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裁量労働制拡大を擁護する平井文夫解説委員を解説してみる

渡辺輝人弁護士(京都弁護士会所属)
大胆な逃げ切り宣言をしながら解説する平井文夫氏(フジテレビのサイトより)

 安倍内閣が進める「働き方改革関連法案」のうち、焦点となっている裁量労働制の拡大は「定額働かせ放題」の拡大になると野党から批判されています。この点について、フジテレビ「ホウドウキョク」の平井文夫解説委員の2月23日の解説「日本は社会主義国か 結果を出さないサラリーマンはもういらない」が現状をある意味綺麗に説明しているように思えてので、これをさらに解説してみようと思います。なかなか味わい深いので、一度、ご覧になることをおすすめします。以下、引用している画像は「ホウドウキョク」の上記リンクの動画より抜粋したものです。

要旨

 平井氏の解説は、要旨、以下のことを述べていると思われます。

(1)裁量労働の時間が長いのか短いのかという問題で、与野党がもめており、へたすると実施が一年延びるかもしれない

(2)そもそも裁量労働は労働時間に関係なく給料が決まるのだから、労働時間の長さは関係ないはず

(3)捏造したとしか思えないデータを基に、安倍首相に答弁させた厚労省の罪は重い。そのことばかり延々批判している野党も、ひたすら安倍政権批判にすり替えている

(4)働き方改革は、働いた時間でなく結果で給料払いましょう、ただし働きすぎにならないようにしましょう、という改革

(5)日本は労働生産性が低いとされる。働かずに結果も出さない大企業の中高年サラリーマンの高い給料を減らし、やる気と能力があって結果を出す若者、ママさん、高齢者、にその分を払う。これはいい改革

(6)野党と労働組合と一部マスコミは、安倍政権憎しで働き方改革をつぶそうとしている。しかし、結果に関係なく、働いた時間で給料をもらえるというのは社会主義じゃないですか?

 以下、この項番号毎に検討します。

(1)裁量労働制の労働時間データ捏造と法案の遅滞について

 働き方改革関連法案はまだ国会に提出されていません。現在、野党が求めているのは、平井氏も述べる安倍内閣が法案提出の根拠とした労働時間データの捏造問題を取り上げて法案の国会提出を断念することなので、平井氏が、実施時期のずれを問題にするのは事実意識が現状とずれています。

それは法案が成立することが前提の議論ですね
それは法案が成立することが前提の議論ですね

 安倍政権による労働時間データの捏造については、法政大学の上西充子教授が書いた一連の論考が詳しいです。

(2)時間と関係なく給料が決まる裁量労働制

 これ自体は法案のうち「裁量労働制」の趣旨としては正しい認識と思われます。しかし、そのような制度が「定額働かせ放題」につながり、長時間労働をもたらす可能性が批判されているのです。安倍内閣による労働時間データの捏造も、裁量労働制が長時間労働をもたらすことを誤魔化そうとした故に問題になっています。

仕事が遅い人もいることを前提にしないと法制度は作れません
仕事が遅い人もいることを前提にしないと法制度は作れません

 そして、平井氏は(2)の発言の後に「平均すれば裁量労働の方が給料が良いのだから、労働時間も長いのだろう。」と述べており、労働時間と賃金を関連づける発言をしていることから、時間と関係なく給料が決まるという平井氏自身の直前の主張が崩壊してしまっています。これは、平井氏が、裁量労働制でなぜ長時間労働が懸念されているのか、その理由を分かっていない可能性も示唆します((4)を参照して下さい)。

言った途端に自説を崩壊させる平井氏
言った途端に自説を崩壊させる平井氏

 さらに、この点について、今国会の議論では、裁量労働制は最低賃金の労働者(低賃金労働者)でも導入可能であることが明らかになっています。問題なのは、そのような状況で、裁量労働制が適用される業務(労働者)を拡大してよいのかということなので、「裁量労働制の方が給料が良い」という平井氏の発言は先端の議論に追いつけていないように思われます。

(3)「悪いのは厚労省」について

行政府の長・安倍首相の責任を問わない平井氏
行政府の長・安倍首相の責任を問わない平井氏

 平井氏は、厚生労働省の責任をいう一方で、安倍首相の責任について何も言いません。しかし、データを捏造した厚労省が悪いのにその捏造データをもとに作られた法案を推進する安倍首相の非を問わない平井氏の論法はアクロバティックに過ぎないでしょうか。捏造されたデータに基づいて答弁したのは安倍首相であり、日頃「行政府の長」と自負する安倍首相の責任が重いのは当然です。一方、安倍首相が意味も分からずに答弁していたのなら、労働問題を扱う「行政府の長」としての資質が欠如しています。そもそも、「日本再興戦略」以降、首相官邸主導で、労働分野の“岩盤規制”に穴を開けると称し、安倍政権の目玉改革として登場した「働き方改革」関連法案について、安倍首相の責任を避けようとする評論は偏ったものといわざるを得ません。

(4)「時間ではなく成果」「ただし働きすぎない」について

 働き方改革関連法案に「働いた時間でなく成果で給料を払う」という条文はどこにもありません。看板に偽りがあります。裁量労働制を批判する側は、労働者が、業務量を調整できず、使用者から過重業務を担わされている現状があるのに、業務量に裁量がなく、仕事の進め方にだけ「裁量」を与えられる裁量労働制の問題点を指摘しています。

 この点については佐々木亮弁護士の論考「裁量労働制とはこういう制度」が非常に分かりやすいのでご参照下さい。

 後半の「働き過ぎの防止」については、現在、政府が「働き方改革」で推進している罰則付きの残業時間の上限規制は

ア 休日労働を含まない時間外労働の上限は年720時間

イ 休日労働を含み、2か月ないし6か月平均で80時間以内

ウ 休日労働を含み、単月で100時間未満

エ 月45時間の時間外労働を上回る回数は年6回まで

というものです。これだけ残業した末に、脳・心臓疾患で倒れたら、過労死認定される可能性が高いので、このような残業規制では過労死ラインを超えています。残業規制を導入するだけマシとも言えますが、過労死ライン超えの残業規制導入と引き換えに、過労死を促進しかねず、賃金額すら保障されない裁量労働制の拡大を計るのはバランスを失しています。

 さらに、労働現場の実情として、電通の過労自死事件で、在社時間が「自己研鑽時間」とされていたように、ヤミ残業をさせて、労働時間が適正に把握されていない問題があります。散々指摘されているのに「働き方改革」で使用者に労働時間適性把握義務を課そうとしない安倍政権の姿勢が大きな問題なのではないでしょうか。

平井氏自身がそこに該当する可能性はないのだろうか
平井氏自身がそこに該当する可能性はないのだろうか

(5)について

 裁量労働制の拡大と生産性の向上にどのような関係があるのか述べないまま、論証抜きで良い制度と述べるのは、論説の範疇を超えているように思います。

(6)「働いた時間で給料をもらえるというのは社会主義」について

 ここで、評論のタイトルとなった決め文句が出てくるのですが、現状、法律上も、特に月給制労働者については「働いた時間で給料を貰える」とはなっていないし、労働者に賃金査定があるのは常識です。時給制で働く学生アルバイトに至るまで査定がされています。平井氏は何をもって日本の賃金の現状を「社会主義」と言っているのでしょうか。もはや罵詈雑言の類といわねばなりません。

自己矛盾を晒して煽らないと擁護できない法案なのか

堂々の逃げ切り宣言
堂々の逃げ切り宣言

 平井氏は、「私は58歳 はっきり言って逃げ切り組」などと言いますが、マスコミの報道番組の解説委員を務めながら、事実関係や議論の経過すらふまえないで「社会主義!」などと連呼するのは「働かずに結果も出さない大企業の中高年サラリーマン」には該当しないのでしょうか。気になって仕方がありません。さらに翻って、このような自己矛盾を晒して煽る話をしないと擁護できない安倍政権の「定額働かせ放題」法案の本質を示していないでしょうか。

 やはり、安倍政権は、労働時間の上限規制を優先させ、「定額働かせ放題」法案を撤回すべきと考えます。

弁護士(京都弁護士会所属)

1978年生。日本労働弁護団常任幹事、自由法曹団常任幹事、京都脱原発弁護団事務局長。労働者側の労働事件・労災・過労死事件、行政相手の行政事件を手がけています。残業代計算用エクセル「給与第一」開発者。基本はマチ弁なので何でもこなせるゼネラリストを目指しています。著作に『新版 残業代請求の理論と実務』(2021年 旬報社)。

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