懸念される「東芝副作用」 ……日本企業が骨抜きにされる日
東芝の「不正会計」事件が尾を引いています。8月31日、東芝は有価証券報告書の提出期限の再延期を発表しました。子会社の会計処理に新たな「不正」が見つかったためで、利益水増し額がさらに膨れ上がる可能性があるからです。このまま決算発表が遅れ続けると、東芝が「上場廃止」という正念場を迎えることになります。
いっぽうで、東芝の事件を皮切りに、マスメディアで徐々に
「達成不可能な目標」
という言葉が使われつつあります。「達成不可能な目標を強制する上司」「達成不可能な目標を設定するブラック企業」といった表現です。「あなたの会社で『達成不可能な目標』を強制する上司はいませんか?」と投書を呼びかけるマスメディアも出てきています。目標を「絶対達成」するというスローガンで企業の現場に入ってコンサルティングしている私たちからすると無視できないケースです。そもそも、「達成不可能な目標」という表現は適切なのだろうかと疑問を覚えるからです。
これは完全に「東芝副作用」と言えるでしょう。
そもそも「達成不可能な目標」とは何でしょうか? 確かに「今から1分以内に100億円の利益を作れ」と上司から圧力をかけられたら、「メチャクチャだ」「パワハラだ」と誰もが思うことでしょう。それでも上司から「工夫しろ」「チャレンジしろ」と言われれば、思考停止状態になり、「不正」でもして対応せざるを得ないという発想も出てくるかもしれません。
しかし「今から50年以内に100億円の利益を作れ」と言われたらどうでしょうか。「達成不可能な目標」と断じることは難しいと言えます。それだけの猶予期間があるのなら、市場分析、商品開発、マーケティング活動……などの「工夫」「チャレンジ」ができるはずです。
このような極端な例ではなく、「今から1年以内に100億円の利益を作れ」と言われたら、その会社の置かれた事情、商品構成、お客様との取引状況によって、可能なのか不可能なのかは変わってきます。「1分」でも「50年」でもなく「1年」です。この1年の間で、新しい商品を開発し、それを市場に認知させ、お客様のキーパーソンと関係を構築して、商談をクローズさせる。というのであれば難しいかもしれませんが、市場に認知されている既存の商品で、まだポテンシャルのある新たな市場に営業マーケティング活動をすることで「100億円の利益」を作ることができるのであれば、「達成不可能な目標」とは言い切ることができません。つまり「工夫」次第、ということになります。
実のところ「達成不可能な目標」だと言い切れるファクターは「時間」しかありません。にもかかわらず、その概念を無視して「会社側が設定した目標は逆立ちしたって達成できない」「昨年より予算が10%アップしているが理解できない」と、最初から「工夫」を拒否する人は、東芝の事件が発生する前から現場にはたくさんいます。
今回の事件を受けて、このような「工夫」をしない人たちは水を得た魚のように、
「その通りだっ! 達成不可能な目標を設定し、『工夫をしろ』だのと言って圧力をかけてくる経営者が悪い。我が社も東芝と同じだ」
と声高に言い出すかもしれません。「工夫」すれば達成できるかもしれないことなのに、実践する前から、「できない理由」「不可能な理由」ばかりを言う人が組織にいたら、うまくいくものもうまくいきません。
東芝の事件を受けて、マスメディアは「達成不可能な目標」という表現をあまり使わないようにしていただきたいと私は考えます。間違ってこの表現を使う人が増えたら、まさにそれは「東芝副作用」と言える現象です。さらに経営者が設定した目標を達成しなくてもいい、と風潮が広がったりするなら、まさに「骨」がなくなった魚のような企業が増えます。日本企業が骨抜きの状態にならないよう願うばかりです。