こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。さて、今回の研究レポートは……。

『鬼滅の刃』の我妻善逸が、しみじみ奥深い。

登場したばかりの頃は「俺はもうすぐ死ぬ!! 次の仕事でだ!! 俺はな もの凄く弱いんだぜ 舐めるなよ」などとヘタレ発言を繰り返していたが、恐怖のあまり眠りに落ちてしまうと、とたんに強くなる! 猛スピードで突進し、鬼の首をスポーン。討たれた鬼もさぞや驚いたでしょうなあ。

しかし「寝ると強くなる」などということがあるのだろうか。あまりに不思議なので、空想科学的に考えてみたい。

◆限界を超えると寝てしまう

善逸が不思議な強さを初披露したのは、鬼どもが巣食う屋敷において。

少年を守らなければならないが、鬼が怖い。「俺が何とかしなくちゃ 俺が守ってあげないと可哀想だろ!!」と思いながらも、同時に「でも俺はすごく弱いんだよ 守ってあげられる力がないの でも俺が守ってあげなきゃ…」と気持ちが空転する。

そこに、すごく不気味な鬼が迫ってきて「お前の脳髄を耳からぢゅるりと啜ってやるぞォ」と言ったとき、限界を超えた。善逸は、突然ばったり眠ってしまったのだ。

ナレーションによれば「善逸の中で恐怖と責任感がはじけた」。

そして次の瞬間、善逸は反撃に出た。目にも留まらぬ速さで鬼の舌を叩き切り、続けざまに「雷の呼吸、壱ノ型、霹靂一閃」で、鬼の首を両断した。さっきとはまるで別人だ。

この行為はすごい。マンガの描写では、善逸は低軌道で4.5mほど跳んでいる。高度が10cmなら、時速57kmで跳んだ計算になる。これ、真上にジャンプすれば、13mも跳び上がれるスピードだ!

◆活躍するのは、ノンレム睡眠中?

しかし不思議である。人間は眠ると、外からの情報が入ってこなくなり、体も動かせなくなる。当たり前だが、人間は眠ると弱くなる。というか、戦力はゼロになるのでは……。

ここで興味深いのは、作中のナレーションだ。

「眠ると強くなる男、我妻善逸。普段は緊張や恐怖で体が強張り、うまく動かせない…。命の危機を前に緊張・恐怖が極限を越えると、失神するように眠りに落ちる」。

なるほど、本来はすごい運動能力を持っているのに、恐怖や緊張で体がこわばり、能力が発揮できない。でも、眠ることで恐怖や緊張を感じなくなると、体が自由に動いて強さを発揮――ということだろう。これはオモシロイ。

人間の眠りには「ノンレム睡眠」と「レム睡眠」がある。眠りに就くと、まず「ノンレム睡眠」に入る。これは脳の眠りなので、体は完全に眠っておらず、寝返りを打ったりする(電車で寝ている人が座った姿勢を保てるのも、ノンレム睡眠だから)。

70~80分経つと、体の眠りである「レム睡眠」に移る。このとき脳は半ば起きていて、昼間に集めた情報を整理している(それゆえ夢を見る)。レム睡眠は10~20分続き、それが終わるとまたノンレム睡眠に入り……というサイクルが繰り返される。

善逸にこれを当てはめて考えると、彼が活躍するのはノンレム睡眠のときだろう。

ただし「脳は完全に眠っているが、体は完全に覚醒している」という、モノスゴク特殊なノンレム睡眠。

そういうモノがあるのかどうかわからないが、あるとしたら、緊張も恐怖もまったく感じずに、その身体能力を存分に発揮できる……のでは?

イラスト/近藤ゆたか
イラスト/近藤ゆたか

◆善逸の「眠り」とは何か?

いや、待て待て。結論を急がずに、他のシーンも見てみよう。

たとえば、森のなかで蜘蛛の鬼たちと戦った場面。

恐怖で眠った善逸は、鬼の攻撃をかわすと、眠ったまま、育手のじいちゃんの教えや、兄弟子の心ない言葉や、大好きな禰豆子の顔……などを思い出す。そして「雷の呼吸、壱ノ型、霹靂一閃、六連」と唱えるや、四方の木を蹴ってジグザグに駆け上がり、蜘蛛の糸で吊るされた小屋を下から上にブチ破って、鬼の首を斬った。

マンガの描写から測定&計算すると、このとき善逸は時速252kmで、木と木のあいだをジグザグ移動したと思われる。その脚力で真上に跳べば、高度250mに達する!

オドロキの運動能力だが、ここで筆者が注目したいのは、眠ってからさまざまな過去を思い出していることだ。これ、脳が起きていると思われるので、するとノンレム睡眠ではない?

さらに遊郭での戦いを見れば、このとき善逸は、眠りながら鬼にキビシク説教をしていた。

寝ているときの言葉は普通「寝言」だが、善逸は「たとえ君が稼いだ金で衣食住与えていたのだとしても あの子たちは君の所有物じゃない」などと、むしろ起きているときよりも理路整然と話している。

この現象をどう解釈すればいいのだろうか?

調べてみると、脳の中心部に「扁桃核」という神経の集まりがあり、両生類以上に進化した動物たちは、ここで「快・不快」「安心・恐怖」などの根源的な感情を生み出しているという。

もしかして善逸は、恐怖や緊張が極限を超えると、この扁桃核だけが眠るのではないだろうか。

だとすれば、まわりからの情報も入ってくるし、体も動かせるし、昔のことも思い出せるし、言葉も話せて会話もできる。ただし、恐怖と緊張だけは感じない!

脳については、まだ謎が多いけど、善逸の「眠り」とは、扁桃核だけが眠るモーレツに特殊な眠りに違いない。狭い無限列車内での俊敏な動きを考えても、筆者はそのように推測いたします。