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公金受取口座の誤登録 本当は何が問題なのか整理する

山口健太ITジャーナリスト
公金受取口座の説明(デジタル庁提供資料)

6月7日、デジタル庁が公金受取口座の総点検結果を発表しました(大臣会見の動画も公開されています)。

一見すると「マイナンバーカードがまた問題を起こしたのか」と頭を抱えるかもしれませんが、その中身を見ていくとなかなか込み入った問題であることが分かります。

誤登録は本当に問題か

最初に、まだ混同している人を見かけるのですが、金融機関の口座にマイナンバーを紐付ける「預貯金口座付番制度」と、給付金などを受け取る口座を1つだけ登録できる「公金受取口座」は全く別の仕組みです。

今回問題になっているのは後者です。デジタル庁では同一口座が複数人に登録されたケースを機械的に抽出するという手法で総点検を実施しています。

その結果、約5400万件の中で誤登録の可能性が高いものが748件、家族名義などの口座を登録したと思われるものが約13万件見つかったとしています。

748件の誤登録については、自治体などに設置されたマイナポイント支援端末において、前の人が使った状態のままログアウトをし忘れたことが原因であると説明されています。

そもそもの話として、公金受取口座はスマホを使ってマイナポータルから登録できるのに、なぜ全国の自治体に端末を設置する必要があったのでしょうか。

これは政府が掲げる「誰一人取り残さないデジタル化」の方針のもとで、マイナンバーカードの読み取りに対応したスマホを持っていない人や、自分では操作方法が分からない人に向けた施策といえます。

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ここで問題なのは、支援端末のために専用のWebサイトを用意したのではなく、実際には一般向けのマイナポータルをそのまま使うようになっていたという点です。

ユーザーインターフェイスの設計において、個人のスマホやパソコンで操作することを前提にする場合と、公共の端末で使うことを前提にする場合では、求められる要件は異なってきます。

個人の端末で本人が操作していることを前提にできるなら、マイナンバーカードの読み取り回数を可能な限り減らすことで、利便性は高まります。

しかし公共の端末では、途中で中断して放置する場合などを考慮して、操作を始めた人と操作を終えた人が同一人物であることを確認する必要があるわけです。

デジタル庁では、今回の問題を受けた対策として、口座登録の開始時だけでなく完了時にもマイナンバーカードの読み取りを求めることで、誤登録を防ぐというシステム改修を発表しています(追記:6月23日に改修が終わり、運用開始したと発表されました)。

支援端末の専用バージョンを作るとか、人員を常時張り付けるなどの対策をしていれば誤登録を減らせた可能性はあるものの、本質的には「誰一人取り残さない」ためにどこまでコスト負担を許容できるのか、という議論になるかと思います。

次に、家族名義の口座を登録したという13万件はどうでしょうか。これは子どもの公金受取口座として、家族の口座を登録したようなケースが考えられます。

マイナポータルの画面には「本人の口座のみ登録できる」との説明書きがあるものの、5400万件もの登録がある中で、これを見逃したか、意図的にルールに反して登録する人がいたのでしょう。

ただ、仮にルールに従って子ども名義の口座を登録したとしても、その口座を親が代理で管理している場合、給付金を受け取るのは結局は親ということになります。

そのため、この数字にこだわってもあまり意味はないのではないかと考えます。

口座情報の登録画面(マイナポータルのWebサイトより)
口座情報の登録画面(マイナポータルのWebサイトより)

氏名や住所のデジタル処理 AI活用には期待

こうした経緯を踏まえて、公金受取口座の登録時に本人名義の口座かどうか照合すべきという指摘もありますが、これが難しいことは別の記事で取り上げました。

デジタル庁の発表では、「漢字氏名」と「(口座名義人の)カナ氏名」を照合できないことが根本課題であると説明されています。

今回の問題を受け、AIなどを用いて漢字氏名とカナ氏名とを照合可能な検知モデルを開発するとのことですが、AIでも100%の照合は難しそうです。

いわゆるキラキラネームだけでなく、名字由来.netによれば「鈴木」という名字には「すずき・すすぎ・すすき・すずぎ」という4通りの読みがあるそうです。どれが正しい読みなのかは本人にしか分かりません。

また、名前の呼び方は本人が選べるものではないので、珍しい読み方の人が不利益を被ることがあってはなりません。そこでいったんは登録を受け付けて、個別に確認をしていく仕組みにせざるを得ないでしょう。

現時点では住民票に読み仮名が入っている自治体もあるとされていますが、これは便宜的なもので、戸籍や住民票に公的な読み仮名はありません。

この点については戸籍に読み仮名を入れる法改正がようやく実現したので、この施行を待って自動照合を実現すると発表されています。スケジュール的には2025年ごろになるようです。

氏名のフリガナを文字列一致で比較する場合、フリガナで同姓同名になる別人の口座とどうやって見分けるのかという問題はありますが、このあたりは追って検討されるでしょう。

河野太郎デジタル大臣は、デジタル化に向けて残った課題として、いまSNSでも話題になっている「住所の表記揺れ」問題を挙げています。これについて法改正は見込めないことから、AIの活用を含めて模索することになりそうです。

このように、社会のデジタル化においては今までいい加減に運営されてきた制度に向き合っていく必要があり、控えめに言っても今後数年は似たような問題が続く可能性があると筆者は考えています。

ITジャーナリスト

(やまぐち けんた)1979年生まれ。10年間のプログラマー経験を経て、フリーランスのITジャーナリストとして2012年に独立。主な執筆媒体は日経クロステック(xTECH)、ASCII.jpなど。取材を兼ねて欧州方面によく出かけます。

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