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”一投差で天国と地獄” 女子カーリング 韓国は「自国が負けたのち、ロコ・ソラーレ躍進」をどう見たのか

(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

まさに“一投の差”だった。

北京冬季五輪女子カーリング競技に出場した日韓の代表。日本は見事に銀メダルを獲得し、韓国は予選リーグ敗退に終わった。

10日間の競技日程のなか、7日めにあたる17日の予選リーグ最終戦での攻防は間違いなく大会のポイントの一つだった。

4強のうち、残り2枠を巡っての争い。

日韓ともにベスト4入の可能性があったが、結果は「韓国がスウェーデンに敗れたことにより日本が次のステージに進出」だった。

それも接戦となった韓国ースウェーデンでは、最終第10エンドの最後の局面で”メガネ先輩”ことキム・ウンジョンが2点を奪うショットを投げられず。これが決まっていれば逆に「韓国が勝ち上がり、日本が敗退」の可能性もあったのだ。

この状況が韓国ではどう捉えているのか。さぞかし、複雑な心境なのではないか。

スウェーデン戦での韓国女子カーリング代表
スウェーデン戦での韓国女子カーリング代表写真:長田洋平/アフロスポーツ

日本が勝ち上がり 分断された”ストーリー”

なにせ、韓国での新しいヒロインたちのストーリーが敗退により一旦途切れることになったのだ。

女子カーリング競技では同国2度めの本大会出場となった平昌五輪。メンバーの名前は全員キムで、試合中に”メガネ先輩”が「ヨンミ~」と、メンバーの少しクラシカルな響きの名を大声で呼ぶ姿が話題になった。中継を通じて伝わる慶尚北道地方の強い訛り。「ヨンミ」は”メガネ先輩”のお母さんと同姓同名という”オチ”まであり、「田舎の同級生同士の美しい物語」はシンドロームとなった。

2018年2月15日平昌五輪予選リーグでの日韓戦時に
2018年2月15日平昌五輪予選リーグでの日韓戦時に写真:YUTAKA/アフロスポーツ

平昌の後は、苦境を経験した。活動拠点だった郷里の指導者と対立。またチームのリーダーたる“メガネ先輩”は結婚、出産を控えた時期には活動を休むこともあった。その後、望む環境を作り出すために本拠地移転も経験。平昌では「慶北体育会(協会)」所属だったが、今大会は「江陵市庁」所属に。そういった過程で「モノ言える強い女性」へとイメージも変わった。

その歩みが止まり、結果的には「最後の一投の差」で日本がスポットライトを浴びることになったのだ。

スポーツの世界では、日韓の運命が交差することはこれまでも幾度かあった。

かの「ドーハの悲劇」が最たる例だ。サッカーの94年アメリカW杯アジア最終予選最終戦。日本がイラク相手に試合終了間際に失点を喫し、結果はドローに。勝ち点1を失った。

写真:アフロ

このおかげで本大会出場を決めたのは韓国だった。そしてこの時も、直接対決で勝ったのは日本の方だった(決勝ゴールは三浦知良)。

このストーリーは韓国メディアでは時折「ドーハの奇跡」とも表現される。韓国はその後、アメリカの地でスペインと引き分け、ドイツを終盤まで追い詰める大善戦を見せたのだった。

90年代後半、筆者は韓国のサッカーファンからずいぶんこの話題を「イジられた」。まだ「悲劇」の傷も深かった頃だ。ことこの話を韓国のサッカーファンがこちらに向かって楽しそうに話し始め返すと、ブチギレ返すということもあった。思い入れが強いほどにそうなった。

今回も韓国国内では「執念」があった

今回の韓国も日韓戦の勝利、そして大会への勝ち上がりに執念があったように思う。14日の日韓戦で勝った後の様子は17日に記した通り。その他、現地在住の日本人から「地上波SBSでの中継時に日本の選手たちが普通に喋っているシーンであった出来事」の情報が入った。

写真:YUTAKA/アフロスポーツ

吉田:次、○○でいい?

藤沢:え? 聞こえなーい

吉田:○○!

藤沢:オッケー

(日本語がそのまま流れる)

SBSアナウンサー:何か大声で言い争っていますね。

SBS解説者:ええ、足並みが乱れていますよ。

執念の読解。公共性の高い希望的観測。いっぽうで、解説者が日本語を「ちゃんと聞き取る」場面も。

写真:YUTAKA/アフロスポーツ

SBS解説者:日本チームは外側にストーンを置く作戦のようです

SBSアナウンサー:どうして分かったんですか? 日本語わかるんですか?

SBS解説者:ソト、ソトって聞こえました。

究極の記憶力の引き出し。韓国には高校の授業(そして大学受験)で第2外国語の選択科目があり、日本語も含まれる。基本的な単語はちょっとは分かります、という方は非常に多い。まあ日本でも20日の決勝・日英戦でNHKのアナウンサーがイギリス選手の「No curl」という言葉を聞き取り「曲げないでと言っています」と実況していたが。選手たちの言葉を聞き取りながら楽しむ、カーリングの醍醐味か。

最も読まれた記事「日本で『IKEAに行こう』と沸く」

韓国が敗退した翌日から、韓国のネットメディアをより丹念にウォッチングしていった。

ズバリ、もうびっくりするほどに「恨み節そのまんま」とそういった記事が多くのアクセスを得ていた。

「“韓国に勝ってくれてありがとう”…カーリングベスト4の日本、スウェーデンに感謝の波」(「ソウル新聞」)

NAVERのキャプチャ。筆者編集。左がソウル新聞のもの。右は「東亜日報」で「負けたがカーリング人気を高めた」と功績を称えるものだった
NAVERのキャプチャ。筆者編集。左がソウル新聞のもの。右は「東亜日報」で「負けたがカーリング人気を高めた」と功績を称えるものだった

日本の「日刊スポーツ」の内容を紹介するものだ。日本のツイッター上で一時、「スウェーデン」がリアルタイムトレンド1位となった点、「ありがとう」「ナイス」はたまた「IKEAに買い物に行こう」といったコメントが続いた点などを紹介した。

韓国最大のポータルサイト「NAVER」内では、18日の大会女子カーリング関連として最も多い反応の数だ。「NAVER」では、メディア別のデイリーアクセスランキングを発表しているが、このうち同媒体(「ソウル新聞」)で2位に入った。現在、韓国では自国大統領選とコロナの過去最大の感染者数が問題になっている。北京五輪の、それも敗退の決まった競技がランキング上位に入るのはかなりのことだ。

この内容に対する反応も「予想通り」だった。その数字において。

読者からの総リアクション数 961 コメント369。

いいね 86

ほっこり 19

悲しい 29

怒ってます 812

後続記事を望んでいます 15

該当ページスキャン。筆者編集。赤枠が「怒ってます」
該当ページスキャン。筆者編集。赤枠が「怒ってます」

この記事の読者の男女比は、男性74%で女性26%。年齢別読者比は次のとおりだった。10代1%、20代8%、30代24%、40代44%、50代17%、60代5%。

記事への反応 「何に怒っているのか?」

さぞや日本の調子乗りっぷりにお怒りで。

そう考えてコメント欄を読み込んでいった。

しかし…もっとも読者からの反応が多かった(1042の「いいね!」)ものは、こういった内容だった。

「(仮に)スウェーデンが(別の試合日に)日本に勝って、韓国がベスト4に行ってたとしても、(韓国では)同じように喜んでいただろうに。どんな反応を望んでんのか? この記者さんよ」

以下、同欄のコメントを「いいね!」が多い順に。

該当ページキャプチャ
該当ページキャプチャ

「(予選リーグ4戦目で)中国に負けたからだろ。誰かのせいか?」(「いいね!の数」680、以下同)

「近頃の記事の主旨がよく分からないな。日本のネット民がああだ、中国のネット民がこうだと。反日・反中をやんなきゃいけないってことか? 以前の(サッカー)W杯予選で『ドーハの奇跡』だといって日本戦のロスタイムに劇的な同点ゴールを決めた(イラクの)選手を韓国に招待し、騒ぎを起こしたのは韓国だっただろ…(今回だって仮に)韓国がスウェーデンに勝って、日本が落ちて韓国が上がっていたらどうなってたか? そう思わない?」(282)

「実力が足りなくて負けたんであって、受け入れなきゃいけないだろ。(韓国が)勝ってスウェーデンのおかげで上がっていても『ありがとう』って同じように言ってただろ」(243)

「これ、記事のネタになるの?」(126)

「韓国と日本はメディアが一番問題。憎悪助長の競争をしてんのか?」(80)

「日本にベクトルを向けよう」という記事が最も読まれたのは確かだが、コメント欄では逆にこれを記した記者にベクトルが向けられたのだ。

日本の銀メダル獲得にも「淡々と」

結論として、今回の北京五輪女子カーリング競技のなりゆきを「韓国がどう見ているのか」というと「至って冷静」ということになる。「負けた自分たちが悪い」と。

韓国内での自国代表への批判がなかったわけではない。17日スウェーデン戦時のウェブ中継時に多く寄せられ「チームを解散しろ」などと叩かれたのだという。江陵市庁所属でプロ待遇を与えられながら、アマチュア選手が代表となっている国にも敗れた点への批判だ。

中国戦での敗戦も批判の的となった
中国戦での敗戦も批判の的となった写真:ロイター/アフロ

いっぽう、20日の日本の銀メダル獲得については「NAVER」は一記事だけを五輪特集ページのメインに掲載した。

「”チーム・キムに泣き、笑った”日本、女子カーリング決勝で完敗”銀メダル”…英国、20年ぶりの優勝」(「OSEN」)

タイトルと内容のほんの一部に韓国との”因縁”を絡めたが、主旨は淡々と結果を記したものだった。褒めるわけでもない、けなすわけでもない。筆者とて少々「韓国、日本に激怒」と盛り上げたいくらいだったが、実態は違うものだった。この記事にはメディア側が不適切と判断し、削除されたコメントが35個あり、そこに過激な内容が記されていたのかもしれないが…いずれにせよ韓国側の判断によりそれは消されたのだった。

韓国でのロコ・ソラーレのありよう

すわ、韓国の劇的な変化か? というとそうでもない。確かに変化は感じるが、02年W杯前(2001年8月の小泉純一郎靖国神社参拝前)の熱狂とは違う。あの当時は韓国自らが「日本を許そうとする自ら」の変化に酔うような雰囲気があった。今回は「自分たちが負けたやっかみを相手にぶつけるな」という淡々としたものだ。

また、韓国で日本のスポーツ選手が人気を博すのは、80年代の中垣内祐一(バレーボール)、97年の川口能活(サッカー)が走りだ。ロコ・ソラーレが初めて、ということでもない。

それでもだ。韓国の冷静な論調には、彼女たちの戦う姿が与える印象が好影響を与えていることには違いがない。韓国スポーツ紙「日刊(イルガン)」スポーツの元デスク、チェ・ミンギュ氏はこう言う。

「平昌五輪(2018年)の時から、女子カーリングの韓日戦は『可愛らしい競争』という話が出ていました。彼女たちのマナーのよさ、そして発言時には相手を高く評価し、刺激を与えない面は韓国でもよく知られています。また、カーリングという競技が相手とのフィジカルコンタクトがないという点も影響していますよね。もちろんソチ五輪などでの『キム・ヨナVS浅田真央』もフィギュアスケートはコンタクトがないものですが…あの時はネット上の日韓ファンの対決がまた雰囲気を煽った、というところです。そう考えるとカーリングが熱烈なファンというより、裾野の広いファン層に支持されている点も、プラスに影響していますね」

写真:YUTAKA/アフロスポーツ

ロコ・ソラーレ自体は別に韓国だけとは戦っていない。大会を戦ったのだ。しかしその独自の”日韓ライバル関係像”のなかで、静かに、新しいものを生み出そうとしている。

美しくぶつかる日韓関係。

激しい、という先入観を変えるもの。

その一面は、彼女たちの得たメダルの輝きをより一層深くしている。めちゃくちゃカッコいい。

写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ

吉崎エイジーニョ ニュースコラム&ノンフィクション。専門は「朝鮮半島地域研究」。よって時事問題からK-POP、スポーツまで幅広く書きます。大阪外大(現阪大外国語学部)地域文化学科朝鮮語専攻卒。20代より日韓両国の媒体で「日韓サッカーニュースコラム」を執筆。「どのジャンルよりも正面衝突する日韓関係」を見てきました。サッカー専門のつもりが人生ままならず。ペンネームはそのままでやっています。本名英治。「Yahoo! 個人」月間MVAを2度受賞。北九州市小倉北区出身。フォローお願いします。https://follow.yahoo.co.jp/themes/08ed3ae29cae0d085319/

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