まだまだ日本で深く愛され続ける韓流ドラマ「愛の不時着」。

韓国発の「脱北者が語るドラマのリアル」は多く伝えられてきたが、ここでは少し違う視点を。

「韓国語を解し、北朝鮮の人とも多く話したことがあり、北朝鮮に行ったことのある立場からの視点」

きっと韓国人とも、韓国に暮らす脱北者との視点とも違う。

筆者は大学で韓国語専攻(朝鮮語科)に入学して以降、学習歴27年になる。その間、北朝鮮の人と言葉を交わした回数は、まあまあ多い方だと思う。はっきり言って一般の韓国人よりははるかに多い。

サッカーの国際時代での取材を通じてのものがほとんどだ。

2001年、シンガポールの地でサッカー国際親善試合シンガポール-北朝鮮戦を取材。はじめて北朝鮮の人と話した。以降、03年に台湾、05年にUAEと中国、2013年に中国・武漢でサッカーの代表チームを取材した。こちらの呼びかけに答えるのは監督とスタッフ一人(なぜか一人だけいる)のみだが、それでも幾度かあちらの監督を怒らせるくらいの切り込み方はしてきた。

上記のうち13年の取材を含め、「北朝鮮の人と接する韓国人」というのも多く眺めてきた。02年南北親善サッカーでは北朝鮮代表がソウルを訪れ試合を行った。これも3泊4日で現地取材。08年には上海で行われたサッカーW杯の南北戦を取材した。

そして2018年にはついぞ団体旅行で平壌を訪れた。帰り道のフライトがダブルブッキングでキャンセルとなり、平壌-丹東間を鉄道で移動する出来事もあった。

その後、コロナの時代がやってきて見事に「愛の不時着」にハマったというところだ。

ドラマのなかでの”ありえへん”話

まあそりゃ、ドラマだから”ツッコミどころ”はある。

全16話のなかでもっとも気にかかったのは、「北朝鮮にいる韓国の人が余裕を持ちすぎ!」ということ。

第3話でユン・セリが韓国に戻る最初のトライの際、ジョンヒョクの部下4人組に表彰状を渡した。また第6話では再び脱出トライする前に最後のピクニックにも出かけた。

このシーンが一番、”演出が過ぎるな~”と感じたところだった。運命の大脱出を控え、もっと緊張するものだろう。万全を期して家に引きこもってその時を待つ。”北朝鮮にいる招かれざる韓国人”というのは相当なプレッシャーをかけられるものだ。

現実世界で、その過酷さを耳にしたことがある。2019年10月、サッカーW杯のアジア2次予選で南北両国が同組となり、平壌で試合が行われた。アジアサッカー連盟による組み分けによりそうなってしまったのだ。

この時、韓国側への”仕打ち”はなかなかのものだった。中国経由での北からの帰国後、選手たちからはこんな言葉が飛び出した。

「まるで戦争だった。平壌の空港、ホテルでずっとタメ口で話された。試合中は罵声がずっと浴びせられ、肘打ちやジャンプしようとする選手の膝を蹴ってくるなど荒いプレーの連続。(試合は0-0で終わり)怪我せず、引き分けて帰って来られたことが唯一の収穫」

そうでなくとも、韓国の人たちは北の人たちに会うと「怖がる」という傾向はある。もう20年近く前にもなるが、02年秋にサッカー北朝鮮代表がソウルで親善試合を行った。この際、取材エリアで選手たちに声をかけることも可能だったのだが… 

韓国記者団のうち誰も話に行こうとしない。筆者だけが張り切って、”浮く”ような状態になった。「なんで行かないの?」と聞いたら「彼らに対して北韓(プッカン=韓国での北朝鮮の呼び方)を何と呼んだらいいか分からない」という声も聞こえてきた。「どうしたらいいか分からなくなる」という面はあるのだろう。

そう考えると…ク・スンジュンも平壌での外出は相当慎重になるべきだった。絶対できないってこれ、と思って見ていた。ドラマのなかでもちらっとツッコまれていたが、ファッションはもちろん「話しているだけで南の人」というのははっきりと分かるものだからだ。思いっきり目立つ。

朝鮮半島分断以前から、抑揚の少ない”ソウル語”は標準語と捉えられ、どこか日本の東北弁のイメージにも近い北の言葉は”方言”と考えられてきた。

筆者自身、ソウルに留学し、長年ソウルでも仕事をし、家ではYouTubeを通じガールズグループの動画ばかり見ているが、これを通じて習得したソウル風のイントネーションを”北系”の人にツッコまれたことがある。

05年ごろ、東京で朝鮮総連の関係者を取材中、ソウルから電話がかかってきた。これを見て「女性が話す言葉を話しているようで不似合い!」と言われたことがある。

また2018年に北朝鮮に行った際には…3泊4日で毎日顔を合わせたホテルのレストランの従業員の女性たちに「含み笑い」をされていた。毎朝ニコニコおしゃべりするのだが、どうも「おじさんなのに話し方が女子っぽい」と思われていたのだろう。

スンジュン、街を出回っているだけで危険に晒されるのに… とはいえ、14話で夜にソ・ダンを呼び出し「君は魅力的だ」とほめ続けるシーンは個人的にもかなり好きなものだが。弱っているときに具体的に相手を称えるところがカッコよかった。フィクション最高。本当にジーンときた。

ドラマを観ていて”どうしても気になったこと”

そんな風に全16話に没頭しつつ、この点も頭を離れなかった。

「ユン・セリはどうやって北朝鮮を脱出すれば手っ取り早かったのか」

ずっと考えていたのは「韓国でパラグライダーに乗った時、スマホを持ってこなかったの?」という点だ。

これがあるのなら、ジョンヒョクもスマホがあるのだから「テザリングすりゃいいでしょ?」ということをずっと考えていた。そして韓国に生存を伝えればいいのに、と…ただ、これは電波を当局から傍受されてしまうか。すると当初の狙いだった「秘密裏に韓国に戻す」という点からは大きく外れてしまう。まあ何より、ドラマのなかでは北朝鮮でセリのスマホは登場しなかった。

考えていくと「中朝国境地帯に行って、いわゆる脱北者として中国に渡る」という手が現実的だったのではとも思う。2014年に「週刊プレイボーイ」の取材で中朝国境近くの街から川を渡って中国に渡り、ソウルで暮らす脱北者に話を聞いたことがある。

「現地の土地勘こそが中国に渡るために重要なこと」と言っていた。また当時は”カネ”によって北側の監視や中国側の出迎えも変わる、とも。ジョンヒョクも中朝国境地帯で一人、協力者を見つけ出せれば穏便に事が解決していたのでは? 父の力を借りずとも…

というのは、つまらなすぎる話です。まさにドラマチックじゃない。失敗したからこそ愛が育まれた。はい、次の話行きましょう。

これはホント ”素の北の人は純朴”

もちろん”こりゃリアルに表現できている”というシーンもたくさんあった。

まずは「初めて北朝鮮に足を踏み入れた際、ちょっと幻想的に感じる」という点。

第2話でユン・セリが初めて北朝鮮の地を踏む。霞がかった空気感に街頭。そこで村の人達が体操をしたりしている。

幻想なシーン…これは本当だ。筆者は韓国語学習歴24年めで初めて北朝鮮の地を踏んだが、そう感じてしまった。

たまたま平壌郊外のスナン国際空港への到着が夜だったからか、似たような気分になった。初めて行く地なのだが、はっきりと言葉が分かる。そこに書いてある看板も読める。この感覚だけでも、本当に不思議な気分になるのだ。

まあ韓国でも「北朝鮮訪問歴のある人(記者など)」に多く会ったこともあるが、およそ入国時の荷物チェックなどで時間をかけられ、嫌な思いをするという。筆者は日本からの団体旅行客として行ったからか、あまりプレッシャーはかけられなかった。これがないと、入国時に北の風景が幻想的に見える、という点ちょっと共感ができた。

もうひとつ「素の北朝鮮の人はじつに純朴で、優しい」という点。劇中に出てくる北朝鮮の人たちもそうだった。

ジョンヒョクが暮らした村のご婦人たちは、当初セリを忌み嫌うものの、だんだん味方になっていった。最後は韓国に戻ったセリをずっと懐かしんだりもして。軍の部下4人組もすぐにセリに心を許し、親しくなっていった。

ピュアな人たち、として描かれているがこれは本当だ。

2005年、UAEでW杯予選を戦うサッカー北朝鮮代表を取材したことがある。ドバイのスタジアムには北朝鮮から現地に派遣され働く労働者がたくさん応援に訪れていた。

何か喋りたい。

試合前にそう思った。するとメインスタンドに子どもたちが座っているのを見かけた。ギャーギャー騒ぎながら、スナック菓子を食べていた。「こどもはいいきっかけかも」と思い、「お菓子、おれにもちょうだい」と言ってみた。くれた。一緒にボリボリ食べていたら、お母さんが戻ってきた。「ああ、アンニョンハシムニカ。日本から来ました~ここに住んでいるんですか?」と話しかけたら「あらま、朝鮮語お上手ですね。どこで勉強したの?」と逆質問された。「大阪とソウルです」と返し、しばし会話を交わした記憶がある。子どものお菓子を一緒にむさぼり食うような外国人にもオープンに接するものだな、と思ったものだ。

2018年に平壌に行った際には、連日顔を合わせたホテルのレストラン従業員たちとすっかり仲良くなった。最終日には「班長です」といって、上司まで呼び出してきて全員と別れを惜しんだ。平壌から丹東まで鉄道で移動した際には、最後にパスポートチェックに来た制服をきたおじさんが、ニコッと笑い「またおいで」と言った。韓国では出国の際、パスポートを放り投げられることもあるな、と思ったりもした。

まあお偉方や国際大会に出てくるスポーツ選手は硬い表情を見せるが、パブリックではない場で出会うとじつにピュアなのだ。この点がドラマではじつにリアルに描かれていた。それは本当のことなのです。

まだまだ楽しめる、愛の不時着! 本当に深く、長く愛される名作です。