「客室乗務員の安全デモ」を真似するダメ上司
部下がなかなか言うこと聞かない。「どのように言ったら伝わるのか?」「どうしたら上司の言うことに耳を傾けるのか」と悩む上司はたくさんいます。企業の管理者たちにセミナーや研修を行っている私は、毎日のように耳にする言葉です。しかし、私は現場にも入ってコンサルティングしている身です。「現場」へ行けば、すぐにわかります。それら管理者たちの悩みが、とても表面的なものであるということを……。
たとえば私がある企業の会議にオブザーバー参加したとします。その企業の営業部長が、10人の部下たちにこう言いました。
「このままだと今期の目標が達成しない。社長がそのことを、かなり気にかけておられる。そこで、以前から言っているとおり新規のお客様を獲得するように。いいな」
そう言われると部下たちは「わかりました」「やります」と答えます。どうやらこの部下たちは「聞く耳」を持っているようです。しかし私は現場経験が長いですから、このままでは終わらせません。
会議が終わった後、その部長に声をかけます。「部下の方々は『聞く耳』を持っているようですね」そうすると、部長から「何を言ってるんですか。あんなのポーズですよ。全然、あいつらは私の言うことを聞かないんです。新規開拓なんて、ずいぶん前から言ってるのに、まったくやらないんです」とこのような返答が戻ってきます。
ここで皆さん、変だと思いませんか? この部長の言うことが真実であるなら、なぜ部長は、表面的な態度しかとらない部下を放っておくのでしょうか。「わかりました」と口だけで返事をし、実際は行動を変えないのがわかっているなら、キチンとした指導をしなければなりません。それが上司の役目です。
結局のところ、マネジメントが「お約束」になっているのです。
上司は部下に「言うべきことは言わなくちゃいけない」。部下は部下で、「上司が言うことは聞かないといけない」。お互いそう思っているだけです。これは「お約束」。実際に行動を変えるかどうかは、両者ともに別問題になってしまっています。
「空気」で人を動かすに書いたとおり、上司が本気で「部下が言うことを聞いてくれない」と嘆いているのであれば、部下が「言うことを聞く」空気を作ってください。「あるべき姿」と「現状」とのギャップを数値表現し、改まった話し方をするのです。
しかし、私がそのように指導してもほとんどの上司たちはやろうとしません。結局のところ、「部下が言うことを聞いてくれない」と愚痴をこぼす割には、言うことを聞かせようと本気で思っていないのです。この意識は必ず部下に伝わります。「なんだかんだ言って、上司の言うことを聞かなくてもいい空気」が組織の中でできあがっているからです。
客室乗務員が離陸前に実施するのが「安全のデモンストレーション」です。飛行機に一度でも乗ったことがある人は、必ず目にしたことがあるはずです。
20年以上も前の話になりますが、私が海外にいるとき、乗っていたバスが崖から転落するという事故を経験しました。幸い、農家の家屋に転落したバスが激突し、谷底に落ちることはありませんでしたが、半壊したバスから脱出するときは私を含め、乗客全員が大パニックに陥りました。
ずいぶん昔の話なのですが、まだトラウマになっているのでしょう。飛行機に乗るときはいつも、緊急時の避難経路や、やるべきことを確認ししておきたいと私は無意識のうちに思います。これはもう癖ですね。わかってはいても、毎度、客室乗務員のデモを見ながら、酸素マスクの着用であったり、救命胴衣の使用方法などを頭に入れようと心掛けます。
ところが、多くの乗客はこのデモに注目していません。
客室乗務員がデモンストレーションをしている間も、お喋りをしていたり、雑誌を読んでいたり、すでに寝かかっている人もいます。とはいえ客室乗務員がそういう乗客を見て、注意を促したり、苛立ちを態度に表したりすることもありません。あくまでもマニュアル通りの動作を繰り返すだけです。お互い暗黙の「お約束」になっているのです。
いっぽう、先日私は北海道へ行き、ラフティングを体験しました。急流に乗って川を下るアクティビティです。団体のツアー客に交じって参加したわけですが、このときは「お約束」などありません。川へ向かうまでのマイクロバスの中、他のツアー客たちは好き勝手なことを言っていました。
「今日の川は、水が冷たいかなァ」
「俺、泳げないから、落ちたときは真っ先に助けてくれよー」
「素っ裸になって泳いでもいいですかァ?」
中には「ラフティングって何? よくわからないけど来ちゃったー」と言って笑っている人もいました。しかし、ツアーのガイド役が立ち上がり、「皆さん聞いてください。これからラフティングについてご説明します。今日初めて参加する人、手を挙げてください」そう言うと、手を挙げる人がちらほらいます。ガイドは、今回のツアー客のほとんどが初心者であることを知っていたのでしょう。こう付け加えました。
「手を挙げていない人は、以前にラフティングの体験があるんですね。私の説明がなくとも大丈夫ですかァ?」
そう質問すると、ふざけ合っていたツアー客たちも真顔になって手を挙げました。ガイドは一言で、「真面目に話を聞かないといけない空気」を作ったのです。
「皆さん、ラフティングはとても楽しいアクティビティです。しかし決められたルールは絶対に守ってください。自分だけでなく、周りの人もすごく迷惑だし、とても危険なことになる場合もあるのです。いいですか?」
ガイドがそう言うと、みんな前のめりになって聞き入りました。
「これは他のツアーで起こったことですが、ボートからわざと落ちる人がいたり、ふざけて隣の人を突き落とす人もいたそうです。当然、どうなるかわかりますよね。その後、笑えない事態になりました……」
こうガイドが釘を刺すと、さらにマイクロバスの中に緊張感が走ります。全員が真剣に聞き入りはじめたのです。これは「空気」で人を動かすにも書いたコミュニケーション技術「プリフレーム」と「マイフレンドジョン」です。他者の事例を用いて、事前に布石を打ったのです。
実際にラフティングは、とても楽しいアクティビティでした。ガイドの巧みな話術によって、ツアーに参加した全員が「やるべきこと」「やってはいけないこと」を守らなくてはいけない空気ができたからこそ、このような楽しいツアーになったのです。「お約束」にはなっていないことが重要なのです。
部下がなかなか言うこと聞かない。言っても聞いてくれない。そう嘆いてる上司たちがいます。しかしいっぽうで、「上司の言うことを聞かなくてもいい空気」が組織の中で蔓延していても放置している現実もあります。マネジメントが「お約束」になってしまってはいけませんね。
【参考図書】