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ジブリ映画『猫の恩返し』の名シーン!「カラスの階段」を歩く方法を具体的に考えたら、オドロキの結論に!

柳田理科雄空想科学研究所主任研究員
イラスト/近藤ゆたか

こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。
マンガやアニメや特撮番組の世界を、空想科学の視点から楽しく考察しています。
さて、今回の研究レポートは……。

『猫の恩返し』は、高校生の吉岡ハルが、車にはねられそうになっていた猫を助けたお礼に、猫の国に招待されるお話。
と書くと楽しそうだけど、ハルは猫の王子・ルーンの妃候補にされ、猫の姿に変えられてしまうのだから、喜んでいる場合ではない。

ハルは、「猫の事務所」のバロンとムタの助けを借りて、なんとか猫の世界から脱出する。
と思ったら、現実世界への出口は、高い塔の上だった!
風にあおられて落ちるハル!

そこへバロンの仲間のカラスのトトが、大勢の仲間を連れてやってくる。
カラスの群れに受け止めてもらったハルは、カラスたちがその身で作る階段を下りて、学校の屋上に降り立つのだった。

とっても印象的なシーンだけど、筆者は気になって仕方がない。
カラスの階段を下りるのは、ものすごく大変そうだっ!

『猫の恩返し』で描かれたこのエピソードについて、どうすればそんなことができるか、真剣に考えてみたい。
この魅惑のアニメが、ますます奥深いファンタジーになりますぞ。

◆カラスの賢さがすごい

猫の国からの出口は、目もくらむ塔の上。
しかも、半端な高さではなかった。
ここから足を滑らせたハルは、カラスの群れに受け止められるまで、なんと1分16秒も落ち続けたのである。

スカイダイビングで人間が落下する速度は、時速200kmだという。
そんな速度で1分16秒も落ちたとなると、落差は4200m! 3776mの富士山より高い。
しかも、これはハルがカラスに助けられるまでに落ちた距離だから、塔のてっぺんは富士山頂よりもはるか高所にあったわけだ。

この高さから落ちる少女を助けるのは、カラスたちにとっても大変だったことだろう。
カラスは一団となって、噴水のように下から次々とハルにぶつかっていった。
その衝撃でハルは徐々に速度を落としていったが、最初のカラスは、時速200kmで落ちてくるハルに正面から迫ったわけである。
まともに衝突したら、カラスにとってもハルにとっても、ダメージは甚大だ。

ハルが平穏に停止したということは、カラスたちはかすめるように身を当てて、少しずつ減速させたと思われる。
カラスは賢いといわれるが、そうでなくてはできない芸当である。

◆めちゃくちゃコワイ階段だ!

こうして助かったハルの眼下では、カラスたちが螺旋(らせん)階段を作っていた。
ハルはカラスたちの背中を踏んで、ゆっくりと降りていく。
やがて螺旋の階段はほどけてまっすぐになり、学校の校舎の屋上まで伸びていく。

ホッと安心する場面だが、カラスにとってはキビシイ試練のときだったと思われる。
ハルは「上を歩いて痛くないかな」とカラスたちを気遣っていたが、痛いとかそんなレベルの話ではありません。
階段である以上、1歩ごとに1羽のカラスに彼女の全体重がかかるのだ。
ハシブトガラスの体重は平均670g。
ハルの体重を40kgと考えても、自重の60倍ほどもある。
人間が荷物満載の2tトラックを1人で支えるようなものだ!

いや、人間だったら、下には地面があるから、背中や足腰が驚異的に頑健ならなんとかなるかもしれない。
だが、カラスの体を支えるのは、翼に受ける風が生み出す揚力だけ。
揚力が足りなければ、いくら背中と翼が超カラス的に頑強でも、墜落してしまう。

カラスの巡航速度は時速34km。この速度で発生する揚力で、自らの体重670gを支えている。
プラス40kgの揚力を生み出すには、速度を上げるしかない。必要なスピードを計算してみると、なんと時速260km!
つまりこの階段は、空の上を新幹線並みの高速で移動中だったのだ。

しかもカラスたちは、ハルと逆方向を向いていた。
ハルから見れば、自分が降りていく階段は新幹線のスピードで後ろ向きにカッ飛んでいる。
ハルの体には、後方から時速260kmの猛風が吹きつけ続けているわけで、これに負けたら一巻の終わりだ。

こんな世界一オソロシイ階段を、猫とおしゃべりしながら降りていった吉岡ハル。
最初は頼りなさそうな少女だったけど、猫の国での体験で、精神的にめちゃくちゃ成長しましたな!

◆屋上に近づくスピードは?

それでも、筆者には心配なことがある。
どうやって屋上に降り立つか、という問題だ。


繰り返すが、ハルはカラスたちとは逆向きに進んでいた。
それは、たとえるなら「動く歩道を逆向きに歩く」ようなものだ。
仮に時速3kmで流れる動く歩道の上を、ハルが時速5kmで反対向きに歩いたら、彼女は時速2kmで進むことになる。

カラスの階段を歩くのもそれと同じだが、大きく違うのはスピード!
前述のようにカラスは時速260kmで飛んでいるはずで、その上を時速5kmで逆に歩いたのでは、ハルは差し引き255kmで後ろ向きに運ばれてしまう。
目的地の屋上は遠ざかるばかり……!

屋上にたどり着くには、カラスたちに自分と同じ向きに飛んでもらうしかない。
そうすれば、目指す屋上はどんどん近づいて……って、いや待て待て。
どんどん近づきすぎだ。

この場合はカラスの飛行速度+ハルの歩行速度=時速265kmで屋上に接近してしまう。
これで屋上に降り立つのは、疾走中の新幹線からホームに飛び降りるも同然。
いったいどうやって降りればいいだ!?

心配しながらアニメを見ていると、おお、ハルはカラスに後ろに運ばれながらも、ちゃんと前進しているではないか。

ここから導き出される科学的真実はただ一つ。
ハルは時速260kmを超えるスピードで、カラスの背中を走っていたに違いない!

……というのは、いくらなんでも考えづらいかなーとは思うけど、ハルが大きく成長したことを象徴する名シーンであることは、空想科学的にもナットクなのである。

イラスト/近藤ゆたか
イラスト/近藤ゆたか

空想科学研究所主任研究員

鹿児島県種子島生まれ。東京大学中退。アニメやマンガや昔話などの世界を科学的に検証する「空想科学研究所」の主任研究員。これまでの検証事例は1000を超える。主な著作に『空想科学読本』『ジュニア空想科学読本』『ポケモン空想科学読本』などのシリーズがある。2007年に始めた、全国の学校図書館向け「空想科学 図書館通信」の週1無料配信は、現在も継続中。YouTube「KUSOLAB」でも積極的に情報発信し、また明治大学理工学部の兼任講師も務める。2023年9月から、教育プラットフォーム「スコラボ」において、アニメやゲームを題材に理科の知識と思考を学ぶオンライン授業「空想科学教室」を開催。

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