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北朝鮮 1ヶ月ぶりのミサイル発射 今なぜ? 韓国の報道「ウクライナ情勢」と「韓国大統領選」

写真はイメージ(今年1月5日の発射時の韓国でのニュース報道ぶり)(写真:ロイター/アフロ)

27日午前7時52分頃、北朝鮮が弾道ミサイルを発射。

日本海側の日本のEEZ=排他的経済水域の外側に落下した。

今年に入って8回目、そして約1ヶ月ぶりの軍事挑発だ。

なぜ今?

韓国では「ウクライナ情勢」そして「韓国大統領選挙」と関連付けた分析が報じられている。

7時52分の発射後、韓国メディアでは8時00分頃に「聯合ニュース」が第一報を報じた。落下地点の情報などは日本による発表が少し早かったようで、NHKの報道も多く引用された。

国内の各媒体が報じているのは、韓国大統領官邸「青瓦台」側のスタンスだ。「重大な憂慮と強い遺憾」の言葉の他に、こういった内容を伝えている。

「ロシアのウクライナ侵攻により国際社会の不安定さが高まっている状況で北朝鮮が挑発を再開した点を非常に重く捉えている」

「(北は)さる北京冬季五輪の期間は武力挑発を一時中断していた」

「金正日の生誕80周年記念日(2月16日)も比較的静かに過ごした」

いっぽうで「来たる4月の金日成の誕生日の(4月15日の「太陽節」)と前後して武力示威があるのではと分析してきた」

想定よりも少し早い”再開だった”とも伝えている。

事態に対し、ソ・フン国家安保室室長の主宰によりNSC(国家安全保障会議)常任理事委員会の緊急会議を行い、対策を協議中だ。今回は全体会議ではないため、これに文在寅大統領は参加していない。

北朝鮮は「ウクライナ情勢」についてメディア発表”これまでほぼナシ” 

「ウクライナの件でアメリカが気を取られているうちに、極東でも自らの存在感を示す」という点は日本からも想像がしやすいのではないか。27日は北京五輪閉幕とパラリンピック開幕の間の時期でもある。

韓国でも地上波「SBS」「韓国日報」などがウクライナ情勢と関連付けた見出しを打った。ただしその因果関係については「詳細わからず」というのが実際のところだ。

なぜか。

25日のロシアによる侵攻開始以降、北朝鮮側からの関連報道が一切ないのだ。「聯合ニュース」も26日に「ウクライナ侵攻、”内政不干渉”を叫びアメリカと対立する北朝鮮、ロシアには沈黙」と報じている。

確かに北朝鮮の対外宣伝サイトを調べても「朝鮮中央通信」や「労働新聞」には一切の言及がない。サイト内で「ロシア」のキーワード検索をかけても、17日に「(2月16日の)偉大なる領導者金正日同志の生誕80周年に際し、ロシアならびに独立国家共同体の政党のインターネット討論会が進行された」と「朝鮮中央通信」が伝えるのみだ。ロシアによる侵攻説が囁かれていた2月15日前後にはロシアの味方をする論調が見られたが、侵攻が始まった25日からは一切言及がない。

韓国の「聯合ニュース」は上記記事でこの背景についてこう報じた。

1. 言いづらい

アメリカの内政干渉を批判してきた手前、立場を表明しづらい。この点に加えて、同媒体は梨花女子大のパク・ウォンゴン北韓学科教授のコメントを紹介している。

「北朝鮮にとって、ロシアのウクライナ侵攻はこれまで度々非難してきた『帝国主義的形態』に該当する」「それゆえ説明が難しいのでは」

アメリカへの非難のみならず、北朝鮮自らのありようを考えても立場を表明しづらいということだ。

2.中国の立場も考えて

「聯合ニュース」はウクライナ情勢を巡る中国の立場を「形式的にバランスを取った」と報じた。

「一貫して各国の主権と領土保全を尊重する」。つまりウクライナの立場に立ちつつ、「同時にウクライナ問題の複雑で特殊な経緯があるという点を注視し、ロシアの合理的な安保への憂慮を理解する」とロシアの側にも立つという立場だ。

北朝鮮もこれに倣った立場を取っている。自国が出過ぎることなく、中国の出方を見守っているという分析だ。

ただし、報道はないが1度だけ、26日に同国外務省のサイトで国際政治研究学会のリ・チソン研究員による文章が公開されている。今回の侵攻を「ウクライナ事態」と呼び、「アメリカのウクライナに対する内政干渉が原因」とした。韓国メディアはこれを「ロシア側へのすり寄り」と報じた。今後何らかの報道や立場表明があるだろうか。

韓国大統領選を狙った? 

いっぽう26日の韓国内の報道で目立ったのが、「韓国の大統領選10日前に発射」という切り口だ。地上波「SBS」や一般紙「京郷新聞」などがこれを見出しに入れた。

韓国では3月9日に今後の国の運命を大きく左右する第20代大統領を決める選挙がある。与野党出身の候補が僅差のレースを続けるなか、「北がなんらかの存在感を見せつけようとしているのでは」という視点だ。

歴代の大統領選でも「北風」と呼ばれる出来事があった。最たるものは1987年の第13代大統領選挙時。

かの金賢姫(キム・ヒョニ/日本ではキム・ヒョンヒとも)が大韓航空機爆破事件の後にソウルに搬送された日は、大統領選の前日だった。

これは軍人出身の盧泰愚大統領当選に少なからず影響を与えたと見られている。「北の脅威が迫っている」「強い姿勢を取れる大統領に」と。

1997年12月の第15代選挙時には与党側からなんと北朝鮮側に「休戦ライン付近での武力示威の依頼」がなされ、実行された。「有事には現体制維持を」というアピールにつなげたかったが、与党候補は野党の金大中大統領に僅差で敗れ、同国史上初の政権交代と相成った。

これは韓国でも「銃風事件」として衝撃を与えるものとなった。大統領官邸の行政官3人が北京で北のアジア太平洋平和委員会関係者と面会、要請を行った。3人は03年に有罪判決となった。

2007年の第17代大統領選挙時には、投票日2日前に盧武鉉政権側(左派)との南北首脳会談が行われたが、この時は右派の李明博大統領が当選し、政権交代となっている。

とはいえ、今回のミサイル発射を、10日後の「大統領選」と絡めて報じたメディアの多くは見出しにこの内容を入れたものの、本文ではほとんど具体的内容は論じず。

唯一、「国民日報」のみがこう記した。

「10日後に近づいている韓国大統領選挙も北朝鮮の考慮の対象になったと見られる。大統領選で北朝鮮の問題が論じられるようするとともに、政権が変わった場合(保守系の尹錫悦候補が当選)の落ち着かない雰囲気に乗じ、『挑発の日常化』を固定しようとしているとも分析できる」

”北が嫌がっていること”としてはっきりと言えるのは、4月には定例の米韓合同軍事演習が予定されているという点だ。

大統領選を戦う李在明候補
大統領選を戦う李在明候補写真:Lee Jae-Won/アフロ

ただし今、北が軍事挑発に出たとしても、これが与野党両陣営のどちらに有利に働くかはシンプルには読み解けない。

保守系野党の尹錫悦候補は「米韓同盟の強化」を打ち出しているが、革新(進歩)系与党の李在明候補も「文在寅現大統領との違い」も強調しており、この日早速、選挙活動中に「軽挙妄動はやめよ」と北を厳しく非難しているのだ。

27日午前のミサイル発射後、およそ半日韓国メディアを眺めた。北と同じ言語圏たる韓国発の情報だが、率直なところ日本から知りたいことが示されていない点もあった。

しかし、そのなかでもだ。梨花女子大教授による「北にとって、ロシアの侵攻はこれまで度々非難してきた『帝国主義的形態』に該当する」という点が興味深かった。そんな印象だ。

吉崎エイジーニョ ニュースコラム&ノンフィクション。専門は「朝鮮半島地域研究」。よって時事問題からK-POP、スポーツまで幅広く書きます。大阪外大(現阪大外国語学部)地域文化学科朝鮮語専攻卒。20代より日韓両国の媒体で「日韓サッカーニュースコラム」を執筆。「どのジャンルよりも正面衝突する日韓関係」を見てきました。サッカー専門のつもりが人生ままならず。ペンネームはそのままでやっています。本名英治。「Yahoo! 個人」月間MVAを2度受賞。北九州市小倉北区出身。仕事ご依頼はXのDMまでお願いいたします。

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