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台風後の北朝鮮、平壌の労働党員1万2000人が被災地で復旧活動。金委員長の「手紙」と党員の「気合」

写真は2011年8月の台風被害時のもの。黄海南道峰泉(ポンチョン)。(写真:国際赤十字/ロイター/アフロ)

日本では一時「特別警戒級」と恐れられた台風10号。7日夜に北朝鮮領域を抜け、温帯低気圧となった。

その後、北朝鮮が実にこの国らしい復旧活動に取り組んでいる。

金正恩朝鮮労働党委員長の呼びかけに応じ、1万2000人の首都平壌の労働党党員が「師団」を組み、台風被害の深刻な国内北東部に復旧活動に出向いているのだ。

北のメディアを引用し、「師団」の団結式の様子を報じる韓国「オーマイニュース」

今夏の水害状況。水没面積多く、農業・食糧事情への影響懸念も

本題に入る前に被害状況の整理を。14日時点では北朝鮮側による台風10号の被害状況詳細の公式発表はない。

いっぽうで8月13日の時点で梅雨の2度の豪雨と台風8号の被害状況を「甚大」とする発表はあった。国土の南西部の黄海北道と黄海南道、南部の開城市、南東部の江原道において、390キロ平方メートル(東京都の総面積の約18%に相当)の農地に被害が出た。また1万6680あまりの家と630あまりの公共施設が崩壊、または浸水した。「多くの道路と橋、線路が遮断され、発電所やダムが崩壊するなど人民経済の多くの部門に被害を受けた」(労働新聞)とする。

  • 北朝鮮内の被害の様子を伝える韓国KBS

一方で10日に韓国の「聯合ニュース」が国連発表の全体の被害予想を報じた。衛星写真から推測するに、北朝鮮国土東部の江原道での浸水被害が大きかったという。浸水面積から推測するに、被災者は「1万8700人」水準との予想だ。これは北朝鮮・江原道の人口の2%に該当するという。

また、今夏の2度の豪雨、3度の台風通過についてEU傘下の人権支援事務局(ECHO) のアジア太平洋地域スポークスマン、ピーター・ビーロ氏は米国メディアに対し、メールを通じて、より深刻な被害状況を伝えている。

「北朝鮮全域で1000万人が慢性的な食糧難にあるが、最近の自然災害により脆弱な階層の人道主義の状況がより悪化しうる」

また韓国の聯合ニュースは、ここ最近の北朝鮮メディアで「極難」「酷烈」といった表現が見られるとしている。

参考記事:「台風10号接近へ」北朝鮮では今夏すでに歴史的水害…豪雨の梅雨、台風2度通過で金委員長「重大な問題」

金委員長の「手紙」。「被害現場で闘争を」

この被害に対する復旧作業が、この国の社会体制を大きく反映している。

「忠誠」「団結」「速度戦」

9月5日、金正恩朝鮮労働党委員長が「労働新聞」を通じ、”直筆の手紙”を公表した。

「首都平壌の全党員同志へ」というタイトルで、分量は朝鮮文字で750字ほど。

内容はおよそ「台風被害の大きかった北東部・咸鏡道地方に災害復旧に出向いてくれないか」「(10月の)朝鮮労働党75周年慶祝行事と(来年1月の)歴史的な第8回党大会に向けて復興していこう」というもの。韓国メディアの推定によると、労働党党員は人口約2500万人の北朝鮮全土に400万人いるという。ちなみに首都平壌の人口は約人口287万だ。

新聞に掲載された”手紙”にはこう記されていた。

首都の党員は、わが党がもっとも信じる革新的な力です。

首都の党員が党の訴えを受け入れ、被害現場に出向き闘争(復旧作業を)すれば、自然が一気にもたらした破壊的災害による経済的損失とは比べようのない、巨大な力を得ることとなります。

平壌から千里行軍した首都の党員が現地に到着するだけで、そこの党員と人民を大きく鼓舞します。試練と難関を一緒に乗り越えて打開していくなかで、全党の団結がその意志と情でさらに磐石のように固められるでしょう。

今年に入って世界的な保健の危機が続き、自然災害も重なって、特に困難を経験しましたが、私たちは、党と人民の団結した力で、このすべてを果敢に克服しています。

今年は決して災害と災難の年ではなく、超緊張の艱苦の闘争のなかで、さらに固い団結を成し遂げる闘争の年、前進の年、団結の年です。

出典:出典:労働新聞。一部、筆者が読みやすさを考え意訳

金正恩委員長はこれまでも2018年12月、2019年6月に米国トランプ大統領に親書をしたためるなど、手紙を活用してきたが、今回の国民向けのメッセージでは詩のような内容で締めくくった。

偉大なる我々の人民のために

偉大なる我々の一心団結のために

偉大なる我々の国家のために

偉大なる我々の10月の記念日のために

聖なる闘争に勇敢に立ち向かいましょう!

首都の党員同志たちよ、前へ!

咸鏡南道 台風被害現場より

金正恩 2020年9月5日

  • "手紙”を報じる韓国KBS

すぐに1万2000人が現地へ出発。党員「元帥の人民愛を現実として花咲かせていく」

これに応じ、3日後には実際に1万2000人が集まり、「師団」を組んだ。そして平壌市内で熱烈に市民に見送られ現地に向かった。「朝鮮中央TV」などを閲覧した韓国「聯合ニュース」がその様子を伝えている。

首都党員師団は決起大会直後、列車とバスの便に分かれて移動した。平壌市民は道に出てこれを見送った。市民はマスクを着用している。モランボン区域とソジョン区域、ヒョンジェサン区域などでバスの行列が通り過ぎるのを手を振り見送った。列車での移動組は平壌駅、大同江駅、ソボ青年駅などで市民の見送りを受け、花束を受け取った。

”師団”を乗せた列車やバスは、平壌市内で増産されたセメントなど建設資材と工具などを積んで出発したのだという。

また、10日付の対外宣伝サイト「我々の民族同士」に第2首都党員師団の分隊長チェ・ミヌン氏の「手記」が掲載された。タイトルは「私は首都党員師団の戦闘員だ」。平壌から現地に出向く党員の心情を掲載することにより、海外向けに団結の強さを示したものと思われる。一部を抜粋し、紹介する。

首都党員師団の戦闘員!

呼べば呼ぶほどその名が、我々の首都平壌の党員に対する偉大な父の愛と信用が、貧しくとも血が騒いだ青春の情熱を全て捧げる誓いが、溢れ出していく。

私は敬愛する元帥が抱かせてくれた党員師団の戦闘という高貴な名を常に胸に深く秘め、被災地の人民により良い家を、より良い環境を準備しようとする元帥の人民愛を現実として花咲かせていく。

ここでもまた「10月の記念日(10日の朝鮮労働党創建記念日)」に向け、「しっかりと祝えるよう、敬愛する元帥様に喜びの報告、勝利の報告を行うことを固く決意する」としている。

「忠誠」「団結」そして「速度戦」を紐解く

最高指導者の声に、党員が応じる。

「忠誠」「団結」という面が見える。「唯一指導体制」の分かりやすい姿だ。この点は国是として、憲法の序文の冒頭に、はっきりと記されている。しかも冒頭の一文でだ。

「朝鮮民主主義人民共和国は、偉大なる首領金日成同志の思想と領導を具現する主体の社会主義祖国だ」

はっきりとしたボスがいて、その思いを実現させる国なのだと。

また、上記の党員の言葉のなかに、最高指導者に対する「父」という言葉も出てきた。筆者自身、2012年に中朝国境地帯の丹東で脱北者の取材をした際、40代女性から「本当にお父さんだと思っている」という言葉を聞いた。理由は「国の制度で、教育が無料だから。お父さんのおかげで学べた、という感覚」だと。

いっぽう、最高指導者とて「人民のために尽くす」という義務がある。これまた憲法の序文で記されているのだ。

「金日成同志におかれては《以民為天》を座右の銘とし、常に人民とともにいらっしゃり、人民のために生涯を捧げられ、崇高な人徳政治で人民たちを後見し、率い、全ての社会を一心団結したひとつの大家庭に転変された」

近頃の日本のニュースでも「困難な状況のなか、金委員長が、国民を気遣う必要が生じているのでは?」といった切り口で情報が伝えられることもあるが、「以民為天」という言葉が憲法にあるように、「気を遣って当然」という面もある。平たく言うと「トップがまず人民のために徹底的にやるから忠誠を求める」そして「団結する」のだ。

ただし、2013年に日本の週刊誌の取材でソウルに暮らす平壌の名門大学出身の脱北者に話を聞いた際にはこんなことも言っていたが。

「平壌市内での軍事パレード関連の『集合命令』は、ちょっと面倒だった。街頭で盛り上げるために、数日前から事前練習を何回かやるんです。それがとても寒くて」

また、「速度戦」という点も上記の2点と大いに関連する。周辺国との違いを見せるためにリーダーの下、「速く」「団結する」姿を見せるのだ。

筆者が2018年に平壌を訪れた際には、北京―平壌便の高麗航空の機内放送で次々と国内の建築物を紹介しつつ、「工事期間が何日で終わった」という情報を流していた。

韓国でも北の社会の特徴として度々話題となる。政府統一部(省)の公式サイトには北朝鮮文化が細かく紹介されているが、「速度戦」は映画制作にも及ぶという。サイトでは「最大限に速い時間内で、水準の高い作品を制作すること」と定義している。

今夏の歴史的水害復旧に話を戻すと、13日時点でロシアが小麦粉2万5000トンを支援したと韓国「聯合ニュース」が報じるなかで、まずは「国内の気合でやり抜く意思を見せる」という話でもある。

今回の咸鏡道での現地復旧作業も「1ヶ月」の期間が設定された。師団は民家の復旧などの土木作業に取り組んでいるという。

(了)

  • 被害の大きい地域を現地視察する金正恩委員長。「韓国日報」より

吉崎エイジーニョ ニュースコラム&ノンフィクション。専門は「朝鮮半島地域研究」。よって時事問題からK-POP、スポーツまで幅広く書きます。大阪外大(現阪大外国語学部)地域文化学科朝鮮語専攻卒。20代より日韓両国の媒体で「日韓サッカーニュースコラム」を執筆。「どのジャンルよりも正面衝突する日韓関係」を見てきました。サッカー専門のつもりが人生ままならず。ペンネームはそのままでやっています。本名英治。「Yahoo! 個人」月間MVAを2度受賞。北九州市小倉北区出身。フォローお願いします。https://follow.yahoo.co.jp/themes/08ed3ae29cae0d085319/

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