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憲法審査会の議論は虚しく不毛。憲法改正だけでは日本は100年たっても独立できない!

山田順作家、ジャーナリスト
「米国は独りではない」と議会スピーチ(写真:ロイター/アフロ)

■衆議院憲法審査会の議論は平行線

 毎年、5月3日の「憲法記念日」に前にして、憲法論議が盛り上がる。今年は、岸田文雄首相が自民党の”悲願”である「改憲」の発議を総裁任期中にすると広言してきたため、例年以上に注目されている。

 しかし、衆議院の憲法審査会の議論は、相変わらず平行線で進展がない。

 4月18日の憲法審査会では、自民党などの与党・改憲側が「論点は出尽くしている。速やかに憲法改正の条文案の起草作業に入るべきだ」(加藤勝信・前厚生労働大臣)と主張したのに対して、立憲民主党など野党・護憲側は反対している。

 立憲民主は「論点は多岐にわたるので、まだ数年単位の議論が必要」(奥野総一郎・議員)と尊重論を展開、共産党は「そもそも裏金議員に憲法を審査する資格はない」としたうえで、「改憲は自衛隊を米軍指揮下に組み込み、米軍の手足となって海外で戦争することになる」(赤嶺政賢・議員)と、強く反対した。

 改憲発議に賛成なのは、自民、公明、維新、国民民主など4党1会派で、反対なのは立憲、共産など。この図式はまったく変わらない。

■9月をめどの「改憲」発議と首相訪米

 岸田文雄首相は、故・安倍晋三元首相の意思を受け継ぎ、「改憲」を政権公約としてきた。したがって、「改憲発議ができなければ、岸田政権は終わりになる」という自民党幹部もいる。

 岸田首相が改憲を急ぎたいのは、自民党の“悲願”であることはもちろんのこと、もう一つ、差し迫った現実的な理由がある。それは、先日、国賓待遇で招かれ、バイデン大統領との首脳会談、連邦議会スピーチなどで、日米関係を「かつてなく強固な信頼関係に基づくグローバル・パートナー」と強調したことだ。

 なんと、連邦議会スピーチでは「米国は独りではない」と述べた。これは、日米同盟が「日米安保条約」(Japan-U.S. Security Treaty)が規定する“片務”ではなく、双務的な軍事同盟であることを意味している。つまり、日本はアメリカとともに戦うと言っているのだ。

 となると、現行憲法の規定を超えてしまう。つまり、第九条の改訂をしなければ、「米国は独りではない」はリップサービスになってしまうのである。

■盛り上がる右派言論「軍の保持を認めよ」

 岸田首相の改憲に対する姿勢を受け、保守(右派)言論は、盛り上がっている。とくに、今回の訪米に際して、改憲要求がいっそう強くなった。

 たとえば、八木秀次・麗澤大学国際学部教授は、こう言っている。

《「グローバル・パートナー」と称した以上、集団的自衛権の行使に限定があってはならない。中国・ロシア・北朝鮮などの権威主義国家に対し自由社会を守るために同盟国・同志国と連携しなければならない。国内事情を理由に集団的自衛権の行使をためらうことは許されない。そのためにはフルスペックでの行使を可能とする憲法改正が求められる。》(ZAKZAKのコラム 4月20日)

 また、右派言論の中核、産経新聞は社説(4月8日)でこう述べている。

《自民は立民による事実上の審議拒否を許してはならない。立民の抵抗に引きずられるのではなく、政権与党として議論を前に進めていく責任がある。今後、立民が再び審議を拒めば、同党抜きで開催すればよい。》

《憲法改正に国防規定がないことも深刻に受け止め、軍の保持を認めるべきである。自民や維新は第九条への自衛隊明記を主張している。これだけでは本来不十分だが、第一段階の改正としては意義がある。》

■国際法である「SF条約」は憲法より上

 これまで、改憲派(=右派)、護憲派(=左派)との平行線議論を嫌と言うほど聞かされてきた。その度に思うのは、この論議の虚しさである。

 なぜ、虚しいと思うのか? それは、改憲派、護憲派ともに、厳然たる一つの事実への認識が足りないからだ。この事実がある限り、たとえ憲法を変えようと守ろうと、日本という国のかたちは変えようがない。

 厳然たる一つの事実というのは、1951年に日本と連合国48カ国の間で結ばれた、第2次世界大戦による法的な戦争状態を終わらせるための「日本国との平和条約」(Treaty of Peace with Japan)、通称「サンフランシスコ平和条約」(SF平和条約)であり、この条約では日本の“真の独立”は認められていないということである。

 SF平和条約というのは国際条約であり、国内法である憲法より上位にくるからだ。

 つまり、改憲派が目指す「九条改正」による自衛隊の国軍化、それによるアメリカとの対等な関係、さらに言えば「独立国家としての日本」は、憲法改正だけでは実現しない。 

 また、護憲派が守りたい「平和憲法」による日本の平和と独立というのは、まったくの“絵空事”である。 

■「第九条」はアメリカの平和のためのもの

 占領下の日本でGHQがたった9日間でつくった日本国憲法は、第九条で次のように戦争の放棄をうたっている。

[日本国憲法第九条]

 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、1国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は 武力の行使は、2国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

②3前項の目的を達するため、陸海空軍その他の4戦力は、これを保持しない。 国の交戦権は、これを認めない。

これは、どう読んでも、日本の武装解除を正当化したものであり、主権の放棄である。交戦権は国家主権の重要な一部であり、それを放棄するというのだから、日本は独立国家たり得ない。

 そして、戦争放棄を明言するということは、もう2度とアメリカとは戦いませんということと同義だから、「平和憲法」が目的としたのは、日本の平和ではなくアメリカの平和である。

 アメリカは、こうして日本を戦争ができない国にしたが、それでは日本は自分自身で守れなくなる。そのため、SF平和条約を結ぶと同時に日米安保を結んだのである。これで、日本の“真の独立”は完全になくなった。この状況は、いまも続いている。

■バイデン大統領の“憲法発言”の意味すること

 2016年8月15日、当時オバマ政権の副大統領だったバイデン現大統領は、ペンシルベニア州スクラントンで行った民主党大統領候補ヒラリー・クリントンの応援演説のなかで、「日本国憲法は私たちが書いた」と発言した。

 これは、共和党の大統領候補トランプを批判する際に飛び出したものだが、日本のメディアはいっせいに報道した。

 たとえば、『読売新聞』(2016年8月16日)は、《米政府高官が公の場で「我々が書いた」と表現するのは極めて異例だ》と書いた。しかし、これは驚くような話でもなければ、異例でもない。普通に教育を受けたアメリカ人の常識だからだ。

 では、当時、バイデンはなんと言ったのだろうか?

 “Does he not realize we wrote the Japanese constitution so they could not own a nuclear weapon? Where was he in school? Someone who lacks this judgment cannot be trusted.”

 《核兵器を持てないよう私たちが日本の憲法を書いたことを、彼(トランプ)は知らないのではないか。彼は学校で習わなかったのか。判断力に欠けた人間は信用できない》

 アメリカの学校でよく使われている歴史の教科書『The American Pageant』では、日本国憲法は「マッカーサーが口述筆記させた憲法」“A MacArthur-dictated Constitutionと書かれている。

■SF平和条約に日本語の正文が存在しない

 SF平和条約と日米安保が、日本国憲法の延長線上に結ばれたのは言うまでもない。

 SF平和条約が特異なのは、日本とアメリカを中心とする多くの連合国との間に結ばれたのに、日本語の正文が存在しないことだ。いま、私たちがSF平和条約として読んでいるのは、日本語の訳文であって正文ではない。

 正文は、フランス語、スペイン語の3言語で書かれたものだけである。

 英語正文には、次のように書かれている。

 “DONE at the city of San Francisco this eighth day of September 1951, in the English, French, and Spanish languages, all being equally authentic, and in the Japanese language.”

 この記述から読み取れるのは、英語、フランス後、スペイン語が“equally authentic”(等しく正式)であり、日本語文は付け足しとしてつくったということだ。

■SF平和条約も憲法と同じく武力放棄を規定

 すでに私は、自著『永久属国論』やこの「Yahoo!ニュース」への寄稿などで、何度もこのことを指摘してきた。日本語正文がないということは、日本は独立国家ではないということである。

 じつは、SF平和条約というのは、敗戦国の日本に日本人による「自治権」(administrative rights)と「施政権」(administrative rights )を認めたものに過ぎず、完全な「主権」(sovereignty)は認めていない。

 なぜなら、SF条約の第5条(a)の(i)(ii)は、日本国憲法と同じように、日本の武力行使を認めていないからだ。

《(i) to settle its international disputes by peaceful means in such a manner that international peace and security, and justice, are not endangered;》

(その国際紛争を、平和的手段によって国際の平和及び安全並びに正義を危うくしないように解決すること。)

《(ii) to refrain in its international relations from the threat or use of force against the territorial integrity or political independence of any State or in any other manner inconsistent with the Purposes of the United Nations;》

(その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使は、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎むこと。)

■日本の教科書にある「日本独立」は間違い

 SF平和条約は、アメリカの意向によるアメリカとそれに従う国々による「日本との講話」であって、参加しなかった国も多かった。

 まず、毛沢東の中華人民共和国と蒋介石の中華民国のどちらが日本と交戦した当事国とするかで米英の意見が分かれ、中国共産党政権は参加しなかった。

 参加したのは52カ国(日本を含む)だが、ソ連、ポーランド、チェコスロバキアは参加したものの条約には調印せず、インド、ビルマ、ユーゴスラビアは出席を拒否した。

 つまり、サンフランシスコ平和条約は、ホンモノの「平和条約」(peace treaty)とは言い難いうえに、日本の“真の独立”を承認していない。

 したがって、日本の教科書の記述「(SF条約により)日本は独立を回復した」は間違いである。

■右派も左派も心情は同じ「独立したい」

 このように見てくれば、いまの憲法論議がいかに虚しいか、非現実的かがわかると思う。自民党中心の保守勢力は改憲して日本を「誇れる独立国家」にすることを切望している。故・安倍晋三首相はそう言い続けてきた。

 しかし、憲法改正による自主憲法の制定だけでは、それは達成できない。

 また、頑なに護憲を唱え、「平和憲法を守ろう」などと言っている左派は、思考回路が完全にお花畑だ。彼らは、常に米軍駐留に反対してきた。とくに共産党は、沖縄を中心に米軍基地反対運動を展開しながら、アメリカがつくった憲法を守れと言い続けてきた。

 この行動と主張の矛盾は、私の理解の範囲を超えている。

 ただ一つ理解できるのは、右派も左派も「アメリカから独立したい」としていることで、その心情は同じではないかということだ。

■世界に真の独立国家はどれくらいあるのか?

 世界のほぼどんな国も完全な「独立国家」などとは言えない。真の独立国家とは、すべてのことを自分の意思で決められる国のことだ。どこの国からも侵されない「主権」を確立している国のことだが、そんな国が世界のどこにあるだろうか?

 現在世界は、覇権国とその庇護による集団安全保障体制で成り立っている。「NATO」は、その代表例だ。覇権国とは、もちろんアメリカである。このアメリカ覇権の外にいるのが、中国、ロシアと、イランなどの反米諸国だ。

 覇権国の干渉を受けるか、あるいはその庇護の下にある国を「属国」(tributary state)と呼ぶが、日本はアメリカの完全な属国である。しかし、世界の多くの国がアメリカの属国である。英国だろうとドイツだろうと、アメリカの力なくしては、自国の平和と安全を保てないのだから、一刻も早く虚しい論争をやめるべきだ。

 そうして、いかにしたら日本の安全保障を確立できるのか、現実的な議論を行い、改憲なり日米安保の改定なりを行うべきだろう。そうしてさらに、SF平和条約の軛(くびき)から逃れる道を探るべきだ。SF平和条約の施行から72年たっても、いまだに「敗戦国」であるというのは、経済衰退しているだけに本当にきつい。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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