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スケートボードを「拒絶」から「共存」へ 東京五輪前から行政と取り組むフランスの未来都市創造

吉田佳央フリーランスフォトグラファー/スケートボードジャーナリスト
至るところで見るスケボー禁止サイン。はたしてこの対応は正しいのか!?

スケートボードの本質とは!?

「スケートパークを造るから、周辺では滑らないでください」

「スケートパークを造るなら、マナー啓発も行ってください」

東京五輪から一年以上が経過した今、スケートボード関連のニュースが世間を騒がせているのは、有名選手の世界大会での活躍もさることながら、「迷惑系スケーター」といった言葉に代表されるような、社会性を問う話題も相当数に上っているように思う。

今や都市部の舗装された公園やロータリーには、必ずといっていいほど禁止看板が立っているが、そもそも「禁止すること」は最良の問題解決策なのだろうか!?

都市部の「スケートボードができそうだな」と思える場所には、ほぼ間違いなくこうしたノーサインの看板が立っている現状がある。撮影:吉田佳央
都市部の「スケートボードができそうだな」と思える場所には、ほぼ間違いなくこうしたノーサインの看板が立っている現状がある。撮影:吉田佳央

開口一番にこんなことをいうと、いきなり何をいっているんだ!? と思う方もいるかもしれないが、そもそもスケートボードは大きな括りではアーバン(都市的な)スポーツと呼ばれているし、五輪種目名のひとつがストリートであったように、競技のルーツが街中にあるのは明らか。

それにスケートパークが造られるようになった背景には、ストリートスケートに人気が集まり肥大化し過ぎたことで、社会からの規制が厳しくなり、必要に迫られて誕生したという側面もある。

そのためいくら練習できる専用施設を造ろうが、スケートボードの本質はストリートにあり、スケートパークという特定の地形に収められるものではないと考えるスケートボーダーは多いし、 仮に五輪に出場できるほどのスキルがある選手がいたとして、「ストリートで滑ったことはありません」なんてことは、まずありえないといっていい。

しかもコンテストに一切出場しなくとも、ビデオパートと呼ばれる街の地形を活かした滑りで魅せる映像作品の方で、プロとして活躍できる土壌がこの業界には古くから根付いているので、何があろうとストリートで滑走する人がいなくなることはないという考え方は、一方ではすでに完全に定着した普遍的なものでもあるのだ。

もちろん明らかに人の迷惑になる場所や、私有地での無許可の迷惑滑走は控えるべきだが、万人のために作られた公共スペースでさえも、否応なしに「禁止」の一言だけで片付けてしまうのは、見方を変えれば、今まで存在してきたものの在り方の全てを真っ向否定する安易な方法だと捉えられないこともないのではないだろうか。

確かに社会生活を営む人口割合比率で言えば少数派かもしれないが、話し合いや議論も無しに、苦情対応のためだけに特定のものを排除するという事例は、合唱や団体でのランニング、花火なども該当するので、なにもスケートボードに限ったことだけではないだろう。

日本では東京五輪を機にスポーツとしての気運が高まったことで、ストリートスケートに対する取り締まりがより一層厳しくなっているし、このままでは愛好者と社会の間に摩擦が生まれてしまうだけなのではないだろうか!? という懸念を抱いている人達は、世界的に見ても決して少なくはない。

スケートボードと社会が共存する街づくり

そういったスケートボードを取り巻く社会事情を懸念し、自ら「skaturbanism(スケーターバニズム)※1」と呼ばれる、スケートボードと社会が共存できる街づくりプロジェクトを進めている人物がいる。

プロスケーターのレオ・ヴァルスさんだ。

2012年にボードスポンサーの仕事で来日した時のレオ・ヴァルスさん。彼は大の親日家でもある。撮影:吉田佳央
2012年にボードスポンサーの仕事で来日した時のレオ・ヴァルスさん。彼は大の親日家でもある。撮影:吉田佳央

※1 スケートボード(skate)と都市開発(urbanism)を組み合わせた造語。街のさまざまな用途と調和する形で、スケートボードが都市空間を発展させることのできる肯定的なものであることを理解してもらうためのプロジェクト

彼が住むフランスのボルドーも、2017年頃までは今の日本と同じような問題を抱えており、スケートストッパーやノブといったディフェンシブアーキテクチャー(写真 & ※2)の取り付けや、警察官による取り締まりといった抑圧的な方法で、スケートボーダーは子供ですら追い回され、違反切符を切られてしまう状況だったそう。

縁石にトリックを仕掛けるのを防ぐため、後から取り付けられたポール。以前は著名なスポットだったが、今は寂れた雰囲気に。日本にもこういったディフェンシブアーキテクチャーは多数存在する。撮影:吉田佳央
縁石にトリックを仕掛けるのを防ぐため、後から取り付けられたポール。以前は著名なスポットだったが、今は寂れた雰囲気に。日本にもこういったディフェンシブアーキテクチャーは多数存在する。撮影:吉田佳央

※2 ある場所や建物の所有者が、自分が望まない使い方をする人を排除するために作りだした構造。ホームレスが寝られないようにするため突起物が取り付けられたベンチなどがそれに当たり、縁石に取り付けられたスケートストッパーなども該当する

そして昨今の日本と同じようにニュース番組にも取り上げられるようになっていたのだが、ボルドーはそこからの対応が違っていた。

スケートボーダーと行政による話し合いの場が持たれたのだ。

そこでレオさんはスケートボードが街の発展や若者のために有益であるということを理解してもらうための説明をした。

ひとつはストリートスケートが自分自身のアイデンティティを見つけることができるものであり、クリエイティブなものでもあるという、スポーツの枠を超えた文化・芸術的側面について。

そういった要素からスケートボーダーは街でのスケートを求め、全国どころか全世界を旅するので、それでツーリズム文化が成り立っていること。

さらにそこで撮影された写真や映像が後にブランドやチームの作品として発信されることで訪れた地域のPRにもなり、また他のスケートボーダーがその土地を訪れるようになり、経済が回るといったようなことだ。

世界各地で街の作りや建築が違うのは当然。スケートボードにとってはそれもひとつのアート。中世ヨーロッパを思わせる街並みが背景にあると、レオ・ヴァルスさんの姿もさらに引き立つ。撮影:レオ・シャープ
世界各地で街の作りや建築が違うのは当然。スケートボードにとってはそれもひとつのアート。中世ヨーロッパを思わせる街並みが背景にあると、レオ・ヴァルスさんの姿もさらに引き立つ。撮影:レオ・シャープ

またSDGs的観点から見ても最適でエコな交通手段であることや、ストリートに滑走場所を作ることが、人々が訪れなくなった眠った場所の復活やホームレス、ドラッグディーラーなどがはびこる治安の悪い場所の改善に繋がるといった、社会的にポジティブな側面を政治の場で伝えたのだ。

ただ一般の方からしたら、こういった考え方は一方的で特異なものに映るかもしれない。

そこでレオさんは、理解をより深めてもらうため街の伝統ある美術館でアートショーも開催した。しかもそこに政治家の方々も招待し、スケートボードに反対する層も含め、互いを理解しあい、議論しあう機会も作った。

そうして物事は進展。

なんと、スケートボードの未来都市を創造する行政の仕事を請け負うようになったのだ。

”やらせない” ではなく、”壊れない”

では具体的に何をしたのかというと、スケートボードが公式に含まれることで、街のさまざまな用途とうまく混ざり合うかどうかを確認するためのテストを行った。

まずは禁止だったスポットに時間枠を設けて滑走可能にし、さらに公共スペースではスケートボードが可能な彫刻を設置する取り組みを行なったのだ。

スケートボード用の構造物の上に椅子を設置した彫刻。こうして様々な用途が混ざり合うかをテスト。これは影絵を利用し、レオ・ヴァルスさんと市民が同じ場所を共有して生まれたアート作品。撮影:レオ・シャープ
スケートボード用の構造物の上に椅子を設置した彫刻。こうして様々な用途が混ざり合うかをテスト。これは影絵を利用し、レオ・ヴァルスさんと市民が同じ場所を共有して生まれたアート作品。撮影:レオ・シャープ

その結果ボルドーにはたくさんの人が訪れ、実験は見事に成功。これらの様子を収めたドキュメンタリービデオ『DC SHOES : SKATE URBANISM feat. Leo Valls』は地元の美術館でも公開された。

こうして初めてスケートボードを街づくりに取り入れることが可能となる。

そう、公共の土地に存在するストリートスケートスポットの長期的な整備だ。

同時にそれは税金の使い道がディフェンシブアーキテクチャーではなく、スケートスポットの縁石素材の強化や、より滑らかな路面への変更を意味する。いわば”やらせない”ではなく、”壊れない”という、今までとは全くもって逆の発想で街づくりを進めるということだ。

街中にある縁石に、L字形の型を埋めこんだところを確認するレオさん。隣にいるのは、スケーターバニズムを専門とするエージェンシー、Dedicationの方々。写真提供:SOLO magazine
街中にある縁石に、L字形の型を埋めこんだところを確認するレオさん。隣にいるのは、スケーターバニズムを専門とするエージェンシー、Dedicationの方々。写真提供:SOLO magazine

コンクリートの下にこうして金属製の金具を埋め込むことで、強度は格段に向上し、壊れなくなる。この場所がスケートパークではなく、ストリートであることが新鮮な驚きだ。写真提供:SOLO magazine
コンクリートの下にこうして金属製の金具を埋め込むことで、強度は格段に向上し、壊れなくなる。この場所がスケートパークではなく、ストリートであることが新鮮な驚きだ。写真提供:SOLO magazine

改修前と改修後の縁石。違いは一目瞭然で、改修後の方が明らかに美しい。金属の型が埋め込まれているのも、言われなければ気づかない。これぞ社会とスケートボードの共存と言える。写真提供:SOLO magazine
改修前と改修後の縁石。違いは一目瞭然で、改修後の方が明らかに美しい。金属の型が埋め込まれているのも、言われなければ気づかない。これぞ社会とスケートボードの共存と言える。写真提供:SOLO magazine

ボルドーではこのエリアのスケートボード発祥の地である伝統スポット、Terrace Koenig(テラス・ケーニッヒ)から始めたのだが、改修オープン後は他の町からも人が集まってきただけでなく、70~80年代に滑っていた世代のスケーターも戻ってきて、スポットの歴史を知らない子供達と一緒に楽しく滑っている微笑ましい姿も見かけるようになったそうだ。

改修前のテラス・ケーニッヒ。路面のタイルはどころどころ剥がされているので滑走は不可能。縁石も黒ずみ、かなり風化しているのがわかる。写真提供:SOLO magazine
改修前のテラス・ケーニッヒ。路面のタイルはどころどころ剥がされているので滑走は不可能。縁石も黒ずみ、かなり風化しているのがわかる。写真提供:SOLO magazine

改修後のテラス・ケーニッヒ。路面は綺麗に舗装され、縁石もスケートボード仕様に強化。緑も植え直され、街の景観としても、より美しいものに変貌を遂げた。写真提供:SOLO magazine
改修後のテラス・ケーニッヒ。路面は綺麗に舗装され、縁石もスケートボード仕様に強化。緑も植え直され、街の景観としても、より美しいものに変貌を遂げた。写真提供:SOLO magazine

そのおかげで政治家の方々はスケートボードの重要性を理解し、ボルドーのイメージアップにも貢献していることを実感しているようだともレオさんは話している。

理解不足ゆえの反発

しかし、全てがうまくいっているわけではない。

他の都市利用者にとっては複雑なところもあるようで、彫刻を設置しても、「芸術作品を台無しにしている!」といった声も上がっているそう。スケートボードをするために作られた芸術作品であるにもかかわらず。

このようにヨーロッパでもまだまだ伝えるべきことや課題は残っている。

この事例に関していえば、そもそものコンセプトが理解されていないのだから批判の声が上がるのも仕方のないことだろう。

ただこういった”理解不足ゆえの反発”というのは、今の日本が置かれている現状とも共通しているような気がしてならない。

愛好者からすれば「認知はされたが理解はされていない」というのが、東京五輪後の日本におけるスケートボードの現在地なのではないだろうか。

ストリートで滑走するスケーターたちに対する日本での世間的イメージは、メディアでの報道なども相まって、暴走族と同じ、危ない、輩の集まり、カッコつけたいだけといったマイナスイメージが先行しているように思う。

ただ実際のところそういった人々はごくわずかで、長年の愛好者の方々は地域に協会などを作ってマナーの徹底を呼びかけたり、定期的なゴミ拾いやイベントなどを行いながら地域との交流を図っているのだが、そういったことが大々的に報道されることはない。

そんな事情が見知らぬものへの警戒心や拒絶反応に繋がり、スケートボードに対して先立つアレルギーとなり、嫌悪感を抱く人が生まれるというところも否定できないのでないだろうか。

筆者が以前執筆した『パリ五輪狙えるスケートボード逸材の拠点、苦情で開けず… 騒音以外の問題点も』の記事からもそこは明白な事実だろう。

だからこそレオさんは、人々に声をかけ、親切にすることが大切だと話している。

ただ滑りたいだけのスケートボーダーにはなってはいけない。

これからはさらにグローバルで多様な時代になっていくことは間違いないので、人種や性別、立場や境遇の壁を乗り越え、互いに妥協し、共有しあい、他方の意見も理解することがすごく重要になっていくだろう。

スケートボーダー側も、自分たちが協力することが街にとって有益なものになることをしっかりと伝え、共存への道を模索していくべきではないだろうか。

IOCによる東京五輪スケートボード競技の総括と世界の流れ

そういった意味で注目のムービーが、IOCのオフィシャルYouTubeアカウント、IOC Mediaから『Tokyo Stories - Skateboarding』というタイトルで公開されている。

内容は東京オリンピックのスケートボード競技の総括なのだが、その中でアーバンデザインについて以下のように言及しているのだ。

"東京オリンピックのインパクトにより、行政の都市計画にスケーターのニーズが取り込まれるようになった。

「より良い施設を作るため、そしてより多くのサポートを得るため多くの自治体がスケーターに歩み寄り始めました。

多くの自治体が理解し始めたように思います。

スペースの設計や開発にスケーターが関わる事例も増えています。

今回のオリンピックによって、そうした動きがより鮮明になったと思います。」"

五輪種目化を経た今、世界ではこのように行政も一体となり、共存できる、寛容な世の中を作っていこうという流れが生まれていることがわかる。

レオさんは今年の6月に「Many possible cities」という都市再生フェスティバルに参加するためにイタリアのフィレンツェにも足を運んでいるし、ここで紹介したボルドーだけではなく、スウェーデンのマルメや、デンマークのコペンハーゲンもスケートボードに寛容な都市である事は愛好者にはよく知られた話だ。

これらの事例をそのまま日本に落とし込むことは難しいだろうが、こういった世界の動きに逆行することなく、自分の街を知り、反映させ、コミュニティが一致団結して外へ発信していき、日本なりの社会との共存方法を見出すことができれば、新たな時代を切り開くことができるはず!

と考えるのは筆者だけだろうか。

もちろん、それはスケートボードだけに限らず、"全ての遊び・スポーツ"において、である。

制作協力:レオ・ヴァルス

写真提供:吉田佳央(扉カット含む)レオ・シャープSOLO MAGAZINE

翻訳協力:野中克哉

フリーランスフォトグラファー/スケートボードジャーナリスト

1982年生まれ。静岡県焼津市出身。高校生の頃に写真とスケートボードに出会い、双方に明け暮れる学生時代を過ごす。大学卒業後は写真スタジオ勤務を経たのち、2010年より当時国内最大の専門誌TRANSWORLD SKATEboarding JAPAN編集部に入社。約7年間にわたり専属カメラマン・編集・ライターをこなし、最前線のシーンの目撃者となる。2017年に独立後は日本スケートボード協会のオフィシャルカメラマンを務めている他、ハウツー本も監修。ファッションやライフスタイル、広告等幅広いフィールドで撮影をこなしながら、スケートボードの魅力を広げ続けている。Instagram:@yoshio_y_

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