面に立たされることになる。いやむしろ、コアなファンたちはこの「HYNDAIの御曹司=チョン会長」を追い出す格好の機会を得た、と捉えているか。

もうひとつ、韓国にとって”痛かった”点がある。

対戦相手のインドネシア代表監督が、自国人のシン・テヨン監督だったのだ。現役時代は、代表では不遇だったものの、国内で「最強だけど不人気」だった城南一和(現城南FC)で90年代中盤以降の看板選手として名を馳せた。2012年にはクラブのオーナー(つまり統一教会)が支援を大幅に減らすなかでアジアチャンピオンズリーグ優勝、クラブワールドカップ出場という結果を残した。

2017年7月、韓国代表監督に就任するとロシアW杯アジア最終予選を苦しみながらも勝ち抜き本選出場。本大会ではスウェーデン、メキシコ、ドイツという「死の組」でグループリーグ敗退を喫したが、最終戦のドイツ戦で2-0という勝利。韓国では「カザンの奇跡」として語り継がれている。

いっぽう当時、韓国代表監督としてのプレッシャーは壮絶だったようで、本大会直前には「普段サッカーを見ない人こそが強く批判する」という名言(⁉)も遺していた。

2019年12月、インドネシア代表監督に就任。現在はフル代表のほか、U-23代表、U-20代表監督も兼任している。

26日の韓国戦後、韓国メディアの取材に韓国語でこう答えた。

―PK戦まで行く長い戦いの末、勝ちました。

「私はこの程度まで行くのは初めてで、ここまで行かなくてもいい部分を(90分で決められる部分を)自分たちでPK戦まで行かせてしまって、選手たちを叱ったりもしましたが、それでも最後のPK戦まで行って勝ったので、気分はいいです」

―インドネシアとしても40年ぶりの五輪出場を目指すことになります。

「私は、我がチームは間違いなく強運だといつも言っていましたが、他の人は信じてくれませんでした。まあ「インドネシアはどの程度のものか分からない」と。そんな話を聞きました。しかし自分たちはそう思ってはいけない。我がインドネシアは運があるうえに、試合内容もすべてが良いと、ずっと選手たちに言っていた面もありました。私は今回の大会に来た後も、選手たちに「私たちは決勝まで行ける。本当にいっぺんやってみようぜ。私はそう信じている」と言っていた部分が、選手たちにとてもモチベーションになっていると感じています。自信を持って試合もうまくこなせている。この点がかなりオリンピックまで行そうな部分を作り出したのではないでしょうか。

実は、インドネシアの今回のチームは私の長男よりも若いんですよ。同時に彼らとは 長くやっているので(シン監督はA代表からU-20まで兼任)、選手たちも私のことを皆好きで、私も選手たちを尊重しているので、お互いの関係がとてもよくなったと思います」

―試合後、韓国の選手たちにも声をかけていた。

私には何も言えることがなくて、「お疲れ様でした」という一言しか言えない状況でした。申し訳なかったです。何度も言いますが、私の大切な心情は、韓国が10大会連続出場することになれば、世界中で今後破られることのない記録になるのではないかと感じていたことです。

―韓国の10大会連続五輪出場記録を破った。

私も(過去に)ワールドカップで出場した記録(2018年W杯の監督として韓国のW杯での連続出場記録10のうち、9回目を)を作ったので、記録が作られる部分についてよくわかっています。黄善洪監督と一緒に作れたらいいなと思っていました。でも運命の悪戯のように8強で当たってしまったので、私もその部分について(パリ五輪出場)は譲歩できない部分でした。そしてそのような記録を私が破ったこと自体が、とてもつらく、申し訳ない気持ちがたくさんあります

―今後の目標。

とりあえず、私は我がインドネシアサッカーがワールドカップ出場の力になることです。個人的な考えとしては、少なくとも3次予選(最終予選)には出場出来ると思います。そして3次予選に出場することになれば、今度はまたワールドカップ本大会という別の目標が待っています。夢は大きく持たなければならないと思っています。そこに一度挑戦するのが私の夢です。そして、この場でこんな話をしていいのかわかりませんが、私の最後の夢は韓国に戻って、韓国代表チームで私の最後の挑戦をもう一度やってみたい。それがまだ残っている私の夢なのです」

じっくり時間をかけた末の結束。この点に強くなった理由がありそうだ。

吉崎エイジーニョ ニュースコラム&ノンフィクション。専門は「朝鮮半島地域研究」。よって時事問題からK-POP、スポーツまで幅広く書きます。大阪外大(現阪大外国語学部)地域文化学科朝鮮語専攻卒。20代より日韓両国の媒体で「日韓サッカーニュースコラム」を執筆。「どのジャンルよりも正面衝突する日韓関係」を見てきました。サッカー専門のつもりが人生ままならず。ペンネームはそのままでやっています。本名英治。「Yahoo! 個人」月間MVAを2度受賞。北九州市小倉北区出身。仕事ご依頼はXのDMまでお願いいたします。

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