ヤードバーズのドラマー、ジム・マッカーティへのインタビュー、全2回の後編。

前編記事ではヤードバーズ時代の秘話を語ってもらったが、後編では同時代のミュージシャン達との交流、そしてヤードバーズの今後などについて訊いてみたい。

『She Walks In Beauty - My Quest For The Bigger Picture』表紙/courtesy Jim McCarty
『She Walks In Beauty - My Quest For The Bigger Picture』表紙/courtesy Jim McCarty

<聴く人がポジティヴになる音楽をやろうとしている>

●1974年にポール・マッカートニーのウィングスのオーディションを受けたそうですが、ポールとはザ・ビートルズの頃から交流があったのですか?

ザ・ビートルズとヤードバーズは1964年のクリスマス・シーズンにロンドンの“ハマースミス・オデオン”で一緒にショーをやったことがあった。そのとき友達になったんだ。ポールが楽屋に来て、「新曲を書いたんだけど聴いてくれる?」と言って「イエスタデイ」を弾き語りしてくれたこともある。その当時は「スクランブルド・エッグス」というタイトルだったけどね。パリで前座を務めたこともあるし、ヤードバーズがキンクスとツアーしたときに楽屋にやって来て、しばらく話し込んだこともある。ジョン・レノンともその時期親しくなった。バート・バカラック&ハル・デヴィッドの「ザ・ブレイキング・ポイント」という曲をシングル用にレコーディングするように勧められたよ。正直合わないと思って、やらなかったけどね。それからもロンドン周辺のクラブとかで出くわすことがあって、「よお、元気?」とか言っていた。1974年の初め、私はロサンゼルスで新バンドを結成しようとしたけど、うまく行かなかったんだ。それでブラブラしているときにウィングスのオーディションの話が舞い込んできた。ロンドンのセント・マーティンズ・レーンにある劇場に呼び出されて、他の候補と順番にプレイしたのを覚えている。ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスにいたミッチ・ミッチェルもいたのを覚えているよ。それで奇妙なことに、年を取ったセッション・プレイヤー達がこのオーディションのために雇われて、彼らの演奏する「グリーン・オニオンズ」「二人でお茶を」のようなスタンダード曲に合わせてプレイした。ポールやリンダ・マッカートニーはそれを客席から見ていたよ。結局選ばれたのはジェフ・ブリトンで、私はオーディションに落ちたわけだ。ジェフも数ヶ月で辞めてしまったけどね。

●1983年6月22日と23日、ロンドンの“マーキー・クラブ” でヤードバーズの再結成ライヴが行われました。その直後、1983年9月20日には“ロイヤル・アルバート・ホール”で“ARMSチャリティ・コンサート”が行われ、エリック・クラプトン、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジが一堂に集結しましたが、その2つのイベントにはまったく接点はなかったのでしょうか?

うん、直接の関係はなかったよ。実は“マーキー”での再結成ライヴに参加して欲しいと、エリックに電話して打診したんだ。でも彼は北米ツアーの準備で、どうしても無理だと言われたよ。誰かがジェフとジミーにも話をした筈だけど、やはり実現しなかった。それで元イリュージョンのジョン・ナイツブリッジに声をかけたんだ。彼は素晴らしい仕事をしてくれた。“マーキー”でのショーは録音してあって、テープが存在するんだ。具体的なプランはないけど、リリースしたら喜んでくれるファンがいるんじゃないかな。

●その後あなた達はジョン・フィドラーを迎えてボックス・オブ・フロッグスとしてアルバムを2枚発表しましたが、このバンド名にはどんな意味があるのですか?

意味なんかないんだ。ブサイクな奴に対して「お前の顔はカエルを詰めた箱みたいだ」と言う感じだよ(笑)。ボックス・オブ・フロッグスでのアルバム作りは楽しかった。スタジオでサウンドの準備をして、近所のパブで一杯やって、それからレコーディングしたんだ。ライヴのフィーリングがあって、リラックスしてプレイ出来たよ。

●“ヤードバーズ=庭の鳥”と“ボックス・オブ・フロッグス=カエルの箱”は、狭い環境に囚われた動物という共通点がありますね。

うん、確かにね。ヤードバーズという名前の元ネタは、実際のところは判らないんだ。バンド名の候補を20ぐらい書いたメモの中から、ある日のライヴ直前にキース・レルフが「よし、俺たちはヤードバーズだ!」って決めたんだ。彼はジャック・ケルアックの『路上』で見つけた放浪者を指すスラングだと言っていたけど、初代ギタリストのトップ・トパムはそれがチャーリー・パーカーのニックネームだと言っていた。ボックス・オブ・フロッグスはそのパロディというわけでもなく、ただヘンな言葉を選んだだけなんだ。誰が思いついたか忘れたけど、ヤードバーズとの繋がりは考えていなかったと思う。

●ボックス・オブ・フロッグスのアルバムにスティーヴ・ハケットとロリー・ギャラガーがゲスト参加したのは、どんな経緯があったのですか?ちなみに先日スティーヴに取材して、今度あなたと話すと言ったところ、「よろしくと伝えて欲しい」とのことでした。

おお、それは嬉しいね。スティーヴはとても良いギタリストで、素晴らしい人間だよ。ボックス・オブ・フロッグスのアルバムを作った頃、彼はロンドンのリッチモンドで私の近所に住んでいたんだ。たまに喫茶店で見かけて、話をする仲で、ヤードバーズの『ロジャー・ジ・エンジニア』(1966)が大好きだと言っていたから、2枚目のアルバム『ストレンジ・ランド』(1986)で1曲ギターを弾いてもらった。ロリー・ギャラガーが参加することになったいきさつは知らないんだ。ポール・サミュエル=スミスが友人だったのかも知れない。でも私もロリーの音楽は1970年代から聴いていたし、好きだったよ。彼がギターを弾いてくれたのは嬉しかった。

●自伝『She Walks In Beauty』では1980年代以降のステアウェイやピルグリムなど、あなたのニュー・エイジ音楽に言及しているのも嬉しいです。その路線は現在でも続けているのですか?

1冊目の自伝『Nobody Told Me!』は私のロックンロール時代のことが中心で、ニュー・エイジ系の作品には触れていなかったんだ。『She Walks In Beauty』はよりスピリチュアルな題材に言及しているし、私のスピリチュアルな音楽についても記そうと思ったんだ。ヤードバーズでやっていた頃から、こういう音楽性は自分の中にあったんだ。ただ、それを表現するヴォキャブラリを持っていなかった。いわゆるニュー・エイジ・ミュージックやヒーリング・ミュージックの登場によって、どう表現するか判ってきたんだよ。私は単なるリラクゼーション・ミュージックではなく、聴く人がポジティヴになる音楽をやろうとしているんだ。何百万枚も売れるタイプではないけど、自分に対して誠実な音楽だよ。次に作るとしたら、『Walking In The Wild Land』(2018)のような歌モノのアルバムだろうね。ニュー・エイジも好きだけど、やはりメロディとフックのある音楽が好きなんだ。

Jim McCarty 2019 / photo by Arnie Goodman
Jim McCarty 2019 / photo by Arnie Goodman

<ヤードバーズでベストだったギタリストは...>

●キース・レルフの妹ジェイン・レルフとはルネッサンスやイリュージョン、そしてステアウェイで共演してきましたが、最近も連絡を取り合っていますか?

いや、もう3年ぐらい連絡していないね。もう歌ってはいないようだけど、元気でやっているみたいだ。2022年にはイリュージョンのボックス・セットも出ることだし、久しぶりに「元気?」って声をかけてみるよ。イリュージョンのボックスは“ディーモン・レコーズ/エドセル”から出るけど、全アルバムと“ルネッサンス・イリュージョン”名義で出した『Through The Fire』(2001)、デモやアウトテイクなどが収録されている。ルネッサンスのボックス・セットも出る予定なんだ。

●『She Walks In Beauty』ではさまざまな“心霊的”な曲を挙げていますが、ジョン・レイトンの「霧の中のジョニー Johnny Remember Me」を挙げていたのが興味深かったです。

そう、亡くなった女性がかつての恋人に「忘れないで」と言う、心霊現象を歌ったポップ・ソングだよ。ジョー・ミークがプロデュースして、アウトローズがバックを務めたんだ。アウトローズにはリッチー・ブラックモアが在籍したこともあって、当時いろんなセッションをやっていたし、この曲でも弾いているかも知れないね。彼も最近ではニュー・エイジっぽい音楽をやっている。ディープ・パープルとはまったく異なっているけど、面白いことをやっているね。

●リッチーがレインボーでヤードバーズの「スティル・アイム・サッド」をカヴァーしたのは聴きましたか?どう思いましたか?

すごく良かったね。インストゥルメンタル・ヴァージョンで、あえてヤードバーズのオリジナルに似せようとしないで、新しい生命を吹き込んでいるのが気に入ったよ。デヴィッド・ボウイの「シェイプス・オブ・シングス」やラッシュの「ハートせつなく」についても言えることだけど、とても光栄に思った。

●『She Walks In Beauty』にはブッダガヤやバラナシなどアジアの聖地を訪れた話が書いてあります。ヤードバーズは2011年3月と2016年10月に日本公演を行っていますが、日本の聖地は訪れましたか?

ロック・バンドをやっていると世界のあちこちに行くことが出来るけど、聖地やパワー・スポットを訪れる機会はなかなかないんだ。だからオフのときにプライベートで行くようにしている。インドやネパールを旅したのはスピリチュアルな経験であるのと同時に、ヨーロッパに住んでいるのと異なる生活様式に触れることが出来て、学ぶことが多かった。ヒマラヤの景色は神々しいほどに美しかったよ。日本を訪れたとき、京都を訪れるつもりだったけど、疲労と時差ボケで行けなかったんだ。2011年の日本公演を終えて帰国した直後、東日本大震災が起こったんだ。とても悲しかったし、被災者の皆さんのために祈りを捧げたよ。妻のリジーと、プライベートでもいつか日本に行こうって話し合っていたんだ。彼女が亡くなったことで、それは出来なくなってしまった。ただ彼女の魂は寄り添ってくれているし、次のジャパン・ツアーの際にはぜひ一緒にいろんな場所に行きたいね。日本には特別な気持ちがあるんだ。とても暖かく迎えてもらったし、日本人の友人もいるからね。私は南フランスに住んでいるけど、近所にオノザキさんという友達がいて、指圧師をやっているんだ。

●3冊目の自伝を書く構想はありますか?

いや、今のところは予定はないよ。でも『She Walks In Beauty』がそうだったように、突然インスピレーションが閃くかも知れない。もう78年も生きていると、いろいろな経験をしているものだ。きっとみんなが楽しんでくれる題材があると思うよ。フィクションを書いても面白いかもね。

●新しいアルバムの予定は?

新曲を書いているところだけど、スローペースなんだ。2022年にアルバムを出せたら良いと考えているよ。

●自伝で“ジミー・ペイジのメロディとコントロール、ジェフ・ベックの予測不能さと実験性”を讃えていましたが、エリック・クラプトンと初代ギタリストのアンソニー“トップ”トパムを含めて、4人のギタリストで誰がベストでしたか?

全員が素晴らしいギタリストだけど、私はジェフがベストだったと思う。彼と一緒にやるのは楽ではなかった。自分が求めるサウンドを得るためには妥協しなかったし、同じ高水準をバンドのメンバーにも求めたからね。フィードバックやペダルのエフェクトなど、自分のサウンドが気に入らないと不機嫌になって、周囲に当たることもあった。でも今日、ヤードバーズが愛される要素の多くは、ジェフの貢献によるものなんだ。最もクリエイティヴな時期で、特に「シェイプス・オブ・シングス」はバンドのサウンドを定義した曲だ。

The Yardbirds 2019 /  photo by Arnie Goodman
The Yardbirds 2019 / photo by Arnie Goodman

【アーティスト公式サイト】

http://www.jamesmccarty.com

【『She Walks In Beauty - My Quest For The Bigger Picture』公式サイト】

https://www.lulu.com/en/en/shop/dave-thompson-and-jim-mccarty/she-walks-in-beauty/paperback/product-nn22rj.html