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求人広告と実際の労働条件が違うときの対処法

渡辺輝人弁護士(京都弁護士会所属)

 昨日来、インターネットの求人サイトに掲載された菓子製造工場の労働者募集広告に「月給35万~50万円(残業代を含む)」と記載があり勤務を始めたところ、試用期間(3か月間)は月給25万円とされ、勤務開始1か月後に会社から示された雇用契約書では「基本給16万~25万円」となっていた事案が話題になっています。

 この事案では、労働審判で会社側は、求人広告サイトの広告は「閲覧者を増やすためで、給与額を高く表示しただけに過ぎない」と述べたようですが、裁判所は、労働者に対して90万円を支払うべきむねの審判を出した、とのことです。

 この事例はより一般的に、求人広告の労働条件(1)、試用期間の労働条件(2)、入職時ではなく試用期間の途中や最後でサインさせられる労働契約書(労働条件通知書)の労働条件(3)が、徐々に下がっていく、という点が労働事件の実務ではしばしば見られる典型な事例なので、事例として一般的に捉え、労働者側の対処方法を検討します。

1 労働者募集広告は手元に残すべし

 まず、会社側が労働審判で主張したように、使用者側が「広告は書いただけでその条件通りとは限らない」という対応をしてくる事例はしばしばあります。応募しようと決めた企業の求人広告やハローワーク求人票は必ず手元に残しましょう。スクリーンショットでも構いません。あとあと、強力な証拠になります。筆者が担当した事件でも、労働者募集広告で総額表示していた賃金の一部が、入職後の労働条件通知書では固定残業代だとされた事例で、固定残業代を無効としました(大阪高判平成29年3月3日 労働判例1155号5頁 鳥伸事件)。

2 面接時には必ずメモを取り、可能ならしっかり確認すべし

 また、可能であれば、採用面接のときには上記の広告物を持参し、面接担当者の説明が広告等と異なる場合や曖昧である場合には、しっかり確認をした方がよいです。ただ、現実には、応募者が労働条件をしっかり確認をするだけで不採用にする企業も多いので現場での対応には限界があり、難しいところです。逆に言えば、基本的なことをしっかり確認することで不採用にする会社はいわゆるブラック企業である可能性が高いため、経済的に可能であれば、労働者側で企業を選別するための手段に使えます。

 この段階で、面接担当者が不誠実な説明をした場合は、経済的や時間的に可能であれば、その企業への就職自体を再検討すべきでしょう。

 また、いずれにせよ、面接担当者の説明内容は、詳細にメモを取りましょう。裁判例でも、労働者が面接時に交付された説明資料に説明内容を詳しく書き込んでいたのに固定残業代についてのメモ書きがなかったこともあいまって、裁判所が、賃金の一部は固定残業代だと説明した、という使用者側の主張を排斥し、労働者の勝訴となった事例があります(東京地判平成30年4月18日 労働判例1190号39頁 PMKメディカルラボほか1社事件)。一般的に、録音を取ることも、違法ではありません。

 さらに、面接で賃金、労働時間、職務内容等、雇用期間の労働条件が決まった段階で、労働条件通知書(労働基準法15条)を交付するように求めましょう。この書面は使用者に交付義務があるもので、「労働契約の締結に際し」、交付義務が発生します。この労働契約の締結とは、採用内定時のことを指します。逆に採用内定時(多くの事例では面接時)でこれらの労働条件が不明確な場合は、労務管理が不正常な企業だと思った方がよいでしょう。

3 入職後の対応

 入社前に「労働条件通知書」を交付せずに、入社後(場合によっては試用期間終了の頃)に「労働条件通知書兼労働契約書」と証する書面にサインを求め、この書面の内容が、求人広告や面接時の説明より切り下げられていたり、賃金の一部が後付けで固定残業代に置き換わったりする事例は多々あります。

 このような場合、可能であれば、サインをせずに一度持ち帰るべきです。そのような企業では、労働者に控えを交付しない場合(違法です)もありますので、可能であれば、控えを残す必要がありますし、などと言って、持ち帰るのが理想的です。

4 事後の対応

 たびたび「可能であれば」と書いた部分は、経済的な事情などで、そのような抵抗をできずに、不本意な内容の書面にサインさせられることが多いと思います。

 しかし、労働者募集の段階から、書類を残したり、メモを取っていたり、その他証拠が残されていた事例では、雇用期間の切り下げ(無期雇用の正規職員のはずが有期職員とされたもの京都地判平成29年3月30日 労働判例1164号44頁 福祉事業者A苑事件)、賃金額の切り下げ、賃金の固定残業代への置き換え、タクシー運転手に歩合給と説明していたものが後から残業代扱いになる事例(筆者が担当した大阪高判平成31年4月1日 労働判例1212号24頁 洛陽交運事件)などで、ときにサインした契約書すら無効とされて、労働者が多数勝訴しています。冒頭の事例は、入職後には、数年などかなり長い時間が経ってから、これらの証拠が身を助ける場合もあります。

 理論的には、採用内定時(多くは面接時)に、労働契約の内容は定まっており、その後に使用者が労働条件を不利益に変更するのは「労働条件の不利益変更」にあたり、多くの場合は違法とされるのです。

 特に、不本意ながら退職に至った後、本来だったらもらえるはずだった賃金を請求する事例や、固定残業代を無効として残業代を払わせる請求は、かなり、勝訴可能性が高いです。冒頭の事例は1年ほど後に退職しているようですが、もっと長期間(数年)経っても、無効なものは無効とされることが多いです。証拠をしっかり残し、弁護士や労働組合に相談しましょう。また、証拠が残っていなくても、後から収集できる場合も多々ありますので、まずは専門家に相談しましょう。

弁護士(京都弁護士会所属)

1978年生。日本労働弁護団常任幹事、自由法曹団常任幹事、京都脱原発弁護団事務局長。労働者側の労働事件・労災・過労死事件、行政相手の行政事件を手がけています。残業代計算用エクセル「給与第一」開発者。基本はマチ弁なので何でもこなせるゼネラリストを目指しています。著作に『新版 残業代請求の理論と実務』(2021年 旬報社)。

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