「聞く力」とは? 「相手の話をよく聞く」には3種類の意味がある。
「相手の話をよく聞け」とは、どこでも言われることです。お客様の話をよく聞け。上司の話をよく聞け。部下の話をよく聞け。親の話をよく聞け……いろいろな場面でいろいろな方が口にします。この「相手の話をよく聞く」の意味合いは多く分けて3種類あると考えます。
● 相手の話に対して、黙ってじっと耳を傾ける
● 相手の話、要望の論点を掴む
● 相手の要求やニーズを整理するために質問を重ねる
どれも正しいと思います。シチュエーションによって変化するだけです。個々に解説していきましょう。「相手の話に、黙って耳を傾ける」ためには、以下の2つの事柄を注意すべきです。
1)相手が話している最中に口を挟まない
2)相槌を打つなど「聞いている」ことを態度で表す
いわゆる「傾聴」は、相手との信頼関係を築くうえでとても重要です。つまり相手との関係を維持するために必要な「表面コミュニケーション」のひとつ。ただし重要なことは、相手が話したがっているケースに限られます。相手が話をしたいと思ってもいないのに「なんでも聞きますからどうぞ喋ってください」と訴えても、相手を困らせるだけです。特に上司が部下を呼び出し、「日ごろから考えていることを話してくれ。今日は何でも聞くから」と言っても、「別に話したいことなど何もない」と思っている部下は困惑するだけです。
「聞く」という単語は、「聴力をもって知覚する」という意味以外にも「細心の注意を充てる」という意味も持っています。感度を高め、相手の話のどこが論点なのか、何を要求しているのかを正しく注意を払うということです。話を前に進めるための「論理コミュニケーション」をするときに、特に重要です。
妻:「私の友達が結婚のタイミングで、一戸建ての家を建てたいって言うんだけど、どんな家がいいのかしら」
夫:「一戸建ての家か……。増税後の駆け込み需要の反動減で、住宅メーカーはどこも大変らしいぞ。ほら、工務店を経営している鈴木さんとこも、けっこうヤバイらしいからなァ」
夫は「一戸建ての家」というワードだけを拾い、このワードを中心に話を捻じっています。ですから妻との会話が歪んでくるのです。こういう人は、相手の話に細心の注意を払っていません。ですから単語でしか話をとらえられないのです。相手の話の論点は何かを注意深く聞くべきですね。「要約文」を自分で作ることができるかどうか、にかかっています。妻の話の要約文は「友人が家を建てるにあたって、どんな家がいいのか夫の意見を聞きたい」です。したがって、
「まだ若いんだろう? あまり贅沢な家にしないほうがいいんじゃないか」
「一戸建てもいいけど、分譲マンションにするという手もあるぞ」
などと答えれば、話は噛み合ったことでしょう。「要約力」がない人は、無駄に質問を重ねることがあります。
お客様:「私としては、このスペックの範囲で100万円以内におさまるのであれば購入するつもりでいます。他にこだわりもないですから」
営業:「そうですか。こちらの機能なんかはどうですか。もう少しハイスペックにしたほうがよいですか」
お客様:「ですから、先ほどお話したとおり、こちらのスペックの範囲であれば大丈夫です」
営業:「なるほど……。他にオプションで興味があるものはございますか?」
お客様:「いや、ありません。こだわりは特にないですから」
営業:「2ヶ月待っていただければ、もう少しスペックの高いものが110万円で手に入りますけれども」
お客様:「ですから、100万円以内におさめてもらいたいのです。スペックも、今ので充分ですから」
営業:「いや、他のお客様で、それならそのほうがいいっていう人もいますからねェ。念のためにお聞きしておこうと思いまして」
この営業はお客様のニーズを正しく要約できていません。営業自身の頭が整理されていませんから、質問する内容も場当たり的になっていきます。「相手の話をよく聞く」ためには、「感度」を高める必要があります。
最後に、「相手の要求やニーズを整理するために質問を重ねる」です。「聞く」という単語は、さらに「質問を提示する」という意味も持っています。ですから「質問を重ねる」ことによって相手の頭が整理されることはあります。しかし、これは極めて高度なコミュニケーションスキルが必要です。当然、前述した二つのことができなければ、話になりません。つまり、相手の話を正しく傾聴する態度、そして相手の話の論点を掴みとる感度の高さです。そしてタイミングをはずすことなく、効果的な質問を重ねないと、まったくうまくいきません。
上司:「いろいろと会社に対する不満があるそうだから、今日は何でも話してくれ」
部下:「あ、はい。ありがとうございます」
上司:「何でもいいから、最近、思っていることを言ってくれよ。遠慮せずに」
部下:「ええっと……そうですね。あの……実は」
上司:「じゃあ、俺から質問してもいいかな?」
部下:「……え?」
上司:「最近、残業が多いけど、いつも何時まで仕事をしてるの?」
部下:「そうですね……。だいたい夜の10時とか11時です」
上司:「何をやってるの、そんなに遅くまで」
部下:「昨夜なんかは、A商社の提案書を作ってたんですが、この提案に関して質問があるんです……」
上司:「あ、そうそう! A社なんだけどさ、あそこの管理部長、異動したの知ってた?」
部下:「……え、そうなんですか」
上司:「そう。北海道だって」
部下:「札幌支店ですか」
上司:「そうだよ。今度、札幌支店に挨拶に行かないか、一緒に」
部下:「ああ、はい……」
上司:「北海道はうまいもんがたくさんありそうだよな。食べ物は何が好き?」
部下:「ええっと……。刺身とか、いいですね」
上司:「ウニとかイクラ、食べてみたいよな。北海道で」
部下:「ええ、まァ、そうですね」
上司:「ところで、何の話だったっけ?」
部下:「確か、残業のことだったと」
上司:「ああ、そっかそっか。最近、どうして残業が多いんだったっけ?」
部下:「ええと……、申し訳ありませんが、今日は他に用事があるんで、そろそろ帰ってもいいでしょうか?」
どうもこの上司は「相手の話をよく聞く」という状態になっていないようです。態度も「傾聴」になっていませんし、相手の話の「論点」を抽出しようと細心の注意を充ててもいません。「聞く力」というのは、ただ、ダラダラと相手の話を聞く力、ということではありません。漫然と質問を重ねる能力のことでもありません。最も重要なことは話の「論点」をセンテンスでとらえること。主語と述語とが噛み合った「要約文」として、正しく認知できているかです。テレビの司会者が、個性豊かな出演者の話をまとめていくときに、どのような立ち回りをしているか、注意深く見てみましょう。