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どうなる? 「中国人の楽園」と化したアイランドリゾート、モルディブの「悪夢」は続くのか?

山田順作家、ジャーナリスト
左が今度の大統領選挙に出馬するソリ氏。右がナシード前大統領(写真:ロイター/アフロ)

■いまどきモルディブに行く芸能人

 先月、『文春砲』が嵐の二宮和也とフリーの伊藤綾子アナの“婚前旅行”をスクープしたときは本当に驚いた。それは、行き先がモルディブだったからだ。いまだに、ここに行く日本人がいるのかと、正直、がっかりもした。

 モルディブは、インド洋の島国。26の環礁と約1200の島々から成り、「1アイランド1リゾート」という独自のスタイルで、世界中から多くの観光客を惹きつけてきた。真っ青な空と、その下に広がるエメラルドグリーンの海。その海の上にポツンと立つコテージに滞在することは、ハネムーナーの憧れだった。

 

 しかし、それは過去の話。いまも、日本の旅行ガイドブックには、モルディブは「楽園リゾート」と書いてあるが、信じてはいけない。楽園は楽園かもしれないが、「中国人の楽園」なのである。

 モルディブには、年間約130万人が訪れる。ダントツの第1位が中国人で、30〜40万人が中国本土からやってくる。つまり、少なくとも観光客の4人に1人が中国人である。

 

 これがどんなことかというと、首都マレの空港に着くと、そこは中国からのツアー客だらけ、中国語が飛び交う。マレの街を歩けば、目に着くのは簡体字の看板で、どの人間も必ず「ニーハオ」と声をかけてくる。

 首都の喧騒を逃れ、島のリゾートに行っても、オールインクルーシブのようなところは、メインダイニングでの朝食をとるとなると、中は中国人だらけ。バフェット形式なら、列に並ぶと割り込まれるし、食べ物はあっという間になくなる。プールサイドのパラソルとデッキは全部取られるし、たとえ確保できても、周囲から大声の中国語が聞こえてきて、とてもリゾート気分なんて味わえない。

 それで、ビーチに行けば、吸い殻を平気で捨て、大声で騒いでいる中国人グループがいる、というようなことである。

■リゾートでの過ごし方を知らない中国人

 中国人という全体カテゴリーで、彼らの悪口は書きたくないが、正直、いまの中国人観光客ほどリゾートにふさわしくない人々はいない。

 数年前、オーストラリアのケアンズでグリーンアイランド行きの船を家族で待っていたとき、大型観光バスが止まり、中国人の一団が下りてきた。見ると、男たちはサラリーマン風のグレーのズボンに黒ベルト、白ポロシャツで革靴。ビデオカメラを肩から下げていた。「なんだ、見物に来ただけか」と思ったら、なんとその一団は、私たちといっしょの船に乗り込んだ。

 グリーンアイランドはグレートバリアリーフに浮かぶサンゴ礁の島。白いビーチが広がり、エメラルドグリーンの海ではマリンアクティビティが楽しめる。しかし、彼らはその格好で島中を歩き回り、ビデオカメラを回していた。

 

 ハワイでもかつて、同じような経験をしたことがある。中国人はリゾートファッションを知らない。リゾートでの過ごし方を知らない。ワイキキのビーチで家族でのんびり寝ていると、集団でやってきて写真を撮りまくり、砂をかけられた。彼らはいまだに団体旅行が中心だから、団体で傍若無人に行動する。ビーチはたちまち荒らされてしまうのだ。

 タイのプーケットでは、ビーチで即席の麻雀台をつくり、チー、ポン、ロンをやっていた中国人の一団を見た。私は鎌倉育ちだから、若い頃、仲間と由比ヶ浜のビーチで麻雀をやったことがある。しかし、それは何十年も前の話、しかも自分の国だ。

 パラオでは、中国人ダイバーがサンゴ礁を取っていくので、ダイビンググローブが禁止になったことがある。素手だと痛くて取れないからだという。

■中国マネーによるインフラ整備の罠

 

 モルディブの「悪夢」は、2013年にアブドゥラ・ヤミーン大統領が誕生して始まった。それまでのモルディブは、かつて英国の植民地だったこともあり、インドの保護国のようになっていて、欧米、日本からの観光客を集め、その観光収入と漁業で住民が生計を立てていた。

 ところが、ヤミーン大統領は、中国に大接近し、インフラの整備を始めたのである。2014年、就任間もない習近平主席は、「一帯一路」構想を掲げ、モルディブを訪問。この訪問と前後して、3つの巨大プロジェクトが立ち上がった。

 首都マレと空港島を結ぶ全長2キロの橋。これは「中国モルディブ友誼大橋」と名付けられた。空港島の北側にある人工のフルマーレ島では、7000戸の住宅団地の造成。これは中国商工銀行が融資した。さらに、アッドゥ環礁の雑木林を伐採し、260戸の集合住宅が造成されることになった。

 こうして中国から大勢の労働者と観光客がやってきた。マレの街には中華料理店や中国人向けの宿泊施設が雨後の筍のように増えた。

 中国人観光客はノービザでモルディブに入り、首都マレで中国人向けのホテルに一泊して、翌朝、目的のリゾート島に向かう。これが、定番コースになった。

■生かされなかったスリランカの教訓

 中国から借金してインフラ整備を行うとどうなるかは、先例がある。借金漬けにされたうえ、金利が払えないと、インフラを取り上げられてしまうのだ。

 ところが、腐敗政治家は、中国マネーの一部が自分のポケットに入るので、これをやめられない。まさに、スリランカは、これで港湾施設を失い、いま、国際空港まで取られようとしている。

 

 スリランカは2015年まで10年間続いたラージャパクサ政権が、中国マネーでハンバントタ港とラージャパクサ国際空港をつくった。いずれも、ラージャパクサ大統領の地元だった。しかし、ハンバントタ港は債務返済の目処がたたず、中国企業に99年間貸し出されることになった。借金のカタに取られたのである。

 また、ラージャパクサ国際空港は第2国際空港としてオープンしたが、乗り入れた航空会社がすべて撤退し、いまでは国際便が1便も飛んでいない世界唯一の国際空港になった。当然、債務が返済できるわけがない。こちらもいずれ、中国のものになるのは確実だ。

 スリランカの教訓は生かされず、いまやモルディブは完全にスリランカ化した。中国による3つのプロジェクトに対する借款がモルディブの国家債務の80%近くに達し、国家財政は破綻寸前に追い込まれた。

■ヤミーン政権による反対派の弾圧

 この9月、ヤミーン大統領の5年の任期が切れる。それで、23日に大統領選挙が行われることになっている。しかし、この選挙が公正に行われる保証はない。なぜなら、これまでヤミーン政権は、民主的な手続きを無視し、反対派を徹底的に弾圧してきたからだ。

 今年2月には、ヤミーン大統領の就任後に野党政治家に下された反テロ法違反の有罪判決が「政治的動機」に基づいていたとして最高裁が破棄した。しかし、その直後に非常事態が宣言され、最高裁長官と野党政治家や支持者らが拘束された。

 反対派の中心にいたのは、前大統領でモルディブ民主党(MDP)総裁のモハメド・ナシード氏だが、度重なる弾圧で、この5月に英国に亡命してしまった。ナシード氏は、大統領選への立候補を表明していたが、ヤミーン政権に資格なしとされ、MDPは仕方なくベテラン政治家のイブラヒム・モハメド・ソリ氏を擁立した。

 現在の注目は、はたして大統領選挙がちゃんと行われるかどうか。『First Post』(インドのメディア)に載った記事によると、欧州のシンクタンクの「SDAF」などは、国際的な選挙監視団が入らないと、大統領選挙は公正な選挙が行われる公算は低く、ヤミーン政権が警察、軍、カネを使って選挙を操作するのは確実と警告しているという。また、同じく米『ブルッキング研究所』も「Maldives, a brewing crisis in paradise」(楽園に広がりつつある危機)という警告のコメンタリー記事を出している。

■アメリカ政府の警告に激しく反発

 そんななか、この8月30日、「中国モルディブ友誼大橋」が開通し、その開通式が行われた。挨拶に立ったヤミーン大統領は、「海を渡る橋を持つというモルディブ国民の100年の夢を実現させてくれた中国に心から感謝する。モルディブは中国とともに、『一帯一路』の建設に尽力し、発展や繁栄をシェアしたい」と述べた。

 もちろん、この式典に、インド、スリランカ、バングラデシュは欠席した。

 

 事態を憂慮したアメリカ政府は、9月7日、ナウアート報道官が、「アメリカは、投票を前にして“民主主義の後退”が続くのを憂慮する」というステートメントを出した。そうして、「不当に逮捕されている政治犯を釈放せよ」と要求。さらに、選挙が自由でかつ公正に行われなかったら、可能な制裁措置を取る」と警告した。

 しかし、デリー発の『ロイター』記事によると、翌8日、モルディブ政府は、「アメリカの脅かしには屈しない」と、激しく反発したという。

 はたして、大統領選挙はどうなるのか?このままでは、モルディブの「悪夢=中国人の天国」が続いていくのは、間違いなさそうだ。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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