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今日は冬至。『鬼灯の冷徹』では、亡者が「1000度のゆず湯」に入れられたけど、それ、あり得る風呂?

柳田理科雄空想科学研究所主任研究員
イラスト/近藤ゆたか

こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。さて、今日の研究レポートは……。

2021年12月22日は冬至。

東京を例に挙げると、日の出は6時47分、日の入りは16時32分で、昼が9時間45分しかない。夏至の昼は14時間35分だったから、4時間50分も短い。寒いはずである。

昔からそんな冬至の日には、ゆず湯に入って温まる……という習慣がある。

そして『鬼灯の冷徹』によれば、それは地獄も同じらしい!

閻魔大王の第一補佐官・鬼灯(ほおずき)が主人公のこのマンガでは、冬至に地獄の亡者たちがゆず湯に入れられていた。

もちろん、快適なゆず湯ではない。お湯の温度は、なんと1000度!

鬼灯は「柚(ゆず)はヒビ・アカギレに効き……」と親切心を強調していたが、実際は亡者たちを苦しめるのが目的。投げ込まれた亡者たちは、熱さにのたうち回っていた……!

『鬼灯の冷徹』は、有能な補佐官である鬼灯が、盗みを働いた者を大きな釜で茹で、詐欺や横領に手を染めた者を血の池地獄に沈め、大酒飲みを針山に送り……とテキパキ仕事をこなしていく姿が面白いのだが、ゆず湯の話は科学的にも興味深い。

「1000度のゆず湯」というものが、あるのだろうか?

水は100度で沸騰し、そのまま熱を加え続けても、それ以上の温度になることはない。

だったら100度以上のゆず湯は沸かせないかというと、そんなことはない。水が100度で沸騰するのは海抜0mにおいて。標高が高いと沸点は低くなり、たとえば富士山の頂上では、水は87度で沸騰する。

ここから考えれば、標高がモノスゴク低ければ、1000度で沸騰するのでは……?

これは「地獄は地の底にある」というイメージとも合致しそうだ。

だとしたら、地獄はどれだけ深いところに存在するのだろう? 冬至の今日、この問題を考えてみたい。

◆なぜ水は100度で沸騰する?

標高が高いと、なぜ水は100度以下で沸騰するのか?

この問題は「地上ではなぜ100度にならないと沸騰しないのか」を考えると、よくわかる。

水を容器に入れると、水面では蒸発が起こる。見た目にはわからないけど、水分は水面からどんどん蒸発していく。

その際、実は内部の水も蒸発したいのだが、水中で蒸発するためには、まわりの水を押しのけなければならない。だが、水は大気圧によって押さえつけられているため、蒸発できない。この結果、蒸発は水面でしか起こらない。

ところが温度が100度になると、まわりの水を押しのけて蒸発しようとする力が、大気圧と同じになる。すると水の内部でも蒸発が起こり、ボコボコと泡が発生する。これが「沸騰」だ。

標高が高いとどうなるだろうか?

大気圧は、その上に積み重なった空気の重さで発生する。標高が高いところでは、上に積み重なった空気が少ないため、空気も薄い。

この結果、大気圧が小さくなり、低い温度でも、水が水蒸気になろうとする力が大気圧を上回る。こうして、富士山の頂上では87度で、エベレストでは70度で沸騰してしまう。

では、標高が低いとどうなるか?

上に積み重なる空気は増えるから、大気圧は高くなり、100度より高い温度にならないと水は沸騰しないはずである。

そこで、マイナスの標高、つまり深度から大気圧を計算し、その大気圧のもとで水が沸騰する温度を「理科年表」で調べてみた。

水は、地下1kmでは104度で沸騰し、地下5kmでは118度で沸騰する。以下、こうなる。

地下10km:137度

地下20km:184度

地下30km:243度

地下40km:321度

おお、この調子だと、1000度を超える深さも近いかも……!

と思ったが、地下50kmの大気圧で水が沸騰する温度を調べると……あっ、理科年表には載っていない。

表はその手前から空白になっている。いったい、なぜ!?

それは仕方がないのである。

水はどんなに圧力を高くしても374度で沸騰し、液体でもなく、気体でもない「超臨界流体」になる。

ということは、地獄の標高がどんなに低くて、大気圧が大きくても、ゆず湯の温度が374度以上になることはないのだ。ううっ、何だか残念……。

イラスト/近藤ゆたか
イラスト/近藤ゆたか

◆何を沸かしたのか?

だが、閻魔大王第一補佐官・鬼灯はウソをつくような人物ではない。

彼がそう言うからには、この日に沸かしたゆず湯の温度は1000度なのだろう。これはどう考えればいいのか?

科学的に考えるなら、それは「水」ではなかったはずである。

鬼灯はたぶん、水以外の何かを沸かした。それはいったい何だったのか?

1000度で液体になっているということは、融点が1000度より低く、沸点が1000度より高いはずだ。そういう物質を再び理科年表で調べると……。

たとえば、アルミニウムは融点が660度で、沸点が2520度。

しかし、アルミニウムは700度以上になると、空気中で激しく燃焼するという。地獄が大火事になる!

鉛は融点が328度で、沸点が1750度。

これも問題があって、溶けて液体になった鉛からは、有毒な鉛の蒸気が発生する。亡者たちはもう一度地獄で死ぬことになりそうだが、地獄で死んだら、次はどこへ行くんだろう?

そして、タリウムは融点が304度で、沸点が1473度。

こちらは、皮膚に触れただけで危険な猛毒だ。

他にも1000度で液体の物質といえば、錫とか、ゲルマニウムとか、いろいろあるけれど、うーむ、鬼灯は本当にそんなモノでゆず湯を沸かしたのだろうか?

――考えるほどに、謎が深まる1000度のゆず湯。でも、どんなゆず湯であってもツラいことは間違いない。

そんなお風呂に入れられないよう、私たちは正しく生きてまいりましょう。

空想科学研究所主任研究員

鹿児島県種子島生まれ。東京大学中退。アニメやマンガや昔話などの世界を科学的に検証する「空想科学研究所」の主任研究員。これまでの検証事例は1000を超える。主な著作に『空想科学読本』『ジュニア空想科学読本』『ポケモン空想科学読本』などのシリーズがある。2007年に始めた、全国の学校図書館向け「空想科学 図書館通信」の週1無料配信は、現在も継続中。YouTube「KUSOLAB」でも積極的に情報発信し、また明治大学理工学部の兼任講師も務める。2023年9月から、教育プラットフォーム「スコラボ」において、アニメやゲームを題材に理科の知識と思考を学ぶオンライン授業「空想科学教室」を開催。

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