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【自民党と統一教会】"点検"では分からない 「ズブズブの深み」 教祖の熱弁1900字

自民党の茂木氏。幹事長就任時に(写真:ロイター/アフロ)

8日の夕方、自民党による「点検(茂木茂木敏充幹事長)」の結果が発表になった。かねてから指摘されている統一教会との関係の件だ。

じつはその発表前、13時35分頃に岸田文雄首相が国会の閉会中審査で「両者の関わりが政策決定に影響した可能性」を問われた。首相は「特定の団体によってゆがめられることはない」と答えた。

「点検」の結果について各メディアで様々な意見が飛んでいるが、筆者はこの点をツッコミたい。

「関係の深さ=政策への影響」

今回の調査(点検)で分かったのはあくまで表面的な交流。別の次元で深刻なのは14時に岸田首相が答えた話だ。なにせ1980年代には結果的には法案が通らなかったものの、統一教会文鮮明教祖が自民党に「強く働きかけた」とする案が提出までなされたのだ。平たく言うと(文氏側曰く)「私がコーチして法案提出に至らせた」。

スパイ活動防止法。

1985年に提出され、野党の反対により否決した。日本でも東京新聞がこの話に着目し、記事を作成した。

今回紹介する内容は、その2年後に文氏が韓国で話した内容だ。「いかに自民党との関係が深いか」という前段を含め、じつに日本語訳(筆者による)で1900文字に至る"熱い"内容だ。「文鮮明氏がどんな語り口だったか」もよく分かるものだ。

1985年当時の文鮮明氏
1985年当時の文鮮明氏写真:Fujifotos/アフロ

自民党は命がけでスパイ防止法を通過させろ

該当の発言は教団の8大教材教本のひとつ「文鮮明先生みことば選集」韓国語版の第162巻8章に収録されている。

1987年4月9日にソウル市内で行われた信者相手のスピーチ内容だ。日本の政界ではこの年11月に中曽根康弘氏から竹下登氏に首相が替わった。今回の文脈でいうと文鮮明氏が「5年を賭けて法案提出させた(あくまで本人曰く)」、スパイ活動防止法が日本の国会で否決された2年後だ。社会一般ではおニャン子クラブが解散、アニメ「シティーハンター」の放映が始まった年でもある。

http://www.tongilgyo.net/data/book/malsm/pdf/162.pdfより 該当ページスキャン。黄色部分は「スパイ活動防止法」に関する言及部分
http://www.tongilgyo.net/data/book/malsm/pdf/162.pdfより 該当ページスキャン。黄色部分は「スパイ活動防止法」に関する言及部分

この時、文鮮明氏は「摂理歴史の新たな時」というお題でスピーチ。当時は国内外で「週2」くらいのペースで信者の前で話をしていた。特にこの時は2ヶ月ぶりの韓国でのスピーチだったようで、いささか「飛ばし過ぎ」とも思われるようなフレーズもあるが、このなかから自民党が出てくるくだりを翻訳し、紹介する。

話は1987年の日本で「左右陣営の厳しい戦いが続いている」「渦中に統一教会がいる」というくだりから始まる。

日本では今、戦いが繰り広げられています。日本に中共の大使館があるんですが、左翼と統一教会の戦いに関して毎日報告がなされているところでしょう。新聞の報道がどうなっているか、この統一教会がどうなっているのか、文鮮明師(※)がどんな作戦を練っているのかといったことです。だから今、日本の社会党からも注目されています。すべての日本のメディア、経済界などが望遠鏡を眺めているのです! どうやって収集すれば勝てるのか。勝つなら激しく叩け。そういうことです。

※原文では自らを「リヴァーエンド(キリスト教の聖職者)文」と呼んでいる。

私は日本で注目を集めているんだ。この点でまずは関心を惹く。そしてそれに対抗するために自民党の力を動員していると。

日本の統一教会幹部たちはガタガタと震えて椅子に腰掛けています。だから日本の国会での180人の関係する人たちに指示して、まずは分科委員長から問題収集に取り組めと指示しました。我々にとってよい材料が何かというと、スパイ防止法なのですが、これは自民党が命をかけて通過させなければなりません。そのための今まで統一教会が叩かれてきたのです。彼ら(自民党側)に説明をすると、そうだと言わざるをえない状態になっています。すべて事実だ、という状態に。だから国会の各分科委員会を通じて各部署と繋げ、と指示したのです。私が調査をして、文公(文部科学)委員会から新聞社社長、編集局長に至るまですべてくさびを打って入っていったのです。押しまくれと。そして(統一教会の関連団体である)アカデミーがその(現場での日本の左派勢力との)戦いをしないといけません。

文氏の主張は、「日本の左翼は、ソ連や北朝鮮とつながっているはず」。だからその活動を止める「スパイ活動防止法」が有用。そのために自民党と繋がり、まとめていったのだとする。表向きは"自分たちが叩かれながら"法案を通す取り組みを続けていった、と。

その後しばらく話の内容はスパイ活動防止法から離れていく。

文氏が次に話したのは「なぜそんなことをするのか」についてだった。

「韓国のため」。共産主義への勝利を目指すのは、結局は韓国のためだと。まずは日本でこれを制しなければならない、と。そして、日韓両国で批判を受ける自分は「黒子」でもあるべきだとしている。

韓国を救うためには、私が戦わなければならないのです。分かりますか? 私は知らないふりをして(=時に身を隠しながら)、(関連団体の)アカデミーが(現場での戦いを)しなくてはならないことなのです。だから(韓国での取り組みとしては)『南北統一機動隊』や『南北統一全国学生総連合』も作ろうとしているのです。

自民党との繋がりのために「血の涙を流した」

そして、文氏の話は「自民党との強い繋がり」へと続いていった。この文脈がかなり長い。

日本の著名な政治家たち…私は宗教家なので政治家に会うことはただでさえ反対されてきたので、人を遣って自民党の元老たちと接点を作ったんですが…日本で晩餐会を開いたのは1978年でしたかね? 

(部下)「1975年です※」

だとしたら数年前ですか。7年前だな。その時帝国ホテルで晩餐会をしたのですが、日本全国から最高のネームバリューのある人たちが1700人集まりました。そこで岸信介前首相が実行委員長を務めたんですよ。どういうことか分かりますか? 岸前首相が晩餐会で文鮮明師が演説をするその会、で実行委員になったということです。

言葉にすると簡単ですが、その背後の歴史というのは、本当に血の涙を流すようなことも多かったです。本に書くと何冊にもなります。佐藤栄作首相の黒幕までもやり…その時兄弟で戦っていたらしいんですよね。私が和解を行った工作活動からして、本当に逸話が多いです。

※実際にこの晩餐会が行われたのは74年。

その後の文脈で文氏は、日本での人脈を「韓国での悪評を払拭するもの」として活用していたことも明かしている。

韓国では文某が色魔になって、人妻をさらって逃げていると噂が出ているんですが、日本では政界の高位関係者と会っていたということは誰も知りません。晩餐会では(冒頭で)福田前首相が私を紹介する演説まですることになっていました。その時、(首相就任2年前の福田氏は)大蔵大臣になっていて(第2次田中角栄第1次改造内閣にて。在任期間1973年11月25日 - 1974年7月16日)、緊急の経済対策を国家の代表者たちとの会議で話し合わなければならず、晩餐会には途中参加となりました。その席では(福田前首相は自分を)アジアの偉大な方、と演説したのですがこれは日本共産党からはかなりの反発を食らったのではと思います。

さらに、教祖は「なぜ自民党が自分たちを必要としたのか」という点をズバリ話している。

今、自民党の元老たちを中心にどんな問題が起きているのか? 日本は自民党が率いているのですが、その元老級と青年層を繋ぐ中間階層がいないんですよ。これを何で埋めるのか、(繰り返して)これを何で埋めるのか、ということなんです。今、これを心配しているようなんです。政治変動時代に入り、中曽根や福田が台頭してきていますが、この時代が過ぎれば次世代は混乱するでしょう。

それゆえ日本政府のこの元老たちからの我々の信望は厚いものがあります。「あなたたちの弾台でなければダメ」といいながら、あなたたちの判定勝ちだというのです。今(1987年当時)、そういった段階にまで来ています。

文氏は最後にもう一度、「スパイ活動防止法」について言及した。

だからそういった風土を中心に据え、挙国的な組織を作らればならないと言い、私はスパイ法案を7年前(1980年)から提示したのです。日本の東京都の有名な岡田弁護士という方がいるのですが、その人は東京都の弁護士会長を務めています。この人をそそのかして、世界の先進5カ国を訪問させました。そしてこのスパイ法案をすべて私がコーチングしたんです。今(85年の否決から2年後の87年)、このスパイ法案を通過させるために日本の国会で戦いが繰り広げられているのです。

そのために全地方の自民党の要員たちを再組織・編成する試みが繰り広げられました。ただじっとしていてはダメだと。思想武装をしなければならないと。今、勝共連合を中心に据えた教育段階に入ったのです。こういった底辺活動とともに…

自民党側をかなりコントロールし、まとめていたと"豪語"する。あくまで教団側の話ではあるのだが、それでも本件の片方のステークホルダーからの「証言」でもある。脚色はどれほどあるのだろうか。自民党側曰く「昔の話なので、点検しきれない」ということか。少なくとも法案が提出されたところまでは事実だ。

吉崎エイジーニョ ニュースコラム&ノンフィクション。専門は「朝鮮半島地域研究」。よって時事問題からK-POP、スポーツまで幅広く書きます。大阪外大(現阪大外国語学部)地域文化学科朝鮮語専攻卒。20代より日韓両国の媒体で「日韓サッカーニュースコラム」を執筆。「どのジャンルよりも正面衝突する日韓関係」を見てきました。サッカー専門のつもりが人生ままならず。ペンネームはそのままでやっています。本名英治。「Yahoo! 個人」月間MVAを2度受賞。北九州市小倉北区出身。仕事ご依頼はXのDMまでお願いいたします。

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