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150日しか食べられない? 人気イタリアンが本気で作る前代未聞の「かけラーメン」

山路力也フードジャーナリスト
麺とスープに全ての労力と材料費を注ぎ込んだ、イタリアンが手掛ける本気のラーメン。

コロナ禍だから生まれたラーメンたち

2020年4月オープンの『ニシムラ麺』(福岡市)は、一軒家レストランがランチに始めたラーメン店。
2020年4月オープンの『ニシムラ麺』(福岡市)は、一軒家レストランがランチに始めたラーメン店。

 長引く新型コロナウイルス禍で飲食店が大打撃を受けている。営業時間の短縮要請や酒類販売時間の制限要請などもあり、特にレストランや居酒屋、バーなどの夜営業が中心となっている業態が厳しい営業を強いられている。激減した夜営業の売り上げを補填すべく、デリバリーやテイクアウト、ランチ営業などを始めた店も多い。

 その中でランチタイムに「ラーメン」を提供しているレストランや居酒屋が増えている。鍋を出している料理店がその出汁を使ったラーメンを作ったり、ラーメン好きのスタッフがいる居酒屋が、自分の好きなラーメンを考案したりと、その味わいは多種多様だ。その背景には、国民食として人気の高いラーメンでランチタイムの売り上げを確保したり、ランチタイムで認知度を上げて夜の営業へと流したり、新しいことにチャレンジしたいという思いだったり、店それぞれの思いや狙いがある。

 2020年4月、福岡市にオープンした『ニシムラ麺』(福岡県福岡市南区平和2-5-29)は、人気のフュージョンレストラン『Nishimura Takahito la Cuisine creativite』によるセカンドブランド。オーナーシェフの西村貴仁さんが、自身の世界観をラーメンで表現。スープにポルチーニを使ったり、麺にライ麦を配合するなど、自由な発想によるラーメンを提供して人気を集めている。

人気イタリアンのシェフは元ラーメン職人

『元祖炙りチーズケーキ』でも知られるイタリアン『ZeCT byLm』(小川町)の藤枝勇オーナーシェフ。
『元祖炙りチーズケーキ』でも知られるイタリアン『ZeCT byLm』(小川町)の藤枝勇オーナーシェフ。

 東京神田小川町にあるカウンターイタリアン『ZeCT byLm』(東京都千代田区神田小川町1-7)はイタリア料理の中でも「フィレンツェ料理」を提供する店。イタリア・フィレンツェでも修業経験のあるオーナーシェフ、藤枝勇さんが一人で調理もサービスもこなしている人気のイタリアンだが、コロナ禍の影響もあってランチ・ディナー共に売り上げが厳しい日々が続いていた。

 「まず、この小川町界隈は激安の弁当やランチを出している店が多いエリアだったので、開業当初は700円のパスタランチでも高いと言われてしまうほどでした。その後、メニューや価格を見直して激安の店とは戦わない方針にしてから、味を評価して下さるお客様が増えてきましたが、今回のコロナ禍によってリモートワークなども進み、昼間人口が激減してランチのお客様も減りました。そこでランチの見直しを考えたのです」(ZeCT byLmオーナーシェフ 藤枝勇さん)

 藤枝さんはそれまで出していたパスタなどのランチメニューを一新し、2021年6月よりラーメンだけを出す営業に切り替えた。実は藤枝さんの前職はラーメン職人。数々の人気店で20年近い経験を積んできたベテランのラーメン職人でもある。その時の経験を生かして、創業時から土曜のランチだけはラーメンを提供してきたが、今回のコロナ禍を機に、平日のランチタイムもラーメンに切り替える決断をした。

150日限定で提供するラーメンとは

『ZeCT byLm』が150日間限定で提供するラーメン。その特徴はズバリ「手打ち麺」だ。
『ZeCT byLm』が150日間限定で提供するラーメン。その特徴はズバリ「手打ち麺」だ。

 あくまでも『ZeCT byLm』はイタリアンであって、ラーメン店ではない。だからこそランチのラーメン営業も150日間と区切った。店内のボードやSNSなどでは「残り140日」(6月30日現在)とカウントダウンがされている。ちなみに夜はこれまで同様にイタリアンのコースを提供している(要予約)。

 気になるラーメンは現段階では3種類。「丸鶏ラーメン」(750円)は、丸鶏をベースにした清湯ラーメン。「たっぷり野菜タンメン」(800円)は、キャベツや人参などの野菜と豚肉と共にスープを炒め煮したもの。

 そして数量限定の「シン・ラーメン」(1,000円)は、丸鶏と豚骨に鯖の丸煮干しで取ったコンソメのようなスープに自家製手打ち麺が合わせられたもので、具は一切乗らない「かけラーメン」。具材にかけるコストをスープと麺に注ぎ込んだ意欲作だ。いずれのラーメンも味は醤油と塩から選べる。

 ラーメンのスープやタレ、設計は、長年ラーメン職人としての経験があるシェフらしく、正統派のラーメンそのものであるが、『ZeCT byLm』のラーメンがラーメン専門店と異なるポイントは、ズバリ自家製の手打ち麺である。

パスタの技法を用いた手打ち麺の存在感

パスタの技法を用いた手打ち麺。手前が「フェトチーネ(平打麺)」右が「パッパルデッレ(手切麺)。そして左が一本一本手で捻って作る「S.P.L.(螺旋麺)」。
パスタの技法を用いた手打ち麺。手前が「フェトチーネ(平打麺)」右が「パッパルデッレ(手切麺)。そして左が一本一本手で捻って作る「S.P.L.(螺旋麺)」。

 『ZeCT byLm』では注文を受けてから作る手打ちのパスタも名物の一つ。その手打ちパスタの技法を今回のラーメンの麺に応用した。パスタマシンで作るので、見た目は手打ちパスタと変わらないが、使用する小麦粉も違えば中華麺に使われる「かん水」も配合されているので、歴とした中華麺だ。

 選べる自家製手打ち麺の種類は5種類。「フェトチーネ(平打麺)」「トレネッテ(細平麺)」「レジネッタ(女皇麺)」「パッパルデッレ(手切麺)、そして一本一本手で捻って作る「S.P.L.(螺旋麺)」。さらに人気製麺所、浅草開化楼による低加水細麺も選ぶことが出来る。ただし、数量限定の「シン・ラーメン」だけは「S.P.L.(螺旋麺)」指定となる。

 藤枝シェフは業界屈指の麺の達人、松井一之氏が営むラーメン店『13湯麺(かずさんとんみん)』で中華麺の製麺を学び、さらにフィレンツェでパスタの製麺も学んだ。この手打ち麺はラーメンとイタリアンの、いわば「ハイブリッド麺」なのだ。

究極のかけラーメン「シン・ラーメン」

煌く黄金色のスープに手間隙かけた手打ち麺で作る「シン・ラーメン」は、究極のかけラーメンだ。
煌く黄金色のスープに手間隙かけた手打ち麺で作る「シン・ラーメン」は、究極のかけラーメンだ。

 5種類ある手打ち麺の中でも特筆すべきは「S.P.L.(螺旋麺)」。平打ちの麺を一本一本手で捻って作り上げるため、たった10人分の麺を作るのに数時間もかかるという、圧倒的に非効率な作り方をする麺だ。他のラーメン店ではあまりにも手間がかかり過ぎて、やりたくてもやれない麺だろう。

 この麺には、従来の中華麺では決して味わうことの出来なかった、独特な食感と風味を楽しむことが出来る。そしてこの麺の魅力を余すことなく楽しみたいのなら、具が一切乗らない「シン・ラーメン」がおすすめだ。他のラーメンのスープとは異なる別仕込みのスープは、コンソメスープのように澄明で奥深い味わいが広がる。このラーメンにはチャーシューもメンマも要らない。ただひたすら麺とスープを啜るだけで満足出来る一杯だ。

 イタリアンシェフが本気で挑んだラーメン。ラーメン好きはもちろん、そうでない人も食べておくべきラーメンが食べられるのは、残り140日足らずだ。

※写真は筆者によるものです。

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フードジャーナリスト

フードジャーナリスト/ラーメン評論家/かき氷評論家 著書『トーキョーノスタルジックラーメン』『ラーメンマップ千葉』他/連載『シティ情報Fukuoka』/テレビ『郷愁の街角ラーメン』(BS-TBS)『マツコ&有吉 かりそめ天国』(テレビ朝日)『ABEMA Prime』(ABEMA TV)他/オンラインサロン『山路力也の飲食店戦略ゼミ』(DMM.com)/音声メディア『美味しいラジオ』(Voicy)/ウェブ『トーキョーラーメン会議』『千葉拉麺通信』『福岡ラーメン通信』他/飲食店プロデュース・コンサルティング/「作り手の顔が見える料理」を愛し「その料理が美味しい理由」を考えながら様々な媒体で活動中。

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