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『名探偵コナン』の毛利蘭は、至近距離で撃たれた弾丸をよけた! どんな反射神経なら可能?

柳田理科雄空想科学研究所主任研究員
イラスト/近藤ゆたか

こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。

マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。

さて、今回の研究レポートは……。

『名探偵コナン』の毛利蘭ちゃんは、オドロキの運動能力の持ち主だ。

空手の達人で、車の強化ガラスを蹴破ったり、悪人が持ったナイフを蹴り折ったり……など、人間離れしたワザを見せつける。

なかでも目を見張ったのが、劇場版映画の第13作『名探偵コナン 漆黒の追跡者(チェイサー)』で見せたすごい行為だ。

それは、コナンが悪人のアイリッシュに誘拐されそうになったとき――。

駆けつけた蘭は、コナンを救おうとアイリッシュの前に立ちはだかった。

アイリッシュは蘭に拳銃を向ける。

その距離は、わずか1~2mだろうか。

だが、蘭は怯まない。

「ライフルは無理でも、拳銃なら……」。

彼女にこの確信を与えたのは、かつて聞いた新一の言葉であった。

「なあ蘭、知ってるか。ライフル弾の速さはだいたい秒速1000mぐらい。それに比べて、拳銃は約3分の1の秒速350mぐらいしかないんだぜ」。

拳銃が火を噴いた!

蘭は頭を振る!

と、弾丸が撃ち抜いたのは、蘭の波打つ黒髪!

蘭は、発砲と同時に頭を振ることで、至近距離の弾丸をよけたのだ!

これはモーレツな俊敏さだ。

あまりにすごいので、ぜひとも考えてみたい。

至近距離で放たれた拳銃の弾丸をよけるには、どれほどの反射神経が必要なのか?

◆間に合うだろうか?

弾丸をよけられるかどうかは、「弾丸の速さ」と「距離」によって決まる。

弾丸の速さは、劇中で新一が示した「秒速350m」としよう。

一方、距離は前述のように1~2mという印象だったが、画面で詳細に推定すると、蘭の身長を1m60cmとしたとき、銃口から彼女の顔面までは1.3mである。

モノスゴイ至近距離だ。

この距離で、秒速350mの弾丸が発射されたら、命中までの時間はわずか0.0037秒!

この時間では、新幹線でさえ30cmしか進めない!

人間は、こんな短時間に反応できるのだろうか?

拳銃の「発射音」に反応したのでは、決して間に合わない。

気温が20度のとき、音の速さは秒速340m。

弾丸の秒速350mはそれより速いからだ。

では、銃口をじっと見つめ、火薬が燃える「光」に反応したら?

これもかなり難しいだろう。

人間が外界の刺激に反応して行動を起こすには、一定の時間がかかる。

神経を情報が伝わり、脳が処理し、筋肉に命令が届くまでに、俊敏な人でも0.1秒を要するという。

0.0037秒とは、その30分の1でしかない。

つまり、蘭がどんなに速く動けたとしても、動き出す前に撃たれてしまうことになる。

ああ、神も仏もないものか……。

◆どれほど離れていればよいか?

神仏に頼っていないで、科学的に考えよう。

蘭は、アイリッシュと対峙してから撃たれるまでの1分間くらい、じっと集中していた。

このあいだに「火薬の光を見たら頭を振る」というイメージトレーニングを積んでいたとしたら、よけられる望みは出てこないだろうか。

これをやっていれば、脳が情報を処理し、命令を下す時間は短縮できるだろう。

ただし、刺激や命令が神経を伝わる速度は、鍛錬しても集中しても速くはならず、最大で秒速120m。

目から脳、脳から筋肉に至る神経の長さは、短く見積もっても1mはあろう。

これを刺激や命令が伝わる時間は0.0083秒。

脳の処理時間をゼロにできたとしても、0.0037秒には及ばず、弾丸に当たってしまう。

イラスト/近藤ゆたか
イラスト/近藤ゆたか

やはり1.3mという距離が至近すぎるのだ。

蘭が火薬の光を見てから0.0083秒で動き出せるとすれば、2.9mは離れていただきたい。

◆蘭ちゃんの体が心配!

とはいえ劇中の事実として、蘭ちゃんは距離1.3mで弾丸を避けた。

彼女の反応速度は、驚異的に速かったと考えるべきだろう。

0.0037秒で飛んでくる弾丸をよけるには、当然それより短い時間で回避動作を始めなければならない。

これまでの蘭のすごいエピソードから、彼女は常人の100分の1=0.001秒で行動を開始できると仮定しよう。

その場合、蘭は残りの0.0027秒で頭を動かせばよいことになる。

蘭が頭を動かした距離は20cmほどだった。

その時間が0.0027秒なら、平均速度は秒速75m=時速270km。

すごいスピードだが、これはあくまでも「平均」の速度だ。

蘭は、静止していた頭を動かして弾丸をよけ、再び止めた。このような運動の場合、中間地点における最大速度は平均速度の2倍になる。

つまり、秒速150m=時速540km。

蘭は、新幹線の2倍近いスピードの頭突きが放てるのだ! すごすぎる!

一方で、筆者は蘭の体が心配である。

人間とは、これほどの速度で頭を振っても大丈夫なのだろうか?

わずか0.0027秒で、最大時速540kmもの急加速と急減速を行うと、重力の1万2千倍もの力がかかる。

蘭の脳が日本人の平均と同じ1300gなら、脳はまず後方に15.6tの力で押される。直後に15.6tで前方に押される。

脳にとっては、めちゃくちゃ大きなダメージがあるのでは……。

普通に考えれば、きわめてキケンな行為だが、それに耐えた毛利蘭。

それも新一への想いがあるからこそだろう。

運動能力がズバ抜けているだけでなく、脳もたいへん頑丈で、何よりも一途な女性である。

空想科学研究所主任研究員

鹿児島県種子島生まれ。東京大学中退。アニメやマンガや昔話などの世界を科学的に検証する「空想科学研究所」の主任研究員。これまでの検証事例は1000を超える。主な著作に『空想科学読本』『ジュニア空想科学読本』『ポケモン空想科学読本』などのシリーズがある。2007年に始めた、全国の学校図書館向け「空想科学 図書館通信」の週1無料配信は、現在も継続中。YouTube「KUSOLAB」でも積極的に情報発信し、また明治大学理工学部の兼任講師も務める。2023年9月から、教育プラットフォーム「スコラボ」において、アニメやゲームを題材に理科の知識と思考を学ぶオンライン授業「空想科学教室」を開催。

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