スティーヴ・ハケット ギター哲学とその未来【後編】
2024年2月16日にニュー・アルバム『サーカスと夜鯨の秘話 – The Circus And The Nightwhale』を発表するスティーヴ・ハケットへのインタビュー後編。
前編記事ではアルバムについて語ってもらったが、今回はそのギタリストとしてのスティーヴ、今後のキャリアの展望などを掘り下げてみたい。
<新奏法はこれからヘヴィ・メタル界のいろんな若手ギタリストが影響されてコピーする>
●音楽的には『サーカスと夜鯨の秘話』ではどんな方向を志しましたか?
さまざまなスタイルを網羅しながら、それらを包括した自分の音楽をやろうとした。本来プログレッシヴ・ミュージックはそうあるべきなんだ。ゼロからまったく新しい音楽を創り出すことは現代において難しいけど、過去の要素を咀嚼して、自分なりのユニークな音楽を生むことは出来る。『サーカスと夜鯨の秘話』を聴いた人はおそらく「音楽性がバラバラだ」とは感じないだろう。「地獄のサーカス」でオリエンタルなスケール、「白鳩」でアコースティック・ギターを取り入れているけど、自分流に解釈している。『ザ・ナイト・サイレン〜天空の美情』(2017)ではアイスランドを描いた「北極点から情景」でペルーの楽器チャランゴを弾いたりもしているよ。
●近年の作品と較べてロックなギターが多くフィーチュアされているのは、意図したことですか?
ギターが生み出すエネルギーが好きなんだ。速く弾くのもゆっくり弾くのも好きだし、ソロを弾くときは緩急を付けるようにしている。「カミノ・ロイアール」(『ハイリー・ストラング』<1983>収録)を今のバンドとリハーサルしていて、まずチェロとサックスのプレイからギター・ソロに入る構成にしてみた。スローなフレーズから始めて、後半にトレモロ・アームやワウ・ペダルを使って台風のように盛り上げていき、最後に怒りの絶叫と共に爆発させるんだ。速弾きが必ずしもギターによる怒りの表現とは限らない。トレモロは比較的最近、去年ぐらいから多用するようになったんでアルバムではあまり使っていないけど、ギターを絶叫させるのに有効なんだよ。最近やっているのは音を出してからアーム・アップで一気に1オクターヴ上げて、首がもげるようなサウンドを出すテクニックなんだ。“バーブル”(burble=ブクブク音を立てる)奏法と呼んでいるけど、これからヘヴィ・メタル界のいろんな若手ギタリストが影響されてコピーするんじゃないかな。
●バーブル奏法は2022年の日本公演でも披露しましたか?
バーブル奏法は『フォックストロット』(1972)ツアーでの「カミノ・ロイアール」などでやっていたから、日本ではやらなかったかもね。『フォックストロット』ライヴはぜひ日本でもやりたいんだ。『月影の騎士 Selling England by the Pound』(1973)と並んでジェネシス時代で最も誇りにしているアルバムだからね。どちらもバンドの創造性がピークにあった時期の作品だよ。かつてジョン・レノンがジェネシスを“ザ・ビートルズの真の息子”と呼んだというけど、それはこの時期を指していると思う。私たちも全員ザ・ビートルズのファンだった。『リボルバー』(1966)でのリンゴ・スターのドラムスは本当に素晴らしいよ。
●バーブル奏法はヘヴィ・メタル向きの奏法でしょうか?
そう思うよ。私のタッピングから影響を受けたギタリストだったら、魅力的に感じてくれるんじゃないかな。ただ、バーブルを私が1人で発明したと主張するつもりはない。ジェフ・ベックも似たことをずっと前からやってきたんだ。タッピングにしてもそうだよ。私やエディ・ヴァン・ヘイレンがやるよりずっと前から、クラシックや伝統音楽のギタリストがやってきたテクニックだ。
●ヴァン・ヘイレン兄弟がヴァン・ヘイレン結成前に組んでいたバンドの名前がジェネシスというもので、ロスアンゼルスの“スターウッド・クラブ”にオーディションを受けに行ったら看板に“今晩の出演バンド:ジェネシス”と書いてあって、「まだオーディションを受けてもいないのに出演させてくれるのか!」と驚いたとアレックス・ヴァン・ヘイレンが言っていました。
ヴァン・ヘイレンがデビュー前にジェネシスと名乗っていたのは聞いたことがあったけど、その話は知らなかった(笑)!エディは最高のギタリストだったし、インタビューで私のことを話してくれた。彼のタッピングは私から影響を受けたわけではなく、“ひとつの集合体”なんだと思う。デビューの時期や国籍が違っていても、どこかで繋がっているんだ。彼のような優れたミュージシャンと接点を持てたことは誇りに思っている。彼とジェフ・ベックが亡くなったことは大きなショックだった。世界中のギタリストが心に喪章をしているんだ。ジェフはレス・ポールが生み出したテープ・エコーのサウンドにディストーションやファズを加えて、斬新なサウンドを出していた。ヤードバーズの頃の彼のプレイを聴いて、すごい衝撃を受けたんだ。
●ジェフ・ベックと面識はありましたか?
数回会ったことがあるよ。初めて会ったときはいろいろ話すことが出来たけど、2度目はパーティーだったんで挨拶をした程度だった。ハンク・マーヴィンがイギリスからオーストラリアに移住するんで、フェンダーの主催で壮行会をやったんだ(1986年2月12日、ロンドンのヒルトン・ホテル)。私はGTRをやっている頃で、デヴィッド・ギルモアやエリック・クラプトン、ジェフ・ベック、スティーヴ・ハウ、そしてもちろんハンク自身も来ていた。その会に私は遅刻したんだけど、ハンクは立ち上がって迎えてくれて、すごく光栄に思ったよ。私が初めて買ったレコードはシャドウズの「ミステリー・マン Man Of Mystery」だった。下降していくマイナー・キーの曲調からは今も影響を受けているよ。
●1960年代にデビューしたイギリスのギタリストはハンク・マーヴィンから影響を受けた人が多いですね。
うん、それと映画『007』シリーズのジョン・バリーからも多大な影響を受けてきた。彼のマイナー・キーの使い方はシャドウズと決して隔たりがあるものではなかったんだ。エレクトリック・ギターはマイナー向きの楽器なんだよ。
<現在進行形のアーティストであり続けたい>
●2023年で『フォックストロット』再現ツアーは一段落して、2024年から『眩惑のブロードウェイ』のハイライトを演奏するツアーを行うことになるでしょうか?
コロナ禍のせいでツアーの延期があって、まだ南米で『フォックストロット』ツアーをやることになっているんだ。北米で回れなかった都市もあるし、『眩惑のブロードウェイ』ツアーは2024年の夏からスタートになる。完全再現ではなく、ハイライトをプレイするよ。『フォックストロット』ツアーは大成功だったんだ。「ウォッチャー・オブ・ザ・スカイズ」はもちろん盛り上がったけど、「タイム・テーブル」のような知名度が高くない曲もお客さんが一緒に歌ってくれた。日本でもやりたいけど、スケジュール次第なんだ。ナッド(シルヴァン)は『フォックストロット』の曲を歌うのが大好きだし、キーボードのロジャー・キングもジェネシスでトニー・バンクスが演奏したキーボードやメロトロンのパートを再現して、彼自身の個性とモダンなサウンドも加えている。今のバンドは実力者揃いで、毎晩プレイするのが楽しみだよ。
●『眩惑のブロードウェイ』の後は2026年に『トリック・オブ・ザ・テイル』『静寂の嵐 Wind & Wuthering』(共に1976)の50周年再現ツアーもやりますか?
まだ考えていないけど、やるとしたらそれぞれを完全再現するツアーよりも、2作のハイライトとベスト選曲をプレイするショーになるんじゃないかな。どちらも同じ年に出したアルバムだしね。
●その次は55周年ツアーでもう一周でしょうか?
ハハハ、そこまで先のことは判らないよ。でも出来るだけ長く音楽に関わって、ステージで演奏したいね。それに新しい曲もプレイしたいんだ。アニヴァーサリー・ツアーだけでなく、現在進行形のアーティストであり続けたい。『サーカスと夜鯨の秘話』は私のクリエイティヴな側面を表しているし、特別なチャレンジだった。これからも前進していきたいんだ。
●ジェネシスが2022年3月26日、ロンドンでバンドとして最後のライヴを行いましたが、ラスト・ツアーの公演は見に行きましたか?
いや、行かなかった。私自身もツアーに出ていて、スケジュールが合わなかったんだよ。実際には私のオフ日に彼らのロンドン公演を見に行くことが出来たけど、北米ツアーに出発する直前だった。大勢の人が集まる場所に行ってコロナに感染するリスクを負うことは出来なかったんだ。既にコロナ禍のせいで3年近く延期になっている日程もあったしね。
●自分のアルバムとツアーで多忙と思いますが、それ以外のプロジェクトの予定はありますか?
来年(2024年)1月にジャベ(Djabe)とノルウェーのボードーでショーをやるんだ。彼とは何度も共演してきて良い結果を生んできた。来年中に何回かショーをやろうと話し合っているよ。東欧で数回、もしかしたらオーストリアでの公演がブッキングされる予定だ。ジャベとは「カーペット・クローラーズ」のライヴ・ヴァージョンをシングルとして発表したんだ。すごく出来が良いし、気に入っているよ。そんな感じでスケジュールがぎっしりで、ぜひ日本に行きたいんだけど、もし無理だったら2024年10月23日にロンドンのロイヤル・アルバート・ホールでやるスペシャル・ライヴを見に来て欲しい。アメリカやヨーロッパ、日本からも大勢のファンが集まる特別なショーになるよ。ロイヤル・アルバート・ホールは私がイギリスで一番好きなコンサート会場だ。歴史があって、あらゆるアーティストがプレイしてきたことで、マジックが宿っているのを感じるんだ。これまで1回だけヘッドライナー・ライヴをやった(2013年)のと、ゲスト出演したことがある。まだ自分には出来ること、やるべきことがある。前進することを楽しんでいるよ。
●1970年代イギリスを代表するプログレッシヴ・ロック・バンドで黄金期のメンバーが全員存命なのはジェネシスだけになってしまいました。ピンク・フロイド、イエス、キング・クリムゾン、エマーソン・レイク&パーマーなどはいずれも1人以上のメンバーが亡くなっています。お身体に気をつけて、これからも元気に活動して下さい!
ジェネシスの場合、『侵入 Trespass』(1970)でプレイしたジョン・メイヒューは亡くなってしまったけどね(2009年没)。フィル・コリンズが加わる前のドラマーだよ。ただ『フォックストロット』『月影の騎士』のラインアップは全員まだこの惑星にいる。ぜひ近いうちに日本に戻りたいね。日本の文化には常に魅了されてきたし、大勢の友人がいる。私の音楽を受け入れてくれる大勢のファンがいるし、いつだってプレイするのは喜びだ。
【最新アルバム】
邦題:スティーヴ・ハケット 『サーカスと夜鯨の秘話』
レーベル:IAC MUSIC JAPAN / GEN(弦)
品番:IACD11311
仕様:・輸入盤国内仕様/初回限定盤 ・日本限定紙ジャケット仕様
・スティーヴ・ハケットによるアルバム&楽曲解説の日本語訳 / 日本語解説付属
IAC MUSIC JAPAN HP
https://www.interart.co.jp/business/entertainment.html
【関連記事】
スティーヴ・ハケットが語る“ジェネシス・リヴィジテッド”とソロ・キャリア【前編】
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/456496bfac26f2aa15579b94ffa000ba768b9020
スティーヴ・ハケットが語るプログレッシヴ・ロックとジェネシス秘話【後編】
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/e0964dcccf3f2b4e8c0325d7708b9145aeed2bf0
レコード・コレクターズ2023年10月号にも山﨑智之によるスティーヴ・ハケット・インタビュー掲載
http://musicmagazine.jp/rc/rc202310.html