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【東京五輪】男子サッカー日韓代表 欧州組が”8-1”だったワケ

(写真:ロイター/アフロ)

東京五輪が終わった。

男子サッカー競技が日本「4位」韓国「準々決勝敗退」という結果となったなか、ひとつ気になる点があった。

日本8-1韓国。

何なのかというと、両国の「24歳以下の選手のうちの欧州組の数」だ。日本には年代別代表たる五輪代表に8人もの欧州組が存在し、韓国は1人だった(オーバーエイジ選手を除く)。

新型コロナのパンデミック状況下での大会、結果の優劣であれこれ言うものではないが、この点は明らかにこの1~2年の単位の話ではない。50年以上に及ぶ、日本と韓国のサッカーの傾向を示すものだった。

韓国は「1人」だった

韓国の「1」は、イ・ガンイン(バレンシア/スペイン)。彼とて、韓国サッカーの育成システムが育てた欧州組というより、むしろ10代の早い段階でそこから飛び出していった存在だ。

サッカーの世界、ヨーロッパ以外の国では「能力の高い選手はヨーロッパで切磋琢磨すべき」「大きな市場で成功して高い報酬を得るべき」「それが代表チームにも好影響を及ぼしうる」という考えには、普遍性があるように思える。言ってしまえば、ブラジル・アルゼンチン・ウルグアイでも同様だろう。

最近でも日本でもJリーグや年代別代表で突出した存在がいれば「いつヨーロッパに行くのかな?」となり、Jクラブ所属なら「移籍金はどれくらい?」といった話になる。

韓国は近年の国際大会では日本と同水準、あるいは少し上の成績を残してきた。同様の現象が起きそうだが、なぜ「8-1」という差がついたのか。

スペインでプレーするイ・ガンイン。本大会では途中出場からゴールを重ねた
スペインでプレーするイ・ガンイン。本大会では途中出場からゴールを重ねた写真:ロイター/アフロ

韓国が日本と比べ欧州組が少ない大前提

筆者自身、これまで韓国のA代表や若い世代の欧州組の比率が減る大前提については記してきた。「中東・中国組が多い」。必然的に欧州組の比率は減る。

28歳までに徴兵義務が控えており、世界のどこにいようが韓国に戻らなくてはならない。Kリーグ2部チーム「尚武(サンム)」でのプレー、もしくはアマチュアの下部リーグでプレーしながら「社会服務要員」として服務することなどを選択する。

それゆえ若い選手たちにはキャリアが中断される前に「できるだけ多くの報酬を手にする」という考えがある。よって好条件の中東・中国に行き先を求めやすい。

また引退後の選手生活を考えると「学校の指導者」は重要な選択肢。そこで学校側のハンコと好条件を引き出すには「外国でのプレー経験」がプラスになることも多いという。韓国社会は全般的に日本よりも「外国での経歴」が評価されやすい面があるのだ。

今回、韓国の記者とのやりとりからそれら以外の事情も見えてきた。

2014年W杯での惨敗の影響

日韓両国選手の欧州進出が本格化したのは98年に中田英寿がイタリアに渡ってからだ。韓国も02年W杯以降、パク・チソンらが活躍を見せた。

2014年W杯までは日本と同じく欧州組の割合が増えていった。当時のホン・ミョンボ監督は、23人のエントリーのうち10人を欧州組で固めた。

この時の日本代表は12人だったから「いい勝負」だ。しかしこの時の出来事が「試合感覚が落ちた欧州組の不振」に関する苦い経験となってしまう。

韓国の問題はFWパク・チュヨン(アーセナル)やDFユン・ソギョン(ドンカスター)などが、所属クラブで出場機会を全く失っていた点だった。これにより国内組でコンディションのよかった選手が数名外れてしまったのだ。ホン監督就任前のアジア最終予選で獅子奮迅の活躍を見せたボランチも含まれていた。当時のホン監督は自分が知っている選手だけでメンバーを固めようとしているとして、大会前から「義理サッカー」と大批判を受けた。

ブラジルW杯でのホン・ミョンボ監督
ブラジルW杯でのホン・ミョンボ監督写真:ロイター/アフロ

後に本人(現Kリーグ蔚山現代監督)は当時をこう回想している。

「大会の準備期間中に国内組のみでメキシコと試合をした時、勝負にならなかった。これなら所属チームで試合に出ていなくとも欧州組に任せたいと思った」

チームはブラジルでの本大会で1分2敗の最下位。しかも大会後の現地での飲み会がスクープされるなど散々な出来事まで起き、ロシアW杯まで契約があったホン監督は辞任してしまった。この時、「出場機会のない海外組アレルギー」のようなものが出来てしまった。

「メディアも『この選手がしっかり試合に出ているのか』を重要視するようになりました。試合に出られないのなら、出ている国内組のほうがいい、と。若くして欧州に渡ってレギュラーになれればいい。しかしこれは簡単なことではない、という見方もありますね」(スポータルコリア キム・ソンジン記者)。

情報収集の困難さ

話を東京五輪代表に戻そう。

今回の韓国の五輪世代にも欧州組がいないわけではない。フル代表経験のある欧州組が2人いたが、選外となった。

チョン・ウヨン(21)フライブルグ/ドイツ

イ・スンウ(23)ポルティモンセ/ポルトガル

前者はシーズン26試合出場4ゴールの結果を残し、6月までは招集されていたが最終エントリーには残れず。またロシアW杯代表のイ・スンウはシントトロイデンで出場機会を失った後、レンタル先のポルティモンセでも4試合しか出場できなかった。

このあたりはキム・ハクボム監督の「機動力」という基準と、前述の「それならば試合に出ている国内組優先」という”思想”もあったか。

ドイツの地で遠藤航と競り合うチョン・ウヨン・左
ドイツの地で遠藤航と競り合うチョン・ウヨン・左写真:アフロ

いっぽうで、綿密に情報をたどっていけば韓国人の24歳以下の選手は欧州にいないわけではない。

ブンデスリーガ2部に2人、ポルトガル2部に3人、オーストリア1部に1人、クロアチア1部に1人いるが、選出されなかった。

大会後「スポーツ日報」は今大会の敗因について、「KFAはキム・ハクボム監督の後ろに隠れるな」という見出しで記事を配信。「欧州組との交渉をキム監督自身がやっていた」という点を問題点として指摘した。

今年に入ってチョン・モンギュ会長がKFA会長選に三選を果たした後、一部幹部による決定が目立つ「より密室的な雰囲気が覆っている」。結果、今大会の準備過程では「キム監督を全く支援しなかった」と断定した。

欧州組との交渉については「日本のように海外組所属クラブとの密接なコミュニケーションがない」。

確かにJFAはベルギーやドイツなどに現地在住スタッフがおり、常時クラブ側とコミュニケーションを図っている。

「欧州組がいても情報が集まらなければ呼びようもない」。この点では、日本の良さが韓国との比較から分かる。

「欧州行き」の思考の違い

韓国側でなかなか情報が集まらない点には、別の背景もあるように感じる。「若い無名の選手が欧州に渡っており、情報が把握しきれない」。

ここには、チャ・ボングン、パク・チソン、ソン・フンミンらの影響もあるだろう。韓国の欧州組3大スターには、ある共通点がある。「国内リーグでのプレー経験がない」。彼らをロールモデルとして、韓国での育成よりも早い段階での欧州の場を選ぶのだ。

また韓国の伝統的な教育観の影響もある。「目標達成を追求する」という考え方から、子どもに何かをさせるのならそれが将来の職業になるようにする。だから、早くに「本場」に渡ろうするのだ。ちなみに05年にソウルの名門高校の監督を取材した時、「日本の高校生はかわいそうだ。将来の仕事に繋がらないのに、サッカーをやっている子が多すぎるから」という話を聞いたことがある。

スペインリーグで久保建英と競り合うイ・ガンイン。2020年1月
スペインリーグで久保建英と競り合うイ・ガンイン。2020年1月写真:ムツ・カワモリ/アフロ

一方、日本にはこういった存在がたくさんいる。

「しっかり日本の育成現場で育ち」そのうえで「若くしてJリーグや代表で実績を残し、欧州クラブからオファーを受け、移籍」。

それゆえ、「名の知れた選手」が欧州に渡る。若き日の吉田麻也も本田圭佑も香川真司もみんなそうだ。

日本の育成システムの誇らしい点ではないか。今回の東京五輪代表も8人の欧州組すべてがJリーグを経て韓国に渡っている。いっぽう、今回韓国で現実的に選考の可能性があったチョン・ウヨン、イ・スンウはともにKリーグクラブを経ずして欧州に渡っている。

ただし、育成の過程は素晴らしくとも後年、選手がどんな結果を残すかまではわからないが。

いっぽう、今回取材をすすめるうちに韓国メディアからはこんな意見も出た。

「選手がイングランドやイタリアばかりに行きたがる」

国内で名のあるプレーヤーに欧州移籍の機会があったとしても、5大リーグ、それもトップオブトップのイングランド・プレミアリーグに行きたがるのだと。

確かに韓国には日本ではあまり聞き慣れないサッカー用語、「ビッグリーグ」という言葉がある。これはほぼ、イングランド・プレミアリーグを指す。東南アジアの国々にも似た傾向があるが「プレミアリーグが突出した存在」なのだ。パク・チソン、ソン・フンミンの影響もあるだろう。

つまりは日本人プレーヤーが多く所属する、ベルギー、オランダ、ポルトガル、そしてドイツにもあまり行きたがらないというのだ。

日本の良さ 長年のサッカー文化

この違いは55年来の日本のサッカー文化の良さを感じたりもする。「サッカーマガジン」「サッカーダイジェスト」などを通じた”雑誌文化”だ。

韓国は早くからサッカーがメジャーだったため、新聞でも記事が掲載されてきた。ただし紙面の限りもあり「結果を伝えて、さっと終わる報道」が中心。ちなみに、今回の東京五輪で日本を訪れた韓国記者からも「日本の準決勝後の記事に驚いた」いう声が聞かれた。久保建英のコメントに、過去の彼のストーリーを重ねて描くものだった。そんなに掘り下げるのかと。

いっぽう日本では、60年代からサッカーがなかなか国内でメジャーになりきれなかったため、新聞紙面に入りきれず、かわりに雑誌文化が育った。アラフィフ、アラフォーのサッカーファンなら記憶にあるのではないだろうか。月刊のサッカー専門誌を買い込んで、隅々まで呼んだ記憶。それこそ、ポルトガルやベルギーリーグの白黒ページの記事情報までも1ヶ月かけて丹念に読み込んだのではないか。

ベルギーリーグでプレーする三好康児
ベルギーリーグでプレーする三好康児写真:REX/アフロ

韓国と比べて日本のサッカー記事は「じっくり読み込ませる」という傾向は確かにある。

そういった文化・知識・情報が引き継がれ、今の若者たちがどんどん欧州にチャレンジしている。そんなことも思う。この点に関して言えば「読者も文化形成に携わっている」のだ。みんなの”勝ち”。最古の専門誌「サッカーマガジン」が創刊されたのは64年東京五輪の2年後の1966年。「1964年からの文化醸成が2021年に形に現れた」というような言い方はあまり好きではないが、そんな面もある。

…と、ここまでお読みいただいた読者の皆様はとっくにお気づきだろう。

「いくら欧州組が多くたって、今大会だってメダルという結果を出せなかったじゃないか」。

そこ、重要。今後、東京五輪代表が合流するA代表は、いまや欧州組だけで11人のメンバーだって構成が可能な時代が到来している。

歴代最高の素材をさばく森保一監督のプレッシャーは、今回の4位という結果でより大きくなった。来年11月に迫ったカタールW杯で期待に背くことは、あの「黄金世代」の全盛期で結果が出なかった06年ドイツW杯以来の喪失感に襲われることになる。「メンバーは最高潮のはずなのに、何も手に出来なかったじゃないか」と。実はかなりの危機なのだ。

サッカーU-24韓国代表|東京五輪メンバー

GK

1. ソン・ボムグン(全北現代) **2017年 U-20W杯

18. アン・ジュンス(釜山アイパーク) **2017年 U-20W杯

22. アン・チャンギ(水原三星)

DF

2.イ・ユヒョン(全北現代)

3. キム・ジェウ(大邱FC)

4. パク・ジス(金泉尚武FC)*オーバーエイジ ***A代表経験者

5. チョン・テウク(大邱FC) **2017年 U-20W杯

12. ソル・ヨンウ(蔚山現代)

13. キム・ジニャ(FCソウル)

MF

6. チョン・スンウォン(大邱FC)

8. イ・ガンイン(バレンシア/スペイン)**2019年 U-20W杯 ***A代表経験者

10. イ・ドンギョン(蔚山現代)***A代表経験者

14. キム・ドンヒョン(江原FC)

15. ウォン・ドゥジェ(蔚山現代)***A代表経験者

19. カン・ユンソン(済州ユナイテッド)

20. イ・サンミン(ソウルイーランド)

21. キム・ジンギュ(釜山アイパーク)

FW

7. クォン・チャンフン(水原三星)*オーバーエイジ ***A代表経験者 

9. ソン・ミンギュ(浦項スティーラーズ)***A代表経験者 

11. イ・ドンジュン(蔚山現代) ***A代表経験者 

16. ファン・ウィジョ(ボルドー/フランス)*オーバーエイジ ***A代表経験者 

17. オム・ウォンサン(光州FC)**2019年 U-20W杯 ***A代表経験者 

※所属クラブ・招集メンバーは2021年7月2日時点のもの

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

吉崎エイジーニョ ニュースコラム&ノンフィクション。専門は「朝鮮半島地域研究」。よって時事問題からK-POP、スポーツまで幅広く書きます。大阪外大(現阪大外国語学部)地域文化学科朝鮮語専攻卒。20代より日韓両国の媒体で「日韓サッカーニュースコラム」を執筆。「どのジャンルよりも正面衝突する日韓関係」を見てきました。サッカー専門のつもりが人生ままならず。ペンネームはそのままでやっています。本名英治。「Yahoo! 個人」月間MVAを2度受賞。北九州市小倉北区出身。仕事ご依頼はXのDMまでお願いいたします。

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