中古車より新車を選ぶ決め手は、あの「匂い」? ……「香り」で人を動かす技術
何かの「香り」「匂い」を嗅ぐと、過去の記憶がフラッシュバックするということがあります。この心理効果を「ブルースト効果」と呼びます。ちなみに私は「生ごみ」の匂いを嗅ぐと、10代のころ山梨県にある清里清泉寮というリゾート施設でアルバイトしていた記憶が蘇ります。レストランの厨房で皿洗いをしていたとき、よく生ごみの処理していたからでしょう。そのとき一緒に働いていた人たちの笑顔や、木々のざわめきや、早朝の八ヶ岳や、風の冷たさ……といった様々な記憶が思い出されるのです。
「嗅覚」は視覚や聴覚に比べると、記憶を呼び起こす作用が強いとデブラ・ゼルナーらの研究によって報告されています。視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚……の五感の中で「嗅覚」だけは別格で、他の4つの感覚と比べ、香りの刺激はストレートに大脳へ届きます。これが「香り」や「匂い」が説得効果を高めると言われるゆえんです。
「香り」を使ったマーケティング戦略を実施している企業もたくさんあります。どのような「香り」がどのようなお客様に影響を与えるのかを考えていきましょう。
まず、「香り「匂い」を発する媒体を3つに分けてみます。
● 空間
● 商品
● 人
「空間」はわかりやすいと言えます。店舗、ホテル、フィットネスクラブ、映画館、医療施設……等、その「空間」に適した「香り」があることで、お客様の心に何らかの影響を与えます。「商品」そのものが放つ「香り」「匂い」を工夫する場合もあります。商品の包装材に「香り」を付けるケースもあるでしょう。「人」の場合は、香水などが考えられます。
お客様を動かすとき、商品のQCD(品質・価格・納期)といった「合理的な情報」も必要ですが、「心理的な情報」もきわめて重要です。人間は合理的な情報のみに基づいて意思決定をしているわけではないからです。「何となくその気になった」「そういうものだと思っていた」という不明瞭な理由で物事を判断することがとても多いのです。
「香り」を使ったマーケティング戦略も同様です。「鰻(うなぎ)」のお店など、かなり直接的に「匂い」がお客様の心を掴むこともありますが、多くの場合は、お客様が意識することなく、潜在記憶に残るように仕組まれています。
キーワードは、書籍「空気」で人を動かすに書いたとおり「しっくり」です。人間の「安心・安全の欲求」を満たすような「場の空気」があってはじめて人はリラックスします。筋肉が弛緩することで「アイデア」「ひらめき」が湧き出てくるため、緊張感のない空気を作ることで商品購入などの意思決定も促進できるのです。
その空間、その商品、その人に「しっくり」くる「香り」を設計することが重要です。「シャングリ・ラ」や「コンラッド」といった高級ホテルのロビーに、シトラスフルーツ系や 樹木系の香りが漂っていたら「しっくり」くるでしょうが、焼き肉の匂いが充満していたら「しっくり」きません。
トヨタやホンダの販売ディーラーへ行き、展示されている新車に乗ってみると、中古車にはない、新車ならではの「匂い」がするはずです。意識する人は少ないでしょうが、新車の匂いを嗅ぐことで「中古もいいけど、やはり新車がいいな」と思う人もいるのです。非合理的な意思決定ですが、販売側にとってはきわめて重要な要素。新車のカタログでは絶対に伝わらない「心理的な情報」であり、お客様宅へ訪問して商品説明するのではなく、様々なキャンペーンや催し物でディーラーへ来店いただき、新車を見たり乗ったりしてもらうよう販売側が意識する理由がここにあります。
戸建やマンションを販売している営業も同様に意識していることでしょう。個人差はありますが、新築ならではの「匂い」は購買欲を大きく左右する要素です。
人が話す「香り」「匂い」についても考えてみましょう。車の修理工場で働いている人がフローラル系や柑橘系の香水をつけていたら、何だか「しっくり」きません。身にまとった作業服から、かすかにエンジンオイルの匂いがしたら、何となく「しっくり」きます。一所懸命に仕事をしてくれそうだな、信用できそうだとお客様は無意識のうちに感じることでしょう。反対に、化粧品を販売している人の体から、エンジンオイルやニンニクの匂いがしたら、これも「しっくり」きません。
特定の「香り」が人の感情に強く影響を与えることは紛れもない事実です。商品と、対象となるお客様の属性によってしっくりくる「香り」「匂い」は異なります。商品に合った「香り」を設計し、どの媒体を介してその「心理的な情報」をお客様に伝えるのか、考えてみるのもいいですね。
【参考図書】