こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。さて、今日の研究レポートは……。

『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』での煉獄さんはすごかった。どんな絶望的な状況になっても、うつむかない。死が目前に迫っても、前を向く。明るく、優しく、強い人であった。

そこで筆者としても、『無限列車編』での煉獄さんの活躍を考察したいのだが、ここではその題材を、原作マンガ版に求めたい。マンガの描写(コミックス第7巻)のなかに、煉獄さんの強さが伝わってくるオドロキのシーンがあるのだ。

◆舞台は蒸気機関車

このエピソードの舞台は、「無限列車」という名の蒸気機関車だ。

日本で鉄道が開通したのは明治5年(1872年)。最初のうちはすべてイギリス製の車両が使われていたが、『鬼滅の刃』の舞台である大正時代に入ると、国産の蒸気機関車が量産されるようになった。

その性能はかなりのもので、たとえば1914年から製造開始された8620形の最高速度は、なんと時速95km。いまの山手線の最高速度(時速90km)より速く、初めて汽車に乗った伊之助が「すげぇすげぇ速ぇええ!!」と大喜びしていたのもナットクである。

炭治郎たちは、鬼殺隊の炎柱・煉獄杏寿郎さんに召集されて、無限列車に乗った。

煉獄さんは常にポジティブで、とても話が早い。駅弁を大量に食べながら「うまい!」「うまい!」「うまい!」「うまい!」と12回も連発し(映画版ではもっと言っていた)、炭治郎に「俺の所で鍛えてあげよう もう安心だ!」などと明るく言い放った後、状況を説明する。

「短期間のうちに この汽車で四十人以上の人が行方不明となっている! 数名の剣士を送り込んだが 全員消息を絶った! だから柱である俺が来た!」。

この説明、たった1コマで行われたのだが、まこと簡潔でわかりやすい。上司とはこのようにあってほしいですなあ。

事件を起こしていたのは、下弦の壱・魘夢(えんむ)。人間を眠らせて夢を見せ、相手の夢に入り込んで、精神の核を破壊するという厄介な鬼だ。

その策略で、乗客はもちろん、炭治郎や煉獄さんも眠らされてしまう。

◆列車はなぜハネ上がった?

炭治郎が目覚めたとき、すでに魘夢は無限列車と融合していた。客車の壁や天井や床から、不気味な肉塊を出して乗客を襲う。炭治郎や伊之助は車両を移動しながら戦うが、苦戦する。

一方、煉獄さんは目を覚ますと、凛とした態度でこう言った。

「うたた寝している間にこんな事態になっていようとは!! よもやよもやだ 柱として不甲斐なし!! 穴があったら入りたい!!」。この人が言うと、どんな状況でも希望が見えるような気がするからすごい。

――前置きが長くなったが、注目すべき現象が起こったのは、この直後だ。

ドン!と大きな音がするのと同時に、列車の連結部がハネ上がった! マンガのコマで測定すると、瞬間的に高さ1.5mほども浮いている。

この衝撃で列車全体がガゴンと揺れ、炭治郎は転倒した。

「何だっ!! 鬼の攻撃か!?」と思ったが、目の前にいたのは煉獄さん。別の車両にいたはずの煉獄さんが、いきなり姿を現したのだ。

煉獄さんは手短に指示を与えると、ドンと床を蹴って後方車両に戻っていった。たちまち姿を消した様子に炭治郎は「凄い…!! 見えない 煉獄さんが移動した揺れだったのか」。

そう、列車の連結部が持ち上がったのは、煉獄さんが移動した衝撃によるものだった……!

驚くべき話である。乗客が移動することで、列車の連結部がハネ上がる。そんなことが起こり得るのだろうか?

考えられるのは、煉獄さんが床を後方に強く蹴ってスタートダッシュした場合だ。もちろん普通の人間がどんなに強く蹴っても、そんなことにはならない。だが、煉獄さんがケタ外れの脚力を持っていて、床を後方に強く蹴れば、車両は後ろ向きに動く可能性がある。実際には列車は前進中なので、床を蹴られた車両はスピードを落とすことになる。

ところが、後ろに連結された車両は、それまでと変わらない速度で走ってくる。その結果、急に速度を落とした車両を、後方の車両がドン!と押すことになって、連結部が大きくハネ上がった……ということではなないだろうか。

イラスト/近藤ゆたか
イラスト/近藤ゆたか

◆煉獄さんのすごい身体能力

そう考えれば腑に落ちる現象だが、実践するのはムチャクチャ大変だ。

前述したように、連結部はレールから1.5mほど持ち上がっている。ここから、後方の客車は、前の客車に対して、少なくとも時速20kmでぶつかったと考えられる。

たとえば、それまで列車全体は時速80kmで走っていたのに、煉獄さんが床を蹴った車両だけが時速60kmにスピードを落とせば、後ろの車両は時速20kmでぶつかることになる。

無限列車は8両編成。蒸気機関車8620形は、連結している炭水車と合わせた重量が83tで、またこの当時の客車は1両の重さが25tほどだという。

煉獄さんが前から4両目の床を蹴ったと仮定すれば、その前方の客車や機関車もいっしょに速度を落とすはずで、その合計重量は183tだ。

つまり煉獄さんは、183tもの重量物に、時速20kmものブレーキをかけた! 煉獄さんの体重が80kgなら、183tとはその2300倍。すると、煉獄さんがダッシュした速度は、時速20km×2300=時速4万6千km。それすなわちマッハ37.6である。

オソロシイほどの脚力だ。マッハ37.6というのは、蒸気機関車8620形より500倍くらい速くて、実際にそんなスピードで走ったら、地球の重力を振り切る第二宇宙速度=マッハ32.9をも上回って、宇宙へ飛び出し、そのまま星になる……。いや、マンガでも映画でもそんな展開にはなっていないから、煉獄さんはもう少し速度を抑えて走ったのだろうが。

すごいすごいと思っていたが、ここまですごい人だったとは。こうなると、上弦の参・猗窩座(あかざ)が「鬼になれ杏寿郎」と執拗に誘い続けたのにも深々ナットクしてしまう。

『無限列車編』はテレビアニメ化されることも発表されたが、そこでは煉獄さんの活躍がより詳細に描かれるだろう。炎柱の能力がどれほどすごいか、とても楽しみだ。