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中国またも敗退!モルディブを失い「一帯一路」は崩壊過程に!ここで北京の甘言に乗ってはいけない。

山田順作家、ジャーナリスト
東方経済フォーラムでの安倍首相と習近平主席、プーチン大統領(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

■選挙結果をインドもアメリカも大歓迎

「これで、またモルディブに行ける」と胸を撫で下ろした人も多いと思う。さる9月23日、「インド洋の楽園」で行われた大統領選は、野党連合のイブラヒム・モハメド・ソリ氏が、2期目を目指す現職アブドラ・ヤミーン氏を破って当選した。

 この結果に不満タラタラなヤミーン氏は抗議行動を繰り返したが、選挙管理委員会の結果発表が出て、敗北を受け入れざるをえなくなった。となると、この5年間、中国からのカネで汚染されてきた楽園に平和が戻ってくることになる。

 

 新大統領になったソリ氏は「(モルディブに)平和な瞬間、希望の瞬間が訪れた」と勝利宣言し、インド政府は「民主主義の勝利」とのコメントを発表。また、選挙の不正を懸念していたアメリカも、新政権誕生を歓迎する声明を発表した。

■まさかの結果に慌てふためいた北京

 前回記事『どうなる? 「中国人の楽園」と化したアイランドリゾート、モルディブの「悪夢」は続くのか?』で書いたように、ヤミーン前大統領は、2013年に就任後、腐敗政治家がよくやるパターンで、巨額の中国マネーを引き入れては私腹を肥やしてきた。そのため、モルディブでは次々と巨大なインフラ建設が始まった。

『どうなる? 「中国人の楽園」と化したアイランドリゾート、モルディブの「悪夢」は続くのか?』

https://news.yahoo.co.jp/byline/yamadajun/20180911-00096389/

 その目玉が、首都マレと空港島を結ぶ全長2キロの「中国モルディブ友誼大橋」の建設。さらに、空港島の北側にある人工のフルマーレ島では7000戸の住宅団地が造成され、アッドゥ環礁では雑木林を伐採して260戸の集合住宅の造成が進んだ。

 いずれも、中国の金融機関が融資し、中国の建設会社が建設し、中国人労働者が現場の仕事を行うプロジェクトだった。その結果、モルディブは中国人であふれ、観光客も中国人が主流となって、まさに「中国人の楽園」と化したのである。

 

 当然だが、今回の選挙結果に慌てふためいたのが北京である。なにしろ、この8月30日、「中国モルディブ友誼大橋」が完成し、盛大なレセプションを行なったばかりだったからだ。

 9月25日、中国外務省の耿爽報道官は、「モルディブ国民の選択を尊重する」とタテマエを述べたうえで、新政権に対して「政策の継続と安定を保ち、現地の中国企業のために良好なビジネス環境をつくり出すよう望む」と釘を刺した。

 しかし、ソリ新大統領は、すでに新たな中国人労働者のビザ発行を停止する命令を出しており、「脱中国」に大きく舵を切った。

■借金のカタに港を奪われたスリランカ

 モルディブの親中政権の崩壊は、今後、中国の「一帯一路」構想に、重大な影響を与える可能性がある。すでに、崩壊過程に入ったと思える「一帯一路」から、今後も多くの国が離反していくだろう。

 「一帯一路」構想は、2013年に、習近平主席自らが最重要国家戦略として打ち出した。陸と海のシルクロードを中国主導で整備し、周辺国と「ウイン・ウイン」で経済発展を図るという壮大な構想だった。そのため、中国はAIIBという国際金融機関までつくり、世界各国に参加を呼びかけた。

 しかし、この構想に参加するとどうなるかは、すぐに判明した。それは、「一帯一路」構想発表以前から中国に大接近し、中国マネーにインフラ整備を託したスリランカが、国家債務を膨らませて、あっけなくパンクしてしまったからだ。

 スリランカは2015年まで10年間続いたラージャパクサ政権が、中国マネーでハンバントタ港とラージャパクサ国際空港をつくった。いずれも、大統領の地元への利益誘導だったため、債務返済の目処が立たなくなると、中国は港を借金のカタに取り上げた。国際空港のほうも、世界で唯一、国際線の発着がない空港と化して、現在にいたっている。

■次々と頓挫し始めた中国のインフラ建設

 このように、中国が各国に持ちかけたインフラ建設は、その後、次々に破綻している。「一帯一路」構想は「ウイン・ウイン」などではなく、中国の覇権拡大戦略にすぎないことがバレたうえ、その進め方があまりに強引で杜撰だったからだ。

 その顕著な例が、日本から技術をパクったとされる高速鉄道の建設である。

 中国による本格的な高速鉄道輸出の第1弾として、日本と受注を争ったインドネシア新幹線・ジャカルタ─バンドン鉄道は、2016年に着工式をしただけで、いまだに開通の目処が立っていない。同じく、タイ新幹線も、日本と争って受注したが、いつ着工されるのかもわからない状態になっている。これは、タイ政府が日中を天秤にかけたせいもあるが、中国の計画のいい加減さが大きく影響している。

 ともかく中国は、「一帯一路」構想を発表してから、なりふり構わずにインフラ建設を持ちかけてきた。パキスタンでは、インダス川流域のディアメル・バハシャダム建設に、140億ドルの資金提供を申し出た。しかし、インダス川の水源を抑えられることを恐れたパキスタンはこれを拒否した。

 パキスタンはこれまで、中国パキスタン経済回廊(CPEC)を通じて、620億ドルという巨額の中国マネーを受け入れたため、債務返済に苦しんでいる。すでに、中国のインド洋進出の拠点としてグワダル港を租借権で押えられてしまった。

 そんななか、この8月に元クリケット選手のイムラン・カーン氏が新首相になり、親中国路線の転換が注目されている。

 ダム建設といえば、ネパールも中国から持ちかけられた25億ドルの水力発電事業を、合弁先の中国企業が信用できないとして事業を取り消している。

 

■マレーシアの政権交代がターニングポイントに

 この5月に、マレーシアでマハティール・ビン・モハマド氏が首相に返り咲くと、「一帯一路」の崩壊はよりはっきりするようになった。

 マハティール氏は、就任するやいなや、ナジブ・ラザク前首相の親中国政策を次々とひっくり返した。まず、日本と中国が争ってきたクアランプールとシンガポールを結ぶマレー新幹線(2026年開業予定)の建設を中止した。さらに、中国企業によってすでに着工済みの東海岸鉄道も見直すことを発表した。

 ナジブ前首相の中国マネー漬けは、スリランカ以上にひどかった。この前首相は、ユネスコからジオパークに指定された南国リゾート、ランカウイ島を中国資本に売り渡してしまっていたのだ。

 そのため、ランカウイ島では中国の大連万達集団(ワンダ・グループ)により、自然を破壊した超高層高級マンション2棟と5つ星のラグジュアリーホテルの建設が進んでいる。マハティール氏は、これも見直すと表明した。

 中国マネーによるインフラ建設の極め付けは、シンガポールに隣接するジョホールバルに人口300万人規模のメガシティを建設する「イスカンダル計画」である。イスカンダル計画の目玉の「フォレスト・シティ」には、中国から華人60万人が移住する計画になっていた。

 もちろん、マハティール氏は、このイスカンダル計画の見直しも表明した。

 

 今回のモルディブの政権交代は、こうしたマレーシアの動きに刺激されたものと言えるだろう。これ以上、中国と付き合うと、国を乗っ取られてしまうという危機意識の現れだ。

■米中貿易戦争は世界覇権戦争である

 お人好しの欧米メディアが「一帯一路」の危険さを認識したのは、今年になってからである。トランプが中国に対する制裁関税を表明したのと合わせるように、中国に対する批判的論調が目立つようになった。「一帯一路」はじつは拡張政策であり、「中国の植民地政策にすぎない」という趣旨の記事が出るようになった。

 「一帯一路」は21世紀のシルクロードではなく「デット(債務)ロード」であることが、彼らにもようやくわかってきたのである。

 それとともに、トランプ大統領が始めた「貿易戦争」がじつは「覇権戦争」であるということも、共通認識になっていった。アメリカは、アメリカが持つ世界覇権に挑戦してきた中国を叩き潰そうとしているのである。

 となると、「一帯一路」は早晩立ちいかなくなる。南シナ海を首尾よく自分の海にしたような真似は、もう許されない。

 

 いまや、トランプの制裁関税によって、中国は窮地に立たされている。しかし、それを認めるわけにはいかないから、習近平“皇帝”はメンツにかけて報復関税で応酬している。

 しかし、北京の内情は、火の車である。

 最近は、中国国内からも、「一帯一路」を批判する声が上がっている。計画では中国は外貨準備3兆ドルの約半分を「一帯一路」をつぎ込むことになっている。それが焦げ付いたらどうするのかというのだ。「一帯一路」によって中国は中央アジアや東南アジア、そしてアフリカの国々のATMになっているだけではないかという声も上がっている。

■日本抱き込み路線に転換した中国

 ところが、こんな窮地にある中国と、友好関係を再構築しようというのが、安倍政権と日本の財界である。すでに安倍首相が、日中平和友好条約締結40周年の記念日、10月23日を目処に訪中することが決まっている。

 その地ならしに、8月末に北京で財務相対話が開催され、2013年に失効していた日中通貨スワップ協定の再開に大枠合意している。

 さらに、この9月10日からウラジオストクで行われた「東方経済フォーラム」で、安倍首相と習近平主席は会談し、その後、習近平主席のこんな言葉に、安倍首相はうなずいている。

「(中国と日本)双方は多国間主義と自由貿易体制、そしてWTOのルールを守り、開放型の世界経済づくりを推し進めるべきだ」

 これでは、日本と中国は自由貿易を守る仲間で、制裁関税を振り回すトランプのアメリカが自由貿易の破壊者のように見えてしまう。

 

 中国高官は、李克強首相以下みな、今日まで「自由貿易を守る」と言い続けてきた。しかし、習近平だけはこの言葉を使わなかった。

 なぜなら、中国は自由貿易などしていないからだ。資本移動も禁止され、外資参入には厳しい条件があり、おまけに人民元は「国際通貨」と言いながらいまだに変動相場制に移行していない。したがって、「自由貿易を守る」とトップが言えば、大幅な規制緩和をしなければならなくなる。そうなると、北京は経済をコントロールできなくなり、一党独裁が崩壊してしまう。

 しかし、背に腹は代えられない。習近平は「自由貿易発言」をすることで、日本の抱き込みに入ったと言えるだろう。まさかとは思うが、こんな状況で、北京で安倍首相が「一帯一路」への日本の参加を表明したらどなるだろうか?

 それこそ、中国の思う壺であろう。

■北京政府の甘言に乗るのは危険

 トランプの制裁関税第3弾は、関税率10%で実施された。ところが、中国がすぐに報復したため、2019年1月以降は25%に引き上げられるのが確実になった。さらにトランプは、第4弾として2600億ドルを用意していると表明しているので、今後、米中が協議を通じて事態を打開することはありえない。覇権戦争はずっと続く。

 問題は、中国がどこで音を上げて、覇権挑戦を諦めるかである。

 いずれにしても日本は、こうした状況の推移を注視しながら、次の手を打っていかねばならない。こんな状況で、アメリカの言うことをすべて聞きつつ、中国とも仲良くやっていくなどという選択はない。

 日本は、曲がりなりにも資本主義国家、民主体制なのだから、中国の「自由貿易体制を守る」と言うおこがましさを許容してはならない。そこまで言うなら、資本を自由化しろ、人民元を変動相場制にしろと、安倍首相は習近平に言わねばならない。

 もはや、この状況では、安倍首相の「世界中とお友達路線」は成り立たない。日中友好は口だけにして、アメリカとともに、中国の力を削ぐことを真剣に検討・実施すべきだろう。日中友好は国民レベルの話であり、北京政府と実現させても意味はない。

 安倍政権が北京の甘言に乗らないことを、切に願う。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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