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ブリティッシュ・ハード・ロック新基準への探求の旅。オランウータン日本盤CD初発売へ

山崎智之音楽ライター
Orang Utan / courtesy of P-Vine Inc.

1960年代末から1970年代初めのブリティッシュ・ハード・ロックには、ファンのハートを捕らえて離さないマジックがある。

イギリスにおいて1960年代は、ロックが飛躍的に進化を遂げたディケイドだった。ザ・ビートルズやザ・ローリング・ストーンズに代表されるバンド・ブーム、サイケデリック・ムーヴメントによるロックの“自由な表現”、アンプやPAなど機材の進歩による大音量化などを経て登場したのがハード・ロックである。クリームやジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス、ハードな方向に進んでいったザ・フー、ジェフ・ベック・グループ、レッド・ツェッペリンなどはメインストリーム市場で成功を収めるが、それと同時にアンダーグラウンドでもバンドが群雄割拠、ロンドンの“マーキー”などのクラブ・シーンで活動している。

それに呼応するように、幾つもの“プログレッシヴ・レーベル”が設立され、数々のバンドがデビューを果たす。その多くがメジャー系のレコード会社の傘下にあり、“ハーヴェスト”が“EMI”、“デラム”が“デッカ”、“ヴァーティゴ”が“フィリップス/フォノグラム”、“ネオン”が“RCA”の系列レーベルだったが、レコードのプレス枚数は“親”レーベルのタイトルと較べるとはるかに少なく、しかもすぐに廃盤に。“ヴァーティゴ”のブラック・サバスやロッド・スチュワートのように超大物アーティストになった例はあるものの、“デラム”のリーフ・ハウンドや“ヴァーティゴ”のメイ・ブリッツなどは中古盤にプレミアが付き、ハード・ロック・ファンにとって聴きたくても聴けない“高嶺(高値)の花”となってきた。

(レア盤を無許可でコピーしたいわゆるリプロ盤LPでペギーズ・レッグやグラニーなどの作品も聴くことが可能だったが、それらはあくまで海賊盤だった)

そんな状況に変化が起こるのが1990年代のことだった。CD時代の到来により、レアなアルバムが次々と復刻されるようになったのだ。1960〜70年代の名盤から知られざるマニアック盤までをCD化するドイツの再発レーベル“レパトワー・レコーズ”やイタリアの“アカルマ・レコーズ”にお世話になったファンは多いだろう。それらは日本でもタワーレコード、HMV、ヴァージン・メガストアなどの大手ショップの店頭にも並んだ。

もっとも、この現象でオリジナル盤LPの値崩れが起こったわけではなく、むしろリスナーの裾野が広がったことで、レア盤のプレミア価格はさらに1桁上がったといわれる。しかも“未CD化!”という惹句は、値段をつり上げる理由ともなってしまった。とはいえ、音を聴ければオッケーなファンにとっては、CD復刻の波は有り難いことこの上なかった。

さらにCD時代になって、一般音楽リスナーが現物を見ることも不可能だったプライベート・プレス盤や、発売すらされなかった音源までが公式リリースされることになった。“キッシング・スペル”や“オーディオ・アーカイヴズ”といったレーベルからダーク、ウィキッド・レディ、ネクロマンダス、ドラゴンミルクなどの“幻”の音源がCD化され、“好きモノ”のファンを驚喜させている。

イギリス出身ながらアメリカのみでアルバムが発売されたオランウータンも、CD時代にその名を知られるようになったバンドだ。

Orang Utan / courtesy of P-Vine Inc.
Orang Utan / courtesy of P-Vine Inc.

オランウータンの歴史は1960年代後半、ロンドン北部で結成されたハンターから始まる。アルバート・キングの曲タイトルから名前を得たこのバンドはロンドン周辺でライヴ活動を行い、ジェネシス、モット・ザ・フープル、フリー、グラウンドホッグスらのオープニング・アクトも務めている。

ハンターは1971年にスタジオでレコーディングを行う。19〜20歳の若いメンバー達がありったけのエネルギーをぶつけるハードでブルージー、そしてアシッドなブリティッシュ・ロックはレッド・ツェッペリンやフリー、リーフ・ハウンドなどを彷彿とさせ、スタジオ・ライヴ形式でラフではあるが、大器の片鱗を感じさせるものだ。

ただ、ハンターが成功を収めることはなかった。プロデューサーの提案でバンド名をオランウータンと変えた彼らはライヴ活動を続けるが、数ヶ月が経った頃、メンバーの友人がアメリカのレコード店の店頭にアルバム『オランウータン』が並んでいるのを発見する。知らないうちに勝手にアルバムが発売され、印税・ギャラも支払われることがなく、音楽ビジネスに幻滅したバンドは解散。メンバー達はそれぞれ別の道を歩むことになった。

『オランウータン』はその充実した内容に拘わらず、ブリティッシュ・ロックの相当なマニアのアンテナにも引っかかることが稀だった。その理由として、母国イギリスで発売されることなく、アメリカの“ベル・レコーズ”からのみリリースされたこと。そしてもうひとつ、アルバム・ジャケットのかっこ悪さにも起因していると思われる。1960〜70年代のブリティッシュ・ロックのアルバムはヒプノシスやロジャー・ディーン、キーフなどの名グラフィック・アーティストによる美麗アートワークに彩られてきた。それに対し、『オランウータン』の大都会で暴れるコミック風オランウータンは、ジャケ買いを躊躇させるものだ。ちなみにメンバー達はアルバムのジャケットに関わっておらず、現物を見て愕然としたという。

そんな『オランウータン』が一般ロック・リスナーに知られるようになったのは、1990年代後半のこと。ヨーロッパの再発レーベルからCDが発売されたときだった。権利をクリアしているか疑わしい形でのリイシューだったが、スペシャリスト・ショップなどで好事家のファンの目に止まり、そのクオリティとテンションの高さで彼らを驚かせている。今やオランウータンは、ブリティッシュ・ハード・ロックの熱心なファンの間ではすっかりアンダーグラウンドのニュー・スタンダード(新基準)のひとつとして認知されるようになった。

そして何と2022年、『オランウータン』の日本盤CDが初発売されることが決定した。今回はもちろんすべての権利がクリアになった純正オフィシャル盤であり、LPを再現した紙ジャケット仕様。さらに“もし1971年に日本盤LPが発売になっていたら...?”と思わせる帯が付けられているのがマニア心をくすぐる。

近年ではYouTubeやストリーミングの普及によって、知られざるバンドの音源をさらに容易に聴くことが出来るようになった。そんな中から、半世紀を隔ててどんなニュー・スタンダードが発掘されることになるか。ブリティッシュ・ハード・ロックの探求の旅は続く。

Orang Utan 『Orang Utan』ジャケット(P-VINEレコーズ/2022年6月15日発売)
Orang Utan 『Orang Utan』ジャケット(P-VINEレコーズ/2022年6月15日発売)

オランウータン

『オランウータン』

P-VINEレコーズ PCD-27061

2022年6月15日発売

【日本レコード会社公式サイト】

https://p-vine.jp/news/20220520-170000

音楽ライター

1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,200以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検1級、TOEIC945点取得。

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