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【平昌五輪現地ルポ】”開催地スルー”の五輪になってしまうのか。

”グッズ”が五輪の話題作りに一役買ったという。江陵市内のオフィシャルショップ。

大会開幕を直前に控えた平昌五輪について、「もっとも市民目線な」レポートをやりたい。そんな思いで去年の年末に現地を訪れた。

開催地の人々にとって、この五輪という機会はいったい何なのか。2年後の東京五輪の開催地に暮らす立場から、得るものはあるか。韓国語で直接話が聞けるからこそ、掘り下げてみたい。

さらにもうひとつ、「日本からフラッと大会を観に行くことができるのか」。せっかく隣国で五輪が開かれるのだ。このふたつの観点から幾度かに分けてレポートを。

前回記事:”五輪イヤー”の幕開け。現地は開幕1ヶ月前も「まだ実感が沸かない」

宿泊施設の「五輪時価格」は実在。「大会のために改装したので」

「宿泊はいくらですか?」

昨年の12月26日の夜、開催地で最大の人口規模(21万人)都市の江陵市のモーテルで聞いた。モーテル街のなかでも、外装がきれいめな宿を選んで。

「7万ウォン(約7000円)です」

「ああ、そうですか。じゃあちょっとここらを回ってみようかな」

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こちらは何の情報もなくフラッと飛び込んだが、少し高いなという印象だった。「別のところも見てくる」と返事をすると、あちらから価格を下げてきた。

「6万(約6000円)ウォンでどう? 回ってくるのもいいけど、この辺で言えば、ウチの施設で6万ウォンならすごく良いほうよ。もちろん、少し古かったり、狭かったりして3万ウォン、4万ウォンという場所もあるけど」

それでもまだ高かった、というところだ。ソウルの中心街近くでも平日なら5万ウォン、という場所がある。とはいえ、酷寒のなか歩き回るのも得策ではない。「それなら、ここにしましょう」と、決めた。

部屋は本当に綺麗で使い勝手がよかった
部屋は本当に綺麗で使い勝手がよかった

韓国でのモーテルは日本の「ラブホテル」とは少しイメージが違う。カップルでなくとも、多くの層が利用する。「安価で、wifiも使えて、細かい立地条件も選べるよい宿」というところだ。

筆者の身近なところだと、韓国メディアの記者仲間が地方出張の際、よく一人一部屋で利用している話を聞く。筆者はソウルでもよく利用するが、登山にでかける中年のグループがごく普通の宿として使い、さわやかに朝にでかける姿をよく目にする。出入りも自由だし、領収書も出る。店の主人とのアットホームな会話もある。日本だと「ラブホテル街」という厳密な線引がある場合が多いが、こちらはやや緩く、ラブホが多い地域の中に普通に食堂があったりもする。

翌朝、フロントの女性から話しかけられた。

「どこから来たの?」

「日本です。オリンピックの準備状況、どんなものかな、と」

「よく分かんないわよ。まだ実感が沸かなくて」

「大会中、ここの料金はどうなるんですか?」

「一泊26万ウォン(約2万6000円)。高くなるけど、1部屋あたり、一人でも二人でも同じ料金でやるの」

「オリンピックのために改装もされたんですか」

「そうよ。この間に料金がアップするのはちょっとしょうがないところがあるわね。ウチの場合はこの時期にお客さんに来てもらうために、改装したこともあって」

昨年末、日本のメディアは「8万円近くになる」とも報じた。そこまではいかなくとも、価格の上昇があることは確かだった。モーテルの相部屋で一人13万ウォン(1万3000円)と考えても、ソウルの同等の宿の2倍近く、ということになる。

前日夜に暖を採るために宿泊施設付き(雑魚寝スペース)のサウナにも行ってみた。店の主人は逆に「大会に向け、何も準備はしていない」と言い切った。「大会期間中に予約を取るつもりもない。その時に考えれば良いこと」。宿泊込み9000ウォン(約900円)の料金も変えるつもりはないという。他人事のように「周りのモーテルのボッタクリムードも少し沈静化してきてると聞いている」と話していた。

「大会期間中の料金の上昇」に関しては、現地の大手メディアも厳しい批判を加えている。最大の通信社「聯合ニュース」は12月6日にこんな記事を配信した。

”平昌「ボッタクリ五輪」逆風……宿泊業者、大規模の空室が心配”

「(12月)6日、江原道が把握した道内の宿泊料金の動向を観ると、今月1日基準で開催都市・郡の予約率は業者数(4797ヶ所)に対して、6%(265ヶ所)だ。

客室数6万7879室で言えば、14%(9288室)と多少数値は上がる。

江陵、平昌、チョンソンなど開催都市・郡の業者数基準の予約率は10~11%に過ぎず、原州、東海、束草、サムチョク、フェンソン、コソン、ヤンヤンなどの周辺都市では3%だ。

現在、江陵・平昌地域のオリンピック時期の一般モーテルの価格基準は15万ウォン~25万ウォン。周辺都市では10万ウォン以下に下がったが予約率は低い。

江原道は予約率が低い理由を”最近、一部の業者が高額の料金を要求し、かつ長期・団体客のみを好み、個人の客の予約を受け付けないという話が拡散し、観光客がオリンピック開催地での宿泊を放棄した”と見ている。道と宿泊業界によると、いまだに問い合わせの電話すら来ていない業者もザラだという。

該当記事

直前に平均価格が下がっていくか。すると日本から「フラッと観戦」もやりやすくなるのだが。

「ボランティアをやってみたくはあったけど…」北朝鮮問題には「興味全くなし」

そんな早朝の会話を終え、宿の外に出た。7時過ぎから食事ができる場所を探すのに少し歩き回らなければならなかった。ソウルの繁華街だと、朝早くから食堂が空いているところも多く、あまりこの時間帯の食事には困らない。朝からちょっと辛いものはキツいな、というときは7時台からイートイン可能なパン屋のチェーン店やカフェもオープンしており、日本からの訪問客も食事が採りやすい。

しかし、ここ江陵ではモーテル街から目抜き通りの方に向かったがどこも空いていない。少し逆方面(駅方面)に戻ると、一軒食堂が空いていた。韓国での2日酔い覚ましの定番メニュー「ヘジャンクク」の店だ。

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オーダーをしつつ、店で働く40代後半の女性に話を聞いた。

ーー五輪、どうっすか?

「まだピンと来ないし、ここで働くスタッフ同士では『興味ないね』という話にもなります。でも私個人的にはホントはね、ボランティアをやりたかったの。研修まで受けたんだけど……仕事がやっぱり忙しいということで諦めて。ちょっと残念。オリンピックなんて、一生で一度あるかないかの機会なのに」

ーーそうですか。もう1ヶ月くらいで開幕なのに

「景気が悪いからね。ここで商売をやってる人たちは『それどころじゃない』というのが実際のところで。でもね、ちょっと前に、大会のボランティアが着用するダウンコートに似せた服がメディアで話題になって。子どもたちがこれを欲しがって、開店前からデパートに列ができた、というニュースになったのよ。子どもたちが”ピョンチャン”と入ったのを好んで。そういうところから盛り上がってきているというのはあるけど」

ソウル駅前のグッズショップにて。コートはやはり売り切れという
ソウル駅前のグッズショップにて。コートはやはり売り切れという

平昌ダウンコートに対する韓国人の反応(1)ーー「中央日報」日本版 2017年11月28日

--それにしても、ここに来て多くの人が「五輪にあまり関心がない」と口にしています。なぜでしょう。

「”韓国政府が手を引いた”というイメージがあるからよ。政府は大会誘致時には”運営経費の半分を負担する”と言っていたの。でも時間が経つと、これが3分の1に留まることになった。残りはどこが担うかというと、江原道(カンウォンド)。地元の財政負担が大きいから、みんな不満を持つようになったのかもね」

--日本では「大会中、北朝鮮のテロの心配があるんじゃないか」「北朝鮮情勢の不安のため、不参加国も出るんじゃないか」という報道が出ましたが。

「興味ないわよね。全く。北朝鮮が参加すれば、問題はなくなるんじゃない?」

「景気はよくなった。週末にお客さんが増えている」

朝食を終え、いよいよオリンピック会場に向かった。江陵市の目抜き通り周辺はタクシーの台数も多く、乗車にはそれほど苦労しなかった。車で15分ほど行けば、フィギュアスケート、ホッケー、スピードスケート、カーリングの会場が集まる「江陵オリンピックパーク」に着く。先日、突如の南北朝鮮合同チーム結成が決まった女子アイスホッケーの試合もここで行われる。

道すがら、タクシーの運転手(50代男性)に話を聞いた。この言葉が印象的だった。

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ーー平昌五輪、どうでしょう?

「(自分の仕事では)景気が、良くなってきていると思うよ。何が大きいかって、KTXの開通だよね(取材日の時点で開通5日め)。”まずは乗ってみよう””行ってみよう”というお客さんも多くて。先週末は駅からビーチ(キョンポ海水浴場、ビーチ沿いのカフェが多い通りが有名)に随分たくさんお客さんを乗せた。雰囲気が変わってきていると思うよ」

3年ぶりに訪れた会場は、2016年の末に完成したというだけあって、3年前の訪問時とはすっかり姿が変わっていた。

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12月末の時点で会場周辺の工事がまだ終わっていなかったのは気になったが……

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もうひとつ、郊外の会場近くにポツンと建った新設のチェーン系のカフェも気になった。タクシー運転手氏と「これ、大会後、どうなるんですか?」という会話になった。「知らんよ。どうなるか。五輪の会場も壊す、という話になっているから」という。大会後の”レガシー”として、冬季種目発展の基地になるという可能性は今後検討、というところだろうか。

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宿泊費より、高速鉄道ソウル往復交通費が安い

ソウルからKTXで移動した場合、平昌五輪の開催地は大きく3つに分かれる。西から平昌、珍富、江原だ。それぞれに駅がある。

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このうち最大の都市・江陵を訪れた率直な印象から、こんな予想ができた。

「ソウルで宿泊・食事をし、開催地では競技だけを観る大会」

つまり、競技場を除いた開催地は”通り過ぎるだけの場所”となるという構図だ。

まず、最大都市・江陵ですら食事を採る場所のキャパシティ不足を感じた。朝食のほか、新設のKTX江陵駅周辺、そして駅構内にも食事ができる場所がほとんどなかった。「移動前に少し温かいものを」と考えても、構内にはコンビニが一つ、飲み物のほか、スイーツが少々売っている小さなカフェがあるだけ。これは少々面食らった。

そして何より、大会前に新たに登場した、2つの”価格”が決定的要因になる。

■宿泊費用 約2万6000円

■ソウル(清涼里)とのKTX往復交通費 約5200円・2時間

ソウルに暮らすスポーツ新聞の記者仲間にこの話を振ってみたが「まあ、現地に泊まる人もそうじゃない人もいるでしょう。安い宿は探せば出てくるとは思うんですけど……」と無関心な様子だった。ソウルに暮らす立場からすると、なかなか見えない問題だろう。だから大きくは報じられない。

それでも、この点を少しずつ報じ始めている現地メディアも存在する。「ハフィントンポスト」の韓国語版はKTX開通直後の昨年12月21日に「平昌五輪の宿泊難を解決する方法が出てきた」という記事を掲載した。

該当記事

同記事では大会組織委員のコメント「(宿泊施設の)ぼったくり料金が続くのであれば、KTX増便などで需要を分散させるなどすべての方案を尽くす」を引用した。さらに大会期間中、KTXの「3日フリーパス(約1万円)」「10日フリーパス(約1万6800円)」が発行される点も紹介している。

ややもすれば”開催地スルー”の傾向が出るのではないか。

もちろん、トップレベルのスポーツの大会では「プレーヤーズファースト」の精神が最優先であるべきで、今大会の競技施設はしっかり整っている。いっぽうで「次回開催都市から見る」という角度から切り取ると、そういった点が目立った。

江陵の次に平昌駅から行く開催地(スキー)で話を聞き、その思いはより強くなった。

(続く)

吉崎エイジーニョ ニュースコラム&ノンフィクション。専門は「朝鮮半島地域研究」。よって時事問題からK-POP、スポーツまで幅広く書きます。大阪外大(現阪大外国語学部)地域文化学科朝鮮語専攻卒。20代より日韓両国の媒体で「日韓サッカーニュースコラム」を執筆。「どのジャンルよりも正面衝突する日韓関係」を見てきました。サッカー専門のつもりが人生ままならず。ペンネームはそのままでやっています。本名英治。「Yahoo! 個人」月間MVAを2度受賞。北九州市小倉北区出身。仕事ご依頼はXのDMまでお願いいたします。

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