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【なでしこ】北朝鮮監督 vs. 韓国メディア 「連続バトル」はなぜ起きた? 禁断ワード「北韓」の意味

(写真:ロイター/アフロ)

一番重要なことは、なでしこジャパンがパリ五輪出場権を得たことだ。

それを巡って日本と北朝鮮が争ったアジア最終予選が28日に終わった。24日に行われた初戦の開催地が平壌から変更され、3日前まで正式に決まらないなどハプニング続きの日々だった。

そのうち、27日と28日に連続で起きた「北朝鮮監督vs. 韓国メディア」のバトルは、その日々のストーリーの最終章を書き足すような話だった。日本、北朝鮮、AFC、サウジアラビアといったステークホルダーに、まさかのまさか、最後の段階で韓国が入ってきたのだ。

国立競技場に取材に訪れた韓国メディアが質問する。

そのうち国号を巡る表現に対して北朝鮮監督が激怒。

「質問を受け付けない」と拒否する――。

筆者が彼らの言語を理解する日本メディア側という立場で一連の動きを現場で目にした。「日本でそんな騒動が起きたことにすごく怒りたいのだが、すぐには解決しようのない根深い話」だった。

これによって、会見会場の雰囲気がすっかり悪くなってしまった。結果的に「勝てば五輪が決まる」という重要な試合で、相手側の事情を聞く機会が削がれるかたちになった。

なぜそんなことが起きたのか。その全容と背景を紹介する。

27日、「北韓」という言葉が登場

事が最初に起きたのは、試合前日、27日の北朝鮮代表監督リ・ユイル監督の会見時のことだった。2番目の質問者となった韓国大手保守系メディア「東亜日報」系のテレビ「チャンネルA」の女性記者がこう質問した。

―まず、北韓女子サッカーの力はどこから来るのでしょうか。

リ監督はこの段階で、手を小さく横に振る「拒否」のジェスチャー。

リ・ユイル監督:国号を正確に。「北韓」ではなく、朝鮮民主主義人民共和国チームなので、国号を正確に言わない場合は、質問を受けません。

その表情から怒りが伝わり、会見会場が凍りついた。

筆者撮影
筆者撮影

「北韓(プッカン)」という言葉は、韓国で北朝鮮を言い表す言葉だ。そのニュアンスは「自分たちの領土の一部」というもの。

大韓民国憲法第3条には次のように記されている。

「大韓民国の領土は韓半島とその付属島嶼とする」

つまり韓国の領土は「半島全体」であり、そのうち北は「反国家団体もしくは不法団体が占領する地域」という解釈だ。だから国名すらなく「韓半島の北の地域」という意味。もちろん時に「朝鮮民主主義人民共和国」という言葉も使われるが、馴染みのある言葉ではない。

かの「愛の不時着」ですら、北朝鮮内を描くシーンで韓国視聴者向けに「北韓」という言葉を使う場面も見られる。

では北朝鮮にとっての正解は何なのか。

「朝鮮(チョソン)」

あるいは「共和国(コンファグク)」

さらには「朝鮮民主主義人民共和国」のフルネーム読み。

しかしそんな言葉を韓国メディアが口にするわけがない。こんにち、韓国での「朝鮮」という言葉はイデオロギー的な意味(社会主義、共産主義)を帯びている「忌避ワード」。そして日本による統治時代を想起させるあまりよくない言葉というイメージも強い。一部「朝鮮日報」「ウェスティン朝鮮(旧朝鮮ホテル)」「朝鮮大学(光州広域市)」など固有名詞で残っている程度だ。

そもそも日本の筆者が書くこの原稿ですら「北朝鮮」と書いている。日本とは国交がないため「朝鮮半島の北側」という地域名を指す呼称だ。ただ、日本サッカー協会は相手への配慮から、近年の北朝鮮との試合の公式の場では「朝鮮民主主義人民共和国」や「DPR KOREA」といった表現を使っている。

結局、質問には答えたリ監督

さてさて、世では「北朝鮮が悪」という文脈になりがちだ。しかし、リ監督はこの質問に関しては最初に立腹しながらも、しっかりとそれに回答している。


―では、国号を言わず質問してもよろしいですか。女子サッカーチームのパワーはどこから発生しているのか。明日、非常に大きな、熱い応援が期待できると思いますが、明日のチームに対する在日同胞たちの応援は、勝利にどのような影響を及ぼすのでしょうか。

「非常に簡単な質問ですね。サッカーをするうえでの原動力は、国を代表して戦っているという点で、国を輝かせたいという気持ちが強いと思います。選手本人もそうですが、家族、両親、兄弟、親戚、友人たち、多くの人たちが期待してくれているわけです。その期待にぜひとも応えたい、そういった気持ちが強いのではないでしょうか。自分たちが頑張ることによって女子サッカーの発展に少しでも貢献できるのではないか、そういったことがパワーの源になっていると思います。さらに、明日の同胞たちによる応援ですけれども、人というのは誰でも自分を支持し応援してくれる人たちがいるからこそ支えられている、そういった気持ちが強いわけで、やはり明日の大きな応援というのは大きな力になると思います」

果たしてこの記者は無意識だったが、意図的に「主張」したのか、それともハプニングを撮りたかったのか。

28日、試合当日に起きたこと 「大韓民国」と先に名乗り...

翌日、28日の試合後のリ監督の会見でも再度“バトル”が起きた。

最初に指名された東亜日報の記者がこう名乗った。

―大韓民国の東亜日報です。

さらに続いた質問は「今日の敗因」と「これからすべきこと」だった。この時点でリ監督は小さく手を横に振って拒否するジェスチャー。

こう答えた。

「そこにいらっしゃる方たち、この間(昨日)から我々の神経を刺激する、非常に敏感な問題を話す。あの人の質問は受けません」

北のリ・ユイル監督が立腹したのは、おそらく「大韓民国」と先に名乗ったことだった。前日に国の正式名称を巡って争った「北韓事件」の当てつけと感じたのではないか。

なぜならリ監督は「非常に敏感な問題を話す」としているが、質問自体はまったくそれに該当しそうにもない。「東亜日報」は27日には「北朝鮮のサッカーの強さの秘訣」「在日同胞の応援に思うこと」を聞いた。質問自体は非常にポジティブなものなのだ。「神経を刺激する」とは「国号」の問題と見られる。

この後、凍り付くような雰囲気となった会見現場で、北朝鮮のリ監督は日本メディアの質問に1つ答えた。その後、みずから「質問はあと一つ」と切り出した。司会者が「あと2つ」とリクエストし直すとそれに応じ、別の日本メディアと自ら指名した朝鮮総連系の記者の質問に答えた。

何が起きたか整理すると…

日本の地で起きた「南北のバトル」。整理するとこういうことになる。日本の場でこういうことが起きた、という点は遺憾だ。しかし「こうすべきだった」という指摘もなかなかできない。

北朝鮮監督の「司会者を制して自ら質問数を制限する」という姿は公の関心に応えるという役割を果たしていない。国際水準ではない。それでも歴代の北朝鮮サッカー監督のなかでは表情豊かだったが。

同じく「特定メディアの質問に答えない」という姿勢は、サッカーの本場イギリスでもあることだという。大衆紙の質問への回答を監督が拒否する、といったかたちで。

いっぽう韓国メディアに対して意見しても、すぐに解決する話でもなさそうだ。2日目に「大韓民国」と先に名乗ったことに意見もしたくなるが、それとて彼らの正式な国号なのだから否定もできない。言ったところで「大韓民国は大韓民国」と返ってきて、話は平行線となる。試合前日に「北韓」と口走った記者も結局は何も釈明することなく、すぐに「では国号を言わず質問する」と切り返した。彼ら彼女らとすれば当然の姿勢ということだ。

ではどうすべきだったか、という具体的な提案もちょっと難しい。韓国記者が北朝鮮をどう呼ぶべきか。その単語をここで指定するのも筋違い。南北関係が良かった02年頃から「北側(プクチュク)」「南側(ナムチュク)」という言葉がよくつかわれてきたが、近年は北朝鮮サイドがこれを嫌がる姿勢を見せているという。

何より、韓国メディアが日本対北朝鮮戦の会見で質問したことも間違いではないし、質問内容もじつのところ日本メディアと共通の関心事だった。

言えるのは「日本と北朝鮮の戦いだった点に、ご配慮を」ということまで。北朝鮮の監督の口が堅いことは想像できるだろう。それを喋らせることこそ腕の見せ所でしょう、と。取材者として相手にたくさん喋らせた方が読者にもよい情報を提供できる。その駆け引きに日本も韓国も関係ない。

写真:ロイター/アフロ

「東亜日報」は「北の監督が韓国記者の質問を拒否」と報道

繰り返しになるが、今回の韓国記者たちによる「国号」の話が、無意識だったか、意図的に主張したものだったのか、あるいはハプニングを撮ろうとしたものなのか。

該当媒体は28日に「北・女子サッカー監督、敗因を問われると『神経を刺激する』と回答拒否…日本に1-2で敗れ、オリンピック出場に失敗」と会見の様子を報じた。

「試合後、リ・ユイル監督北韓監督は記者会見で敗因を聞く韓国記者の質問を拒否した」

「リ監督は、試合の敗因と今後どのような点を補強すべきだと考えるかを問われると、『そこにいる方々は昨日から私たちを神経質にさせ、非常に敏感な問題を話す。そんな人の質問は受けない』と言った」

「リ監督が言及した『前回』とは、試合の一日前である27日の事前記者会見のことを指していると見られる。その時、リ監督は韓国の記者が『北韓』という表現を使うと、『朝鮮民主主義人民共和国チームなので、国号を正確に呼ばなければ質問を受けない』と言った」

韓国記者=自社記者なのは明らかだが、そこを記さないあたり、日本と北朝鮮の真剣勝負を「面白おかしく切り取る」「違う話に持っていく」という狙いはないことは分かる。

いずれにせよ雰囲気は悪くなり、監督は会見を自ら打ち切った。その影響もあってこの大一番の相手国たる北朝鮮の話は聞き出せなかった。

なぜ初戦で日本の脅威となっていたFWの17番キム・キョンヨンがこの日は途中出場だったのか。

初戦が平壌で行われなかったことについて、相手国側はどう思っていたのか。

巡りに巡った初戦の開催地の情報についてどんな情報が行き交っていたのか

もう二度と聞くことはできない 。

なでしこジャパンが勝ったことが本当に救いだ。本当に歴史的勝利だった。最後に韓国までもが騒動に加わっての勝利だったのだから。

吉崎エイジーニョ ニュースコラム&ノンフィクション。専門は「朝鮮半島地域研究」。よって時事問題からK-POP、スポーツまで幅広く書きます。大阪外大(現阪大外国語学部)地域文化学科朝鮮語専攻卒。20代より日韓両国の媒体で「日韓サッカーニュースコラム」を執筆。「どのジャンルよりも正面衝突する日韓関係」を見てきました。サッカー専門のつもりが人生ままならず。ペンネームはそのままでやっています。本名英治。「Yahoo! 個人」月間MVAを2度受賞。北九州市小倉北区出身。フォローお願いします。https://follow.yahoo.co.jp/themes/08ed3ae29cae0d085319/

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