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埼玉県虐待禁止条例案について考える-Vol.2 アメリカの状況 #こどもをまもる

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
(写真:アフロ)

 2023年10月9日夕方、関西テレビの「newsランナー」という番組で、埼玉県議会で虐待禁止条例の改正案が審議される件が取り上げられた。この条例に賛成の立場として私が、反対の立場として子育て中の保護者が出演して議論した。この条例案について番組が事前にアンケートを取ったところ、賛成が16%、反対が84%とのことであった。この番組の話し合いで、この改正案が通った場合、具体的にどのような状況になるのかが反対派をはじめ多くの人に理解されていないと感じた。

 この記事を書いていたら、「埼玉県虐待禁止条例の改正案を提出していた自民党埼玉県議団は、2023年10月13日の9月定例会での成立を断念した」との報道があった。

 この条例案については多くの批判があり、私が昨日(10月10日)公開した記事「埼玉県虐待禁止条例案について考える−社会でこどもを守るために」にも批判的なコメントが相次いだ。

 「今の子育て環境を知らない」「保護者の負担を考慮していない」という意見もあったが、この条例案は、今の子育て環境を改善し、子育てをもっと楽にするための条例案であると私は考えている。社会インフラや環境整備が不十分な状態でこの条例案を出したことは確かに「拙速」で、その点では批判は免れないが、条例案のコンセプトやその目指す未来は評価できるものであったと確信している。

 今回、こどもの置き去りに関して、諸外国での法律や罰金額などが取り上げられているが、具体的な話、特にこどもの安全性向上や保護者の負担軽減といったプラス面での情報や意見はほとんど見当たらない。私が理事長を務めているNPO法人 Safe Kids Japan事務局の太田 由紀枝さんは、アメリカ・ニューヨーク州での子育て経験があり、こどもの置き去り防止に関する具体的な体験をしてきたので、「こどもの置き去り防止」に関して、子育て中の日常生活の経験を紹介してもらった。

太田 由紀枝さんの話

 もうだいぶ前の話で恐縮ですが、1990年代当時、ニューヨーク州では、「12歳まではこどもをひとりにしてはいけない」と定められていましたので、こどもは、それこそ24時間、保護者または保育者の監視下にありました。そしてそれを支える社会インフラが整っていました。

 たとえば放課後。こどもが通っていた小学校では、授業が終わると、

①スクールバスに乗る児童 

②保護者の迎えの車に乗る児童 

③徒歩3分くらいの学童保育に向かう児童 

に分かれます。

 それぞれ、

①スクールバス専任スタッフが、児童が正しいルートのバスに乗車することを確認

②自家用車専任スタッフが、児童を保護者(スタッフは保護者全員の顔を覚えています)に引き渡す

③パトロールカーと警官が出て、学童保育に向かう児童を保護

という対策をとっていました。

 ③は夕方6時頃まで(金曜日は21時頃まで。夕食も提供される)こども達を預かって遊ばせてくれるので、保護者は仕事帰りやおとな同士のディナー帰りにこどもを引き取ることになります。

 こどもを置いて保護者が外出する際には、ベビーシッターを雇います。富裕層はプロのベビーシッターを雇うかもしれませんが、一般家庭で雇うのは、中・高・大学生のベビーシッター。おもしろいことに12歳までのこどもは24時間監視下に置かれますが、13歳になるとベビーシッターのアルバイトができるのです。

 基本的には近所の人の声を聞き、実績があって、評判が良い中高生を雇うのですが、その際にひとつの判断基準となるのが、赤十字のベビーシッター・トレーニングコースを修了しているかどうか、です。

 この赤十字のトレーニングコースは実に濃い内容で、「目から鱗」の内容も多いので、私も研修時などに活用させていただいています。

 ベビーシッターについてはこんなことがありました。日頃からこどもが仲良くしてもらっている少し年上のお兄ちゃんが13歳になってベビーシッターのアルバイトができるようになったので、そのお兄ちゃんにこどものシッターをお願いしました。ついこの間までは一緒に遊んでいたのですが、この日はベビーシッターをする側とされる側になったのです。当日そのお兄ちゃんがわが家にやって来たのですが、なぜかお母さんも一緒。「うちの子がベビーシッターのアルバイトをするようになるなんて・・・誇らしいけど心配だからついてきたの。私は何も口出ししないで、ここで本を読んでいるわね」と。私もその方が安心なので、お母さんに一緒にいてもらうことにしました。

 失敗もありました。ある日の夕方のこと、当時こどもは10歳くらいでしたが、わが家に遊びに来ていたこどもの同級生をその子の家まで送り、玄関前で降ろして帰宅したら、その子のお父さんから電話が入りました。てっきり「送ってくれてありがとう」というお礼の電話だとばかり思ったのですが、烈火の如く怒っています。そのお父さん曰く「なぜ玄関のドアを開けてこどもを我々に引き渡さなかったのだ。玄関脇の植え込みに誰かが隠れていて、こどもが連れ去られたかもしれないではないか!」と。そうか、そこまで想定するべきだったのか、と自分の認識の甘さを痛感した次第です。

 お子さんと一緒に海外生活をされた方の多くは、同じような体験をされたことと思います。日本に帰って来られた際に、通学路の安全性やライフジャケットの普及率を見て心配になった、という方もおられるのではないでしょうか。

 海外、特に欧米から日本に来られた方が小学生の登下校の様子を見て驚く、という話はよく聞きます。2017年にSafe Kids Japanの母体であるSafe Kids WorldwideのCEOらが来日した時のことです。タクシーに乗って都内を走っていたら、私立小学校の児童多数が駅に向かって歩いているのが見えました。それを見たCEO、「ちょっとYukie!小学生がこどもだけで歩いているわよ!通報しなくていいの?」と。「通報したら逆にびっくりされてしまいます。日本では、小学生になればこどもだけで学校に行きます。私立の小学校に通う子は電車やバスに乗って通学します。それは虐待とは考えられておらず、むしろ『自立』と受け止められているんです」と説明しました。

 彼女たちは「へー!」と驚いていましたが、今でこそ明確な年齢の縛りはなくなったものの(下記資料参照)、アメリカで12歳以下のこどもが保護者・保育者の付き添いなしで町を歩くということは、少なくとも都市部では見られないのではないかと思います。

 日本では、歩行中の交通事故死傷者数が全年齢でもっとも多いのは7歳で、「魔の7歳」とも言われています。対策として、こどもへの教育やドライバーへの注意喚起、クルマの性能向上、通学路の交通規制やゾーン30等さまざまな対策がとられていますが、7歳の死傷者数の顕著な減少は見られません。減少が見られないということは、これまでの予防策は効果が低かったということですので、今回の条例案のような思い切った対策をとってみて、今後の推移を検証することも、「こどものケガを減らす」という目的から考えると有効ではないかと思います。

■参考■

アメリカの各州で定められている「こどもをひとりにしてはいけない年齢」

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小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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