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「独に勝利」4年前の韓国 ダメ押し点アシストの元Jリーガーが語る 「サプライズはなぜ起きたのか」

(写真:ロイター/アフロ)

「えっ? なんで? ここにいるの?」

2018年6月27日、ロシア・カザン。同国開催のW杯グループリーグ最終戦のドイツ戦に途中投入されていた韓国代表ボランチのチュ・セジョンはそう思った。

96分、ドイツのスローインの状況で、GKマヌエル・ノイアーがハーフラインを超えた韓国陣営でボールを受けていたのだ。1-0で韓国がリードしていた。いくらドイツが2点差以上の勝利がグループリーグ突破の必須条件だったとはいえ…。

次の瞬間、決心した。

「行け!」

ボールを獲りに行く。そう決めたのだ。

写真:ロイター/アフロ

「だっていくらノイアーだと言っても、フィールドプレーヤーほどにボール扱いは上手くはないでしょう?」

ボールを奪うと、大きく前方を見た――。

ロシアW杯F組の最終節での戦いは韓国では「カザンの奇跡」と呼ばれている。その立役者の一人「ノイヤーからボールを奪った男」はこの後にJリーガーとなった。

1990年生まれのチュ・セジョンは、2012年に釜山アイパークでプロデビュー。176cmと大型ではないが、スキルフルなプレーと献身的な守備で評価を上げ、2015年に25歳でA代表デビューにも選出された。代表では主力定着とはいかなかったが、2018年ロシア大会ではサプライズ的に代表に選出されていた。

大会の後、2021年から22年途中までガンバ大阪に在籍。今シーズン途中からKリーグ2(2部)の大田ハナシティズンに移籍し、チームの1部昇格に貢献した。

「今季の後半は日本から韓国に戻って、レンタルで大田にてプレーしました。すばらしい監督、クオリティの高い選手たちとともに昇格という結果を得たシーズンでした。今はしばし休みながら、来季をどうするのか考えているところです」

2022シーズン後半にプレーした大田での姿 DAEJEON HANA CITIZEN
2022シーズン後半にプレーした大田での姿 DAEJEON HANA CITIZEN

「守備陣形を崩さないように」

韓国としてもわずかな可能性を残した第3戦・ドイツ戦だった。シン・テヨン監督率いるチームはそこまでスウェーデン、メキシコに連敗。ただしドイツの不振もあり、大混戦の様相を呈していた。この試合に2点差以上で勝てば、裏で行われていたカードの結果によって得失点差でのベスト16入りの可能性があった。

そこまでの2戦で手痛い連敗を喫していたシン・テヨン監督だったが、ドイツ戦には明確な戦略を立てて試合に臨んだ。

選手たちにはこう伝えていた。

「ドイツは確かにFIFAランキング1位だ」

「しかしロシアに入る前のテストマッチからチームが噛み合っていない」

「守備陣形を崩さないようにしよう」

「ボールを奪ったらカウンターを仕掛けよう」

試合前から「ドイツは韓国に対し余裕を持ちすぎている」と感じていたのだ。

写真:ロイター/アフロ

かくして迎えたドイツ戦。

前半を0-0で折り返した。

ピンチはすべてGKチョ・ヒョヌの攻守で防ぎきった。いっぽうで韓国は8分にボランチのチョン・ウヨン、23分に2列目のイ・ジェソンが警告を受けるなど、体を張った守備を強いられる展開となっていた。

ただしドイツからは焦りも感じられた。36分には中盤中央の低い位置でボールを受けたレオン・ゴレツカがかなり強引に右サイドを突破するドリブルを仕掛けた。これを韓国の左サイドバック、ホン・チョルが止め、GKにバックパスする一幕もあった。

ハーフタイムの韓国代表のロッカールームでは、選手同士が興奮ぎみにこう声をかけあっていた。

「行けるんじゃないか」

「この勝負、勝ちに持っていこうぜ」

チュ・セジョンもそう思っていた。ただしベンチで試合を見ながら、少し冷静な部分もあった。

「試合に勝つにしても、先制点を与えないことが条件だと考えていたんです。先に取られると、こちらも前に出ていかないといけなくなりますから。そこまでやってきたことが崩れるな、と」

後半開始早々の47分、韓国に「やってはいけないプレー」が出てしまった。安易に右サイドからのクロスを許し、これをレオン・ゴレツカに頭で合わせられる。

ゴール…

とこの時、韓国の中継アナウンサーも思わず口にした。

しかしこれはGKのチョ・ヒョヌが奇跡的なセーブでゴール右サイドに弾き出した。開始直後の集中を欠く時間での「致命傷」は食い止められた。

その後、ドイツは58分にボランチのサミ・ケディラに替え、FWのマリオ・ゴメスを投入。より攻勢を強めていった。

「ドイツかなり強し」と思ったが…「スペースがある」

69分、チュ・セジョンがシン・テヨン監督に呼ばれた。すでに警告を受けていた攻撃的な左MFムン・ソンミンに替えての投入だったから、守備を固める狙いは確かだった。しかし、じつのところ戦術的には細かい指示はなかった。

「体力が残っているから、チームメイトをサポートしてあげて」

「一度のゴールチャンスをモノにすればいいから」

チュ・セジョンは自分の役割を「プレス」と「カウンター」だと思っていた。

「自分たちは強い気持ちを持っていたとはいえ、チームは体力的に消耗していたのは確かでした。だからしっかり中盤に入って守備をして、攻撃陣に良いボールを出すことだと」

やることは整理できていたが、正直なところピッチに入るとドイツ選手のレベルの高さに驚いた。自身は当時、国内の2部リーグ軍隊チームの「牙山ムグンファ」に所属。大舞台の経験はロシアW杯では第2戦のメキシコ戦に先発出場したのみだった。

「速くて、強い。エジルとトニ・クロースと対面し合うポジションだったんですが、正直『これが世界レベルなんだな』と強く思いましたよ」

しかし、相手にはスキがあった。

「スペースですよ。どんどんラインを前に上げて、韓国にプレッシャーをかけてくる。だから後ろにぽっかりスペースができていて。そこにボールを入れて、チャンスを作ろうと考えていました」

時間が経っていくごとにドイツが追い詰められていった。押しているものの、決定機まで作れない。86分には右からのクロスにフリーのマッツ・フンメルスが頭で合わせ、勝負あり…と思わせたがフンメルツはボールを肩に当ててしまい、ゴールならず。ドイツベンチは怒り、失望した様子を見せた。

これはシン監督の試合前日からのある策略の成功でもあった。この試合の1年後、韓国のテレビ局にこう証言している。

「この人達(ドイツ代表)は…過信に陥っていると感じましてね。それを感じ取っていたので、試合前日のインタビューから相手のレーヴ監督を持ち上げ、チームを持ち上げて、より警戒を解くようにしていたんですよ」

写真:ロイター/アフロ

韓国は90分を耐えきった。

ここから「勝負」に持ち込める状況を作ったのだ。アディッショナルタイムは6分。89分にドイツ選手のシュートが韓国右サイドバックのイ・ヨンが股間に当たったことによる治療の時間もあり、たっぷりと時間が取られた。

93分、先制ゴールが生まれた。ソン・フンミンのコーナーキックから、FC東京、大宮アルディージャ、ガンバ大阪でプレーしたCBキム・ヨンクォンが左足で蹴りこんだ。オフサイドではないか、とVARに持ち込まれ、スタジアムは騒然としたが結局ゴールは認められた。

韓国ではこの時、相手選手をブロックしながらキム・ヨンクォンのスペースを確保したCBユン・ヨンソンの動きにも称賛の声が集まった。ドイツ戦でこの大会初先発初出場の国内組だったのだ。

そして迎えた96分。その時はやってきた。

チュ・セジョンはハーフラインを超えてのスローインを受けたノイアーに対し「行ける」と判断、ボールを奪いに行った。

その後、前方を見た。「スペースがある」と認知したのは前半戦をベンチで眺めた成果でもある。追い込まれたドイツはより守備ラインを上げ、スキを生み出していた。

前方にはソン・フンミンがいた。体を大きく回転させて、左足のキック。

写真:ロイター/アフロ

写真:ロイター/アフロ

そのままソン・フンミンはドイツDFラインの裏を取り…GKのいないゴールにボールを流し込んだ。

写真:ロイター/アフロ

韓国2-0ドイツ。

試合はこのスコアのまま終了した。

歓喜。そして実は現地のプレーヤーたちは直後に、悲しみの涙にくれた。裏で進行していたメキシコースウェーデン戦の結果はスウェーデンが3-0の勝ち。その結果を聞かされ、ベスト16への道は絶たれたことを知ったのだ。勝ち点6で裏カードの両国が並び、グループリーグ突破となった。

チュ・セジョンはこのドイツ戦の記憶をこう振り返っている。

「しっかりと準備をして、状況もその通りになった。勝った後に感じたことなのですが、やはり相手が守備ラインを上げてきたところに、韓国にはソン・フンミンのようなスピードとパワー、技術のあるFWが多くいた。そういった点が重なって成し遂げた勝利だと思います」

奪える、という判断はチームの確固たる戦略と、それを実践できる状況を作り出したことから生まれたのだった。そして欠かせなかったのはメンタルだ。

「相手がドイツだという考えよりも、チーム内では自分たちがベスト16に受けるチャンスはある、という話をしていました。韓国や現地では熱狂的に応援を繰り広げているファンの方々がいる。ファンのためにも絶対勝とう、という話をしていたんです」

あの時のドイツと、今大会のドイツは違う。何より初戦からチュ・セジョンが「なんで?」と思うほどのリスクを背負ってラインを上げてくることはありえない。

ただ言えること。それは”Jリーガー”が世界を相手に十分に戦えたということだ。チュ・セジョン自身、ロシアW杯後、3年を経て2021年に移籍したガンバ大阪での記憶をこう口にしている。

写真:西村尚己/アフロスポーツ

「最初に大阪に行ったときから、多くがよくして下さり、早くJリーグに適応できるように助けてくださったという、とても良い思い出が残っています。家族も皆、とても幸せな瞬間だったと記憶しています。ただ自分がガンバ大阪でもう少し多く試合に出て、チームの力になれたらよかったという思いはあります。それができずに非常に残念です。ガンバのファミリーにはいつになるか分かりませんが、再びもう一度会いたいと考えています」

2018年ロシア・ワールドカップでの韓国ードイツ。試合のスタッツはポゼッション率が韓国の26%に対し、ドイツが74%だった。ただし枠内シュートは韓国の5に対し、ドイツは6。チュ・セジョンの言葉通り、守備が耐え終盤に勝負を持ち込んだ結果でもあった。

そして彼の左足からソン・フンミンが2点目を決めた瞬間、韓国国内最大のポータルサイト「NAVER」、国民アプリ「カカオトーク」、国内の大手インターネット掲示板のサーバーがすべて瞬間的にダウンしたのだという

吉崎エイジーニョ ニュースコラム&ノンフィクション。専門は「朝鮮半島地域研究」。よって時事問題からK-POP、スポーツまで幅広く書きます。大阪外大(現阪大外国語学部)地域文化学科朝鮮語専攻卒。20代より日韓両国の媒体で「日韓サッカーニュースコラム」を執筆。「どのジャンルよりも正面衝突する日韓関係」を見てきました。サッカー専門のつもりが人生ままならず。ペンネームはそのままでやっています。本名英治。「Yahoo! 個人」月間MVAを2度受賞。北九州市小倉北区出身。フォローお願いします。https://follow.yahoo.co.jp/themes/08ed3ae29cae0d085319/

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