ブームに火をつけ、商品を「実力以上」に売る技術
マーケティングのことを勉強しただけで、実際に結果を出そうとした経験が少ない人の中に、「いいものを作っていれば必ず売れる」「宣伝や営業などしなくても売れるモノは必ず売れる」と思い込んでいる人がいます。そのせいなのか、「営業しなくても売れる方法」「宣伝しなくても勝手に売れるコツ」といった書籍がいまだに登場します。過去にそういうご経験があったかもしれませんが、このような方法は再現性がありません。商品価値だけで売れたり、何らかの仕組みを作れば自動的にモノが売れ続けるようになる夢物語はありません。たとえ続いたとしても数年です。「ラクして儲かる」という方法や仕組みがもしこの世に存在し、それを3年も4年も続けてしまったら、人間は堕落してしまい、元には戻れなくなります。そのほうがリスクが大きいと言えます。
宣伝や営業、プロモーション活動を「姑息な手段」と捉えている人がいます。お客様を騙して高額の商品を売りつけるのならともかく、お互い合意のうえで売買をしているのであれば姑息なやり方ではありません。こういった極端な反応(ラジカルフィードバック)をすべきでないでしょう。「映画館のポップコーン」はなぜ高くても売れるのか?」に書いたとおり、映画館で300円のポップコーンを売るのは姑息な手段ではないのです。需要と供給のバランスを考えて価格設定されているものであり、価格や売り方は「場の空気」によって決定されていくことがある、ということなのです。
またいっぽうで、商品というのは、お金をかけて宣伝すれば必ず売れると思い込んでいる人もいます。ある程度は売れるかもしれませんが、宣伝広告にかけたコストを回収できるほど必ず売れるかというと疑問です。ましてや大ヒット中の「アナと雪の女王」のようなブームを作りだすことは、どんなにメディアを操作しても不可能です。必ず偶発的な要素が繋がりあってブームに火がつくもの。大ヒット作を再現できる確実な方法は存在しません。
それではメディアを活用したプロモーション活動をして、ヒットする場合と、ヒットしない場合を簡単な数字を使って検証していきましょう。
【ヒットしないパターン】
「100の宣伝」 → 「20のリターン」 → 「100の宣伝」 → 「35のリターン」 → 「50の宣伝」 → 「50のリターン」……宣伝終了
【ヒットするパターン】
「100の宣伝」 → 「50のリターン」 → 「100の宣伝」 → 「200のリターン」 → 「100の宣伝」 → 「1000のリターン」 → 「200の宣伝」 → 「5000のリターン」 → 「200の宣伝」 → 「1万のリターン」……大ヒット!
メディア、インターネット、ポスター、チラシ……等、あらゆる宣伝広告をしても、期待通りのリターンが返ってこない場合、さらにプロモーション活動に投資をします。しかし、それでも期待通りのリターンが戻ってこないと途中で投資はやめてしまいます。
つまり、【ヒットしないパターン】だと、20 → 35 → 50 → 60 → 65 → 68……という感じなのですが、【ヒットするパターン】は50 → 200 → 1000 → 5000 → 10000……という感じに、リターンは変遷していきます。ヒットしない場合は風船に空気を入れてもなかなか膨らまないような感じなのですが、ヒットする場合は、注入した空気以上に膨らんでいくイメージです。ブームに火がつく、ということは、まさに投資した「べき乗」分のリターンが返ってくる感覚に似ています。
「ヒットするパターン」は、宣伝後すぐに期待以上のリターンが戻ってきます。ほとんどのケースで初動の1~2週間でマーケットの反応は確定します。数週間経ってから盛り返すことはありますが、稀です。このような稀有なパターンは再現しづらいですので、マーケッターは必ず初動の数字に注目します。
そして宣伝広告を繰り返すと、さらに期待以上のリターンが戻ってくるケースがあります。こうなるとマーケッターは相当な手ごたえを覚えます。このとき重要なことは、市場の「売れている空気」を察知すること。マーケッターが現場を重視する理由はここにあります。オフィスでパソコンの前でずっと座っている人は「市場の空気」を感じることができません。感度が低いマーケッターはまず、成功しないのです。
「空気」を「流れ」に変えるためには、「市場の空気」を肌で感じてから間髪入れずあらゆるプロモーション活動に投資し、ブームにしていく必要があります。経営者を説得し、豊富な人脈を活用して、広告代理店、メディア関係の人を動かし、スピード感をもって効果的な宣伝広告をコントロールします。このとき、人を動かすのは「お金」ではありません。マーケッターの情熱、気持ちです。「今回は絶対に来る! 確実にヒットする!」という気持ちが人を動かします。ヒット作を作り上げる個々のキーパーソンは感度が高いですから「市場の空気」を敏感に察知します。「確かに、風が来てるな」と思うからこそマーケッターを信用します。
この感性、センスは人間の「嗅覚」の成せる技です。お金さえあればヒット作ができるとか、商品さえよければいくらでも売れるといったことではないのです。「市場の空気」を読み違えることなく、あらゆる戦術を打つことで商品は上昇気流に乗っていきます。なぜ飛行機は高度1万メートルの上空を巡航するのか? それは高く飛べば飛ぶほど空気が薄くなるため、機体にかかる空気抵抗が少なくなって前に進みやすくなるからです。つまり、少ない力で巡航できるようになるのです。「市場の空気」を的確にとらえ、「空気」を「流れ」に変えれば「風」が起こります。効果的なプロモーション戦略で商品を空高く押し上げれば、うまく「風」をとらえ、その後は、それほど投資しなくても一定の期間、売れ続けるようになるのです。
確実にヒット作を生み出す方法などありません。しかし「市場の空気」を察知する嗅覚と、スピーディに決断・行動する運動神経、最適なプロモーション活動を実施できる人脈との信頼関係を備えていれば、偶発的に訪れる千載一遇のチャンスをものにすることができます。いかに「空気」を「流れ」に変えるかが、マーケッターの腕の見せ所と言えるでしょう。
※参考図書:「空気」で人を動かす