8月も終わりが近づいている。あれから少し時間が経ち、ようやくこの話が落ち着いてできる気分になった。

東京・国立競技場の近くの住民として、2013年9月の誘致成功以来、8年間オリパラを眺めてきた。その印象についてだ。

東京五輪大会期間中はストレスでどうにかなりそうなくらいの感情だった。端的に申し上げるより他ない。

「徒労感」

怒り、というか「疲れて擦り切れた」という感情が非常に強かった。オリパラの開幕式が素晴らしく、当地では穏やかに進行している分、素直に競技の素晴らしさに感動(5人制サッカー楽し)。これでちょっと回復中というところだ。

2013年9月8日、渋谷区千駄ヶ谷の東京体育館前の様子 筆者撮影
2013年9月8日、渋谷区千駄ヶ谷の東京体育館前の様子 筆者撮影

”それまで”の街周辺 あることでの”天国”だった

個人的に住むようになったきっかけは「先輩にコスパのよい物件を紹介されて」というなんでもないものだった。

しかし実際に暮らしてみると、スポーツをやるインフラが整うこの街の環境に魅せられた。

まるで天国。

東京体育館内のトレーニングジムは1日2時間600円の都度利用が可能で、プールまでついている。追加料金を少し払えばランニングコースまで使用可能。ここは年間43万9000人(2017年)が利用する人気のスポットだった。またフットサル場が、「神宮軟式野球場横」「神宮スケートリンク」「東京体育館」と近隣に3つもあり、これも天国のような環境だった。

また「外から来る人達を迎える場所」としても素晴らしかった。東京体育館で行われる柔道や卓球の各種世界大会では、国名が入ったジャージを着た選手や関係者などが街を彩った。乃木坂46やTWICEのライブの際にはファンが街なかに溢れかえった。時にスワローズの試合を観戦に訪れる野球ファンや、Jリーグファン、そして国立競技場で野外ライブをやるアーティストのファンも入り混じり、「毎日何かの祭り」のような雰囲気すらあった。個人的には「流行を察知できる場所」としても興味深かった。他にはない刺激のある場所だった。

2013年東京五輪誘致決定 5年後に雰囲気が一転

そんな地に2013年9月7日、東京オリンピック・パラリンピックの誘致が決定した。当時は「ああそうなんだ」と思った程度だった。「事態がどうなるか」なんて予想は全く出来ず、自分自身は7年後に何をしてるだろう? と思う程度だった。

2014年6月には「SAYONARA国立競技場」というイベントがあった。遊びに出かけて、ピッチの芝生を踏みしめたりもした。その前にも「Jリーグの公式戦での最後の使用」など幾度かのサヨナラの機会を経て、お別れをした記憶がある。この時もまだ思い出の風景こそ名残惜しけれ、大会についてあれこれ思うこともなかった。

工事中の国立競技場 筆者撮影
工事中の国立競技場 筆者撮影

それが2017年秋あたりから”暗転”していった。次々と競技場周辺のスポーツ環境が封鎖されていったのだ。神宮軟式野球場は陸上競技のウォーミングアップトラックになるため、全面工事に突入。2018年7月末には駅から徒歩1分の東京体育館がクローズとなった。今でも何をしているのかよく分からないのだが、都の説明によると「大会に向け国立競技場周辺の仮施設の資材を置く」ために使われているのだという。

一気に人の流れが減った。

上記のライブは特別なイベンドだったとしても、東京体育館の閉鎖だけで単純に一日平均1200人ほどの流れが途絶えてしまったのだ。

地元商店街内でティースタンド「モンマスティー」を経営する柏井慶一さんは言う。

「東京体育館の閉鎖でリピーターだった多くのお客様が千駄ヶ谷に来られなくなった。戻ってこられるかというと…難しいと思うんです。当初の予定は2020年までの2年だったけど、実際は3年期間が空いたということもありますし。『またやり直し』と考えています」

2021年7月にやってきた まさかの”クライマックス”

2020年1月1日、新国立競技場でサッカー天皇杯決勝を観た。スタンドをぐるっと回ってみた。スタンドの景観は大きく変わっていたが、青山ゲートと千駄ヶ谷ゲートの中間・2階席から見える新宿の風景は以前とそっくり。「ああやっと元に戻る日が近づいているんだ」という実感が持てた。大いなる希望だった。

2020年1月1日サッカー天皇杯決勝での様子 筆者撮影
2020年1月1日サッカー天皇杯決勝での様子 筆者撮影

ところがこの年の3月から、新型コロナウィルスの感染が世界的に拡大した。はっきり言って「一日も早い五輪中止決定」を願った。3月24日に1年の延期が決定。この日々が延びるなんてとんでもない罰ゲーム。ストレートにそう思った。大乗的な利益より、自分の日々の生活。開催地近くの街情報から「中止の声」が出てくるかとも考えていたが、ずっと「とにかく準備は続けている」という話しか出てこなかった。

2021年7月。誘致決定からおよそ8年。7年+延期分の1年。この間の”クライマックス”は思わぬタイミングで訪れたように思う。

あの7月23日の開幕日の騒動ではない。

その15日前。7月8日のことだ。大会の開催形式が「無観客か有観客か」で揺れるなか「無観客」が決定した。ずいぶんとそわそわした。開幕日よりもこっちのほうがよっぽど。

有観客なら「世界から集まった選手関係者+日本中から集まった観客」によるウイルスのカクテル現場になりうる。あるいは無観客なら8年近く待ってきただろう「五輪景気」がなくなってしまう。

これを”最前線”で待つ思いだった。

千駄ヶ谷には都心中の都心ながらに小さな商店街があるが、ここの反応も様々だった。

早々に「大会期間中すべて休み」を決め込んだ病院があった。7月23日~8月10日。「危険」と判断して、盆休みを早めたのだった。「無観客だろうが危険」という。医師の判断だけにシビアに感じられた。

もちろん「お客さんに来てほしい」と思っている人もいた。大会の看板が設置されるなど、準備が本格化してきた7月上旬には商店街内の居酒屋がこう嘆いていた。

「ランチ営業で、もうちょっと大会関係者が来てくださると思ったんですけどね…」

その店は結局、8月11日に休業となってしまった。日付こそ閉幕後だったが、パラリンピックへと向かう時期、「好景気」を期待しただろうまさにその時に…。

工事中の国立球技場 筆者撮影
工事中の国立球技場 筆者撮影

開幕式の日に”最大の売上”も

とはいえ、開幕式・閉幕式の2日間ははっきりと目に見える”ヤマ”ではあった。8年待ってやってきた「五輪」の盛り上がりは確かにあった。街に大きな人の流れがやってきたのだ。

地元商店街内にある名物ティースタンド「モンマスティー」は7月23日の大会開幕日に「一日あたりの売上最高記録」を更新した。当地で15年来の営業を続けるなかの記録だ。

代表取締役で店長の柏井慶一さんは、その日出勤シフトを休みにしていた。「開幕」も開会式での「ブルーインパルス」もあまり頭にはなかったからだ。社員からの報告を聞き、驚くばかりだった。

それは嬉しい話だったが、数日後落ち着いてこう考え直した。

「このうち、何人のお客様が再び来てくださるだろうか。あるいはリピーターとなってくださるか。五輪の大会期間を終えてそう考え直しました。”五輪バブル”はなくてもよいし、むしろあったほうが困った。アップダウンよりも、堅実にリピーターとなってくださる方を増やす。そういった努力の方が重要なんだと」

今は緊急事態宣言中。五輪よりも、これをどう切り抜けるのかを考えなければならないという。

五輪閉会式の歳の国立競技場前の様子 筆者撮影
五輪閉会式の歳の国立競技場前の様子 筆者撮影

「意義薄し」のメガイベント 今後はこうしよう

何か”来そう”で、何も来なかった。8年待ち、そのうち最後の3年は街の重要な施設が閉鎖された結果がそうだった。

ずっと待たされた料理が、出てこない。思ったより待たされることになった。それどころか楽しみにしていた料理のために最後の最後で”ヒヤリ”とする場面があった。しかもそれを”食ってる人”が近くにいる。その時間で他のことを楽しめたはずなのに。

そういう徒労感。毎日16時45分におよそ4000人超の感染者増のニュースが入ってくるなか、毎日スマホには「日本勢、金メダル獲得」の速報。あまりハッピーではなかった。気にせず暮らそうと思ってもそれは目に入ってくる。

怒っても仕方がない。国立競技場や東京体育館があるのは分かって、自分で選択して暮らしている。だから徒労感。

防疫や経済効果などの話はその筋の専門家に任せるとして、一住民としての実直な意見だ。

こうなると「待った時間」のことを考える。

まずは外国人からの観客が来ない時点で中止や延期が妥当だった。やる意義半減。日常の風景に外国人がやってきて、そこが非日常に変わる。思わぬことを楽しんでくれたりする。一緒にわいわい騒ぐ。これがメガスポーツイベントの楽しいところなのに。「アスリートのパフォーマンスに感動」と両輪だ。それこそが「スポーツの周辺の人たち」にはっきりと伝わるメリットだ。お祭り、楽しかったねと。

大会開幕前、東京体育館入り口て写真を撮っていると警備員の方にいきなり「×」と示された。「敷地内で撮らないで」と。あら? オリンピックは「観てほしくて」開催するのでは? 筆者撮影
大会開幕前、東京体育館入り口て写真を撮っていると警備員の方にいきなり「×」と示された。「敷地内で撮らないで」と。あら? オリンピックは「観てほしくて」開催するのでは? 筆者撮影

もう一つ、こちらのほうが言いたいことだ。

トップアスリートはリスペクトするけど、それでアマチュアの愛好家たちのスポーツの日常を奪う必要がありますか?

あのカッコいいアスリートの金メダル獲得が自分にとって何になるのか。感動? これからのメガスポーツイベントはこの効果をちゃんと測定しないと。大会開催にご尽力なさった代理店も…。

それは「一般の人たちがスポーツを楽しめる環境がよくなる」こと。トップアスリートの活躍や感動により、「自分もやってみたい」というモチベーションが上がり、その気持ちに応えるインフラが大会を契機に整えられていくこと。題して「健康オリンピック」。運動する場が増えることで、みんなが健康になる。そういうメリットをはっきりと示すこと。今大会は「開催意義のなさ」も課題になっていたが、これが今後のスタイル。

もはやオリンピックじゃなくてもいい。各競技の世界選手権でいい。東京でなくてもよい。

などと嘆いても、8年分の徒労感は変わらない。もはや起きたことを受け入れる他ない。当地にかつて住まれた村上春樹さん風にいうと「やれやれ」。またやり直しだ。元に戻るという考えではなく、やり直し。パンデミックも起きたし。

東京体育館は2021年12月中旬に再オープンする予定だ。これでやっと”終わり”。終わりが来てまた始まるのは、あのカッコいい金メダリストも同じことだ。過去がいかに美しくとも、また明日がやってくるのだから。

五輪に関してはいろんな意見があるだろうし、あって当然。そのうちのひとつ、”超地元視点”としての意見だ。

五輪大会中の国立競技場 筆者撮影
五輪大会中の国立競技場 筆者撮影