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スティーヴ・ハケット、新作『サーカスと夜鯨の秘話 』を語る【前編】

山崎智之音楽ライター
Steve Hackett / pic Michaela_Ix_Freiburg

スティーヴ・ハケットが2024年2月、ニュー・アルバム『サーカスと夜鯨の秘話 – The Circus And The Nightwhale』を発表する。

古巣ジェネシスの音楽をプレイする“ジェネシス・リヴィジテッド”ツアーで世界をサーキット。2022年7月にはジェネシスの『月影の騎士 Selling England By The Pound』(1973)『眩惑のスーパー・ライヴ Seconds Out』(1977)を再現する日本公演、海外では『フォックストロット』(1972)再現ツアーも行うなど多忙な日々を送ってきたスティーヴだが、その間隙を縫って新作を完成させていた。しかもそれが38年ぶりのコンセプト・アルバムというから驚きだ。

主人公“トラヴェラー”の魂の旅路を描く半・自伝的なサイコドラマは、ザ・フー『トミー』(1969)やピンク・フロイド『ザ・ウォール』(1979)、そしてジェネシスの『眩惑のブロードウェイ』(1974)を彷彿させるもの。スティーヴが新たな地平線へと向かっていく意欲作は、限りなくポジティヴで刺激的だ。

“トラヴェラー”が遭遇するサーカスと夜鯨とは何か?スティーヴに訊いてみたい。

Steve Hackett『The Circus And The Nightwhale』ジャケット(GEN(弦)/ 2024年2月16日発売)
Steve Hackett『The Circus And The Nightwhale』ジャケット(GEN(弦)/ 2024年2月16日発売)

<エレクトリック・ギターは未来の楽器だった>

●このインタビュー開始はイギリス時間で午前9時ですが、いつもこんな早起きなのですか?

普段はもっと早く、午前6時ぐらいに目が覚めるよ。アメリカ・ツアーの時差ボケが残っていて、午前7時まで寝ていることもあるけどね。あまりロックンロールなライフスタイルではないかも知れないけど(苦笑)、私は朝型の生活なんだ。

●世界中をツアーで回っていましたが、 いつ『サーカスと夜鯨の秘話』の曲を書いて、レコーディングしたのですか?

レコーディングは2021年ぐらいから始めたんだ。まず2曲ぐらい書いて、それから少し間を置いて数曲を書いた。ツアー中にも曲のアイディアを手帳に書き溜めていたし、残りは今年、ツアーがオフのときにまとめてレコーディングした。合計3回のセッションで作ったんだよ。妻のジョーと話し合ったりもするし、常にクリエイティヴであろうとしている。

●アルバムの全曲がコロナ禍によるロックダウン以後に書かれたものですか?

うん、大半がそうだね。「白鳩 White Dove」はそれより前に書いたけど、大半はここ2年ぐらいに書いたものだ。

●アルバムは半・自伝的な内容で、事実とフィクションを取り混ぜたものだそうですが、いつ頃からその構想が生まれたのですか?

1年半〜2年前から話していたんだ。比較的最近だけど、作業が速く進んで、長い時間を要さなかった。リライトしたりディテールを煮詰めたり、手直しをしたけどね。デッサンから油絵にしていく作業のようなものだよ。

●“『ヴォヤージ・オブ・ジ・アカライト』(1975)以来のコンセプト・アルバム”と銘打たれていますが、実際にそうなのでしょうか?それまでずっと作っていなかった?

ロック・アルバムについて言えばその通りだね。アコースティック作品はひとつの主題があるし、広義でのコンセプト・アルバムといえるかも知れないけど、『サーカスと夜鯨の秘話』は私が手がけてきた作品で最も規模が大きく野心的な作品だよ。私だけでなくジョー、ロジャー・キングなどが深く関わっているんだ。

●『ヴォヤージ・オブ・ジ・アカライト』はそれぞれの曲がタロット・カードからインスパイアされていて、今回はストーリーに則っているという点で大きく異なっていますね。

その通りだ。“ストーリー”よりも“物語 narrative”という方が正しく表現していると思うけどね。“耳のための映画”というフレーズが気に入っているんだ。「過ぎゆく雲 These Passing Clouds」はまさにシネマチックな展開のある曲だよ。

●アルバムの1曲目「幻煙の中の人々 People Of The Smoke」はあなたが生まれた1950年当時のロンドンを描いているそうですね。あなたの自伝『スティーヴ・ハケット自伝 ジェネシス・イン・マイ・ベッド』によるとロンドン南部のトラデスカント・ロードで生まれ育ったそうですが、歌詞で描いているほど煙っぽい所だったのですか?

うん、第二次大戦後のロンドンは煙っぽくて臭くて汚かったよ。「幻煙の中の人々」はミュージック・ビデオを作って、最初の1週間で10万回視聴されたんだ。そこで描かれているように、夜になると数メートル先も見えなかった。ラジオの割れた音声、ぼやけたフィルム映像などで当時の雰囲気を出している。オーヴァルティーニーズという当時のお菓子のラジオCMを使っているよ。「くつろいでいる? Are you sitting comfortably?」というセリフもラジオの子供向け番組『Listen With Mother』から取ったものだ。その問いに対して赤ちゃんの泣き声が上がるのは決してくつろいでなんかいない、不吉なことが起ころうとしているのを暗示しているんだ。

●あなたは自伝でトラデスカント・ロードの自宅が映画『10番街の殺人』(1971)を思わせるものだと記しています。以前のインタビューであなたはSFやホラー映画への傾倒を語っていましたが、猟奇殺人鬼ジョン・クリスティを題材にしたその手の映画も好きだったのですか?

うーん、犯罪実話みたいなのはあまり好きじゃないんだ。気持ちが重くなるからね。現実の世界では落ち込むことが多すぎるし、暴力描写よりも夢のあるSFやファンタジーの世界により魅力を感じるよ。ジミ・ヘンドリックスもSFのファンだったよね。ギターが宇宙へと飛び立つロケットだったんだ。エコーやリヴァーブ、フィードバックなどの音響効果には宇宙旅行に通じる要素がある。1960年代の初め、エレクトリック・ギターは未来の楽器だった、シンセサイザーみたいなものだったんだよ。日本のフェルナンデスが作ったサステイナー・ピックアップはすごくエキサイティングだった。

●ザ・トルネイドーズの「テルスター」、宇宙服を着て演奏していたスウェーデンのスプートニクスなど、1960年代初めのギター・ミュージックは宇宙をモチーフとしたものがしばしばありましたね。

1960年代の初めまでギター・ミュージックはTV番組『ボナンザ』(1959-1973)のテーマ曲やシャドウズのようなものが主流だった。クリーンでパーカッシヴで、サステインやエコーはなかったんだ。それが一気に、未来に向かって進化したのが1960年代だった。

Steve Hackett / pic by Mick Bannister
Steve Hackett / pic by Mick Bannister

<人生の行き先はあらかじめ決まっていて、自分はその方向に導かれているように思える>

●「地獄のサーカスCirco Inferno」から逃れて、「海の物語 All At Sea」で“海図のない航路”へと乗り出していくのは、ジェネシスを脱退してソロ・キャリアに向かっていったことを象徴しているのでしょうか?

それはアルバムを聴く人がそれぞれ解釈してくれれば良いけど...私が在籍していた時、ジェネシスは徐々にサーカスのようになってきた。ジェネシスの後期、バンドに留まりたい気持ちと、出ていきたい気持ちが同時にあった。バンドにいるのは楽しかったけど自分の音楽性が制約されるのは精神がすり減る苦痛だったし、あちこちから触手が伸びてきてガンジ搦めの気分だった。自由を求めて戦わねばならなかったんだ。ブックレットではシチリア島のタオルミナで撮ったライヴ写真を使っている。古代のアンフィシアターに照明が映えて、まるで地獄のような光景だったんだ。

●ジェネシスにいて最も“地獄のような”経験だったのは何でしょうか?

正式メンバーとしてバンドに加入した筈だったのが、ピーター・ゲイブリエルが脱退してから雇われミュージシャンとして扱われ、ソロ・アルバムを出すことも禁じられたことかな。ピーターという優れたリード・シンガーを失っただけでなく、自信過剰にならないように言うけど、彼らがギタリストの創造性まで封じ込めようとしたのは納得がいかなかった。結局、自分がクリエイティヴであり続けるためには、バンドを脱退する以外の選択肢がなかったんだ。

●アルバムのジャケット・アートワークは“巨大な鯨がサーカスのテントを呑み込んでいる”ものですが、「夜鯨の中へ Into The Nightwhale」の歌詞にもある“鯨に呑まれる”という描写は旧約聖書のヨナ書あるいはピノキオを意識したものでしょうか?あなたのキャリアにおいて鯨に呑まれた気分だった時期はありましたか?

やはりジェネシスの後期、自分の能力が評価されず、自分自身が自信喪失しつつある中で、外界に飛び出して行かねばならなかったのは悪夢だった。自分の人生において最もドラマチックな出来事のひとつだったよ。ただ、今では何のわだかまりもないし、みんなと良い関係を保っているけどね。

●ヨナのように神の試みに遭っていると考えましたか?

“神”が何であるかの解釈にもよるね。何か・誰かに試されている意識は確かにあった。人生の行き先はあらかじめ決まっていて、自分はその方向に導かれているように思えるんだ。でも東洋哲学には“真実には異なった側面がある”という思想がある。ジョーゼフ・キャンベルの『千の顔を持つ英雄』を読んで感銘を受けたけど、『サーカスと夜鯨の秘話』は私自身の旅の物語であるのと同時に、より普遍的な物語でもあるんだ。

●ホメロスの『オデュッセイア』とも通じる旅路を描いた物語ということで、本作の主人公トラヴェラーとジェネシスの『眩惑のブロードウェイ』(1974)のラエルには共通するものがあるでしょうか?

『眩惑のブロードウェイ』の最後、ラエルは兄弟を救って、2人が同一の存在であることを知る。哲学的・宗教的に言うと、我々すべてがひとつと考えることが可能だ。そのことを指摘したのはラエルが最初ではない。ザ・ビートルズの「アイ・アム・ザ・ウォルラス」でも同様のテーマが歌われているんだ。私自身、歳を経るごとに、自分が“個”であるのと同時に“すべて”であると感じるようになった。だから偏見を持つことなく、より多くの人と対話するようにしている。トラヴェラーとラエルもそうだ。彼らは独立した人格であるのと同時に、ひとつの集合体なんだ。

後編記事では『サーカスと夜鯨の秘話』をさらに掘り下げながら、ギタリストとしてのスティーヴ、今後のキャリアの展望などについて語ってもらおう。

【最新アルバム】
邦題:スティーヴ・ハケット『サーカスと夜鯨の秘話』
レーベル:IAC MUSIC JAPAN / GEN(弦)
品番:IACD11311
仕様:・輸入盤国内仕様/初回限定盤 ・日本限定紙ジャケット仕様
   ・スティーヴ・ハケットによるアルバム&楽曲解説の日本語訳 / 日本語解説付属

IAC MUSIC JAPAN HP
https://www.interart.co.jp/business/entertainment.html

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https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/e0964dcccf3f2b4e8c0325d7708b9145aeed2bf0

レコード・コレクターズ2023年10月号にも山﨑智之によるスティーヴ・ハケット・インタビュー掲載
http://musicmagazine.jp/rc/rc202310.html

音楽ライター

1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,200以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検1級、TOEIC945点取得。

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