ジム・マッカーティが自伝/エッセイ集『She Walks In Beauty - My Quest For The Bigger Picture』をイギリスで発表した。

1960年代に英国ロックを代表するグループのひとつヤードバーズのドラマーとして活躍したジムは、エリック・クラプトン、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジらスーパー・ギタリスト達と共演してきた。その後ルネッサンスやイリュージョンなどのバンドでの活動を経て、彼は再結成ヤードバーズの唯一のオリジナル・メンバーとして世界をツアーしている。2011年と2016年には日本公演も実現、「シェイプス・オブ・シングス」「オーヴァー・アンダー・サイドウェイズ・ダウン」などのヒット曲を披露してファンから熱い声援を浴びた。

2018年に自伝『Nobody Told Me! - My Life With The Yardbirds, Renaissance & Other Stories』でその豊潤な音楽キャリアについて綴ったジムだが、約3年半のインターヴァルを経て2021年に刊行された第2弾が『She Walks In Beauty - My Quest For The Bigger Picture』だ。こちらでも彼のミュージシャンとしてのエピソードがたっぷり語られているが、それに加えて、彼のスピリチュアリズムと精神世界への傾倒に少なくないページが割かれている。

今回のインタビューでは、ジムの自伝とその輝かしい軌跡、そしてヤードバーズ時代の秘話をじっくり語ってもらった。78歳を迎えたブリティッシュ・ロックの伝説的ミュージシャンとの対話を可能な限り忠実に日本語に置き換えてみよう。全2回の記事、まずは前編を。

『She Walks In Beauty - My Quest For The Bigger Picture』表紙/courtesy Jim McCarty
『She Walks In Beauty - My Quest For The Bigger Picture』表紙/courtesy Jim McCarty

<愛する人を失っても、その魂はなくなることがない>

●『She Walks In Beauty』が前著『Nobody Told Me!』から約3年半と、比較的早いペースで刊行されたことに驚きました。前著の時点で、2冊目の構想はあったのですか?

いや、『Nobody Told Me!』を出した時点では、2冊目を出すなんて想像もしなかった。でも、まだ言いたいこと、書くべきことが残っているとは感じていたよ。1冊目では自分の生い立ちやヤードバーズやルネッサンスでの音楽キャリアについて語ったんだ。『She Walks In Beauty』では自分の人生で経てきたスピリチュアルな経験や、子供の頃から抱いてきた精神世界・神秘主義への興味を書いてみたかった。そして2020年6月7日、妻リジーが病気で亡くなったことで、いろんな考えがパッと拡がっていったんだ。彼女と私のスピリチュアルな繋がりについても書き綴りたかった。妻は霊媒を通じて、この本を書くよう背中を押してくれたよ。だから『She Walks In Beauty』を書くことは彼女の希望でもあったんだ。愛する人を失っても、その魂はなくなることがない。自分の側にいてくれると思えば、心が安まるものだ。この本を読んだ人が、そのことに気づいてくれたら嬉しいね。

●共著者のデイヴ・トンプソンとの作業はどのようなものでしたか?

デイヴとは『Nobody Told Me!』を共同執筆したんだ。彼は非常に優れた音楽ライターで、人間的にも私と気が合ったし、2冊目を書くにあたって、真っ先に頭に浮かんだよ。1冊目は自分のミュージシャンとしての活動を辿る本だったけど、今回はよりスピリチュアルな側面を掘り下げていきたいと話してみた。そうしたら、デイヴも精神世界に興味があることが判ったんだ。いろいろ話すうちに新しいアイディアが湧いて、すぐに構成が出来上がっていったよ。『She Walks In Beauty』の方が若干短いけど、作業はスムーズに進んだね。

●世界の音楽ファンはキース・レルフというシンガーの声や才能を、ヤードバーズやルネッサンス、アルマゲドンなどのレコードやCDを通じてのみ知っています。『She Walks In Beauty』では彼の人間としての側面や、あなたとの交流が描かれていて、非常に興味深く感じました。

キースと私は音楽を超えた親しい友人で、精神世界や超常現象への関心も共通していた。ツアー中にも話したし、ルームシェアをして連日、お茶を飲みながら意見を交わしたよ。「幻の10年 Happenings Ten Years Time Ago」はそんな経験から生まれた曲だった。輪廻や生まれ変わりについて語り合って、そこから発展していったんだ。キースと一緒のバンドでやるのは楽しかった。シンガーという人種は個性が強いし、彼は喘息持ちで声の調子にもバラツキがあった。でも好調なときの彼は素晴らしいシンガーだったし、唯一無二の個性を持ったソングライターだった。そして彼は最高の友人だった。自分の本で彼の人柄の片鱗に触れることが出来たのは本当に嬉しいよ。

●“ヤードバーズのドラマー”であるあなたがアーサー・コナン・ドイル卿と1917年のコティングリー妖精事件について書いているのが一種シュールですらありますね(注:知らない人はググってみよう!)。

ハハハ、コティングリー妖精事件にはずっと興味を持ってきたんだ。アーサー・コナン・ドイル卿はシャーロック・ホームズの探偵小説で論理的なイメージがあるけど、その一方で心霊現象や降霊術などに深い関心を持っていた。そんな両極端な二面性が面白かったんだ。ドイル卿は現代の世界に恐竜が生きているという荒唐無稽な『失われた世界』を書いたり、興味深い作家だよ。

●あなたがロンドンの神秘主義専門書店“アトランティス・ブックショップ”の常連だという話も面白かったです。

うん、あの周辺は歩いていて楽しいよ。大英博物館の近くだし、“ミステリーズ”という占術/ニュー・エイジ系ショップもあって、水晶石を売っていたり、一日中歩いても飽きないね。

●ロンドン最大のSF/ファンタジー専門店“フォービドゥン・プラネット”も近くですよね。

ああ、私もたまに行くよ。ロンドンの中心街から近いのに、街の空気が一変してしまうんだ。19世紀の雰囲気がある街並みもあって好きな地域だ。

Jim McCarty 2019 / photo by Arnie Goodman
Jim McCarty 2019 / photo by Arnie Goodman

<ジミー・ペイジはオカルト好きの素振りも見せていなかった>

●興味深かったのは、ヤードバーズ時代のジミー・ペイジがオカルトや超常現象に興味を示していなかったという逸話です。レッド・ツェッペリンの頃の彼はアレイスター・クロウリーが暮らしていた“ボレスキン・ハウス”を購入するほどのマニアとして知られていましたが、ヤードバーズ時代には本当に興味がなかったのか、それとも自分だけの秘密にしていたのでしょうか?

ジミーはヤードバーズの4代目ギタリストで、学生時代からの友達ではなく、我々とは最初からプロフェッショナルな関係だった。もちろん仲は良かったけれど、何でも話すような間柄ではなかったんだ。キースや私が心霊現象やオカルトについて話していても、それに加わってくることはなかったよ。秘密にしていたのか、そのことについて自分の内側に収めていたのか...いつか訊いてみたいね。最近なかなか話す機会がないけど、ジミーとは友達だし、また顔を合わせることがあると思う。

●あなたとキース・レルフがオカルトについて話しているのをジミーが聞いて、それで初めて興味を持った可能性もあるのでは?

うーん、どうだろうね。それで初めて興味を持ったということはないと思うけど...とにかくジミーはオカルト好きの素振りも見せていなかった。もしかしたら、彼は暗黒面がより好きだったのかも知れない。キースと私は黒魔術や悪魔崇拝のようなダークな話題にあまり踏み込まなかったんだ。当時のイギリスではそういうものに傾倒する人も多かった。まあ、詳しいところは本人に訊いてみるしかないよ。

●ジミーは1970年代にロンドンで“イクイノックス”というオカルト専門の書店を経営していたそうですが、行ったことはありましたか?品揃えはどうでしたか?

ロンドンのケンジントンにあった店に、一度行ったことがあったよ。品揃えは良かったと記憶しているけど、客層はオカルトのマニアよりも、レッド・ツェッペリンのTシャツを着たファンが多かったな。

●1960年代後半のイギリスでは一種のオカルト・ブームが起こっていたそうですね。

うん、その通りだ。ヒッピー・ブームやフラワー・パワー、サイケデリアの影響もあって、インドや占星術、ニュー・エイジ、ティモシー・リアリーなど、超自然現象的な思想が一種のトレンドになっていた。だからキース・レルフや私が特別だったわけではなく、ドノヴァンは「アトランティス」という曲をヒットさせたし、ジミ・ヘンドリックスの「サード・ストーン・フロム・ザ・サン」もエイリアンの視点から地球を見た曲だった。

●グレアム・ボンドも1960年代にオカルトに魅せられたミュージシャンでしたが、彼と交流はありましたか?グレアム・ボンド・オーガニゼーションのジンジャー・ベイカーとジャック・ブルースが独立して、元ヤードバーズのエリック・クラプトンとクリームを結成するなど、間接的な交流がありましたが...。

グレアムとは面識があったけど、あまり良くは知らなかった。とても愛想の良い人だったよ。彼のバンドにはジンジャーとジャック、それからディック・ヘクストール=スミスがいて、何度かライヴを見たけどすごく良かったね。1964年ぐらいかな、オーガニゼーションとヤードバーズ、ザ・ローリング・ストーンズ、ジョージー・フェイムという顔ぶれでライヴをやったんだ。ショーの前にバックステージで話していて、グレアムが「じゃあ私が最初にステージに上がるよ」と言い出したのを覚えている。普通、みんなヘッドライナーになりたいものなんだ。「最初に出る」なんて言ってくれる人は珍しかったよ。彼らが凄いショーをやったせいで、その後に出るバンドにはプレッシャーがかかったけどね(笑)。グレアムに何が起こったのか、よく判らないんだ。精神的な何かがあったのか、ドラッグの問題だったのか...「何者かに追われている」という妄想に囚われて、地下鉄の線路に飛び込んでしまったんだ。私の知っているグレアムはそんな人ではなかったから驚いたし、悲しかったよ。

●ヤードバーズの1968年、ニューヨークの“アンダーソン・シアター”でのライヴは1971年に『Live Yardbirds』としてアルバム化されながらすぐに廃盤となり、2017年になって『Yardbirds '68』として新装再発されました。それにはどんな事情があったのですか?

みんな『Live Yardbirds』の演奏自体は良いと思っていたんだ。ただミックスが酷かったのと、オーヴァーダブされた歓声が不自然過ぎたんで、公式アルバムとは認めていなかった。ヤードバーズの解散後、ジミーのレッド・ツェッペリンでの成功に便乗してリリースされた作品であることは明らかだったし、ジミーが発売の差し止めを請求したんだよ。それからずっと後、7、8年前の話だけど、ジミーのマネージャーから「ヤードバーズの“アンダーソン・シアター”のマスター・テープを探している」と私に連絡してきたんだ。彼は『Live Yardbirds』が好きでジミーのマネージャーを引き受けたぐらいの大ファンだし、すごく熱意を持っていることが伝わってきた。ただ私はマスターの行方を知らなかったんで、そう答えるしかなかった。でもその後、彼らはマスターを見つけて、リミックスしたんだ。それと同時に、彼らはヤードバーズの最後のスタジオ・セッションのテープも掘り起こして、ボーナス音源として一緒にリリースすることにした。

●その『スタジオ・スケッチズ』はヤードバーズの最後の北米ツアーの後、スタジオに入って録音したそうですが、その時点でバンド解散が決まっていたのに拘わらず、何のためにレコーディングしたのですか?

確かにバンドは解散することが決まっていた。スタジオに入った理由は...何故だろう?最後にシングルかEPを出すつもりだったのかも知れない。

●レッド・ツェッペリンの「タンジェリン」の原型である「Knowing That I’m Losing You」や「Spanish Blood」など、クオリティの高い楽曲が収録されていますが、それらをヤードバーズでレコーディングしようとは考えませんでしたか?

残念ながら、あのセッションは私たちに解散を撤回させるほどではなかった。今になって聴くと悪くないけど、ジェフ・ベックやポール・サミュエル=スミスがいた頃の創造性が失われたことは明らかだったからね。プロデューサーのミッキー・モストに変なシングル曲をレコーディングすることを強いられたり、ツアーとレコーディングの連続で疲れ果てて、とにかく家に帰りたかったんだ。ジミーだけは元気で、すぐに新しいメンバーを集めて“ニュー・ヤードバーズ”を結成したけどね。それがレッド・ツェッペリンに発展していったことはご存じの通りだ。

後編記事ではジムに、ザ・ビートルズをはじめとするミュージシャン達との交流、ヤードバーズの今後についてなど、さらに掘り下げて訊いてみたい。

The Yardbirds 2019 / photo by Arnie Goodman
The Yardbirds 2019 / photo by Arnie Goodman

【アーティスト公式サイト】

http://www.jamesmccarty.com

【『She Walks In Beauty - My Quest For The Bigger Picture』公式サイト】

https://www.lulu.com/en/en/shop/dave-thompson-and-jim-mccarty/she-walks-in-beauty/paperback/product-nn22rj.html