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ラスヴェガス銃撃犯が標的にしたアメリカの“音楽”

山崎智之音楽ライター
Jason Aldean (2017年8月:Erik Pendzich/REX)(写真:Shutterstock/アフロ)

増加するコンサートの銃撃事件

2017年10月1日、ラスヴェガスで起こった銃撃事件は、世界に衝撃をもたらした。

これまでに59人が死亡(10月9日現在)、500人近くが怪我を負ったこの事件は、アメリカ史上最悪の銃撃事件と報じられている。

事件が起こったのはラスヴェガスの『マンダレイ・ベイ・リゾート&カジノ』ホテルに隣接したイベント広場で9月29日(金)〜10月1日(日)にわたって開催された『ルート91・ハーヴェスト』フェスティバルだ。最終日のヘッドライナーとして出演したジェイソン・アルディーンの演奏中、突如銃声が鳴り響いたのだった。ショーは既に始まっており、アルディーンは「When She Says Baby」を演奏していた。

(この曲はこのツアーでは7曲目に演奏されることが多く、この日もそうだったと思われる)

銃撃犯のスティーヴン・パドック(64歳)は『マンダレイ・ベイ』ホテルの32階の部屋の窓ガラスを割って、2万2千人の観衆に発砲。SWAT部隊が突入する直前に自分自身に銃口を向けて撃ち抜いた。

ロック/ポピュラー音楽のコンサート中に銃撃事件が起こるのは、これが初めてではない。わずか2年のあいだに同様の事件が起きるのは、これが3度目である。

2015年11月13日にはパリのサッカー場や飲食店で同時多発テロが発生。『バタクラン劇場』で行われていたイーグルス・オブ・デス・メタルのライヴにテロリスト集団が乱入して発砲、会場で89人の死者と200人以上の負傷者を出した。

2017年5月22日にはイギリスのマンチェスターにある『マンチェスター・アリーナ』でのアリアナ・グランデのライヴ終演後にロビーで自爆テロが発生、23人が死亡、59人が負傷している。

上記2つの事件が国際テロ組織の犯行だったのに対し、今回は地元警察の発表によれば単独犯によるもの(ISISはパドックが“数ヶ月前に改宗、イスラムの戦士となった”と声明を出したが、その真偽は不明)。ただ、我々が音楽フェスティバルで安心して音楽を楽しめる時代は、終わりを告げようとしているのかも知れない。

●標的となったカントリー・フェスティバル

『ルート91・ハーヴェスト』フェスは2014年から毎年行われてきたカントリー・ミュージックの祭典だ。2017年のイベントでヘッドライナーとして出演したのはエリック・チャーチ(金曜日)、サム・ハント(土曜日)、ジェイソン・アルディーン(日曜日)という顔ぶれで、2万2千人の観衆が3日間のフェスを楽しんだ最終日に惨劇が起こった。

Route 91 Harvest フェスのロゴ
Route 91 Harvest フェスのロゴ

ジェイソン・アルディーンは2005年にデビュー、これまでに7枚のアルバムを発表しているナッシュヴィル出身のカントリー・シンガーだ。2010年のアルバム『My Kinda Party』は全米で400万枚というセールスを記録、それ以外のアルバムも大半が100万枚を突破している。最新作『They Don't Know』(2016)はミリオンの壁を越えられなかったものの、全米ナショナル・チャート1位を達成するなど、現代アメリカを代表するカントリー・アーティストといえる。

なお彼は『ルート91・ハーヴェスト』フェスで2014年・2016年・2017年と、4回のうち3回ヘッドライナーとして出演するなど、フェスの“顔”的な存在となっている。

それにしても、アメリカでの絶大な人気に対して何と、ここ日本では彼のアルバムの国内盤CDが発売されたことがなかったりする。ケリー・クラークソンやリュダクリスとの共演曲、あるいは複数アーティストの音源を集めたオムニバスのうちの1曲として収録されたことはあるものの、単独アルバムが日本盤として発売されたことがないのだ。

ちなみにエリック・チャーチも日本では海外盤CDにオビと解説を付けた国内仕様盤しかリリースされていなかったりする。

元々カントリー歌手としてデビューしたテイラー・スウィフトがメインストリーム・ポップ路線に転向して日本でも成功を収めた例はあるものの、ピュア・カントリーは日本、そしてヨーロッパなどにおいて驚くほど認知されていない。

ただそれゆえにカントリーは、“アメリカの魂”として全米の音楽ファンに愛されてきた。しばしば日本人が“演歌の心は日本人にしか判らない”と主張するのと同じように、アメリカ人(白人層中心)も“お前らにゃカントリーは判んねえ”と胸を張る。ラスヴェガスの銃撃事件は、そんな彼らの誇りに文字通り銃弾を浴びせる出来事だったのだ。

この事件によってアメリカは、我々日本人が考える以上に傷つけられることになった。しかも同じアメリカ国民の手によって。

●銃撃犯が狙った? 他のフェスティバル

ちなみに2017年8月3〜6日にシカゴのグラント・パークで開催された『ロラパルーザ』フェスティバルと同時期にスティーヴン・パドックを名乗る人物が近隣のホテルを予約したことが確認されており(当日チェックインしなかった)、9月22〜25日にラスヴェガスのダウンタウンで開催された『ライフ・イズ・ビューティフル』フェスのときも同じ名前でホテルの予約があったという。

パドックが両フェスも銃撃の候補としていたのか、それとも実行前の“模擬演習”として予約のみを行ったのかは明らかになっていない。

両フェスにはチャンス・ザ・ラッパー、ミューズ、LORDE、ブリンク182、THE XXなど、共通するアーティストが多数出演していた。

犯行前のパドックはラスヴェガス近郊のネヴァダ州メスキートに在住していたが、この町には『ガンズ&ギターズ』という、中古の銃とギターを同時に販売する店があり、彼自身も何丁かの銃をここで購入したという。

もし彼が銃の代わりにギターを買っていたら、事件は起こらなかった...と考えると、残念でならない。

ラスヴェガスのホテル(筆者撮影/参考画像。事件とは関係ありません)
ラスヴェガスのホテル(筆者撮影/参考画像。事件とは関係ありません)
音楽ライター

1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,200以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検1級、TOEIC945点取得。

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