なぜ首相は裁量労働制の労働者の方が一般の労働者より労働時間が短い「かのような」データに言及したのか

(ペイレスイメージズ/アフロ)

<要旨>

●1月29日の衆議院予算委員会で長妻昭議員は、裁量労働制のもとで働き、過労死に追い込まれた事例を複数紹介した。これに対し安倍首相は、「厚生労働省の調査によれば、裁量労働制で働く方の労働時間の長さは、平均的な方で比べれば一般労働者よりも短いというデータもある」と答弁した。

●この「平均的な方で比べれば」について、データの出所である平成25年度労働時間等総合実態調査結果を確認したところ、裁量労働制で働く労働者と一般の労働者のそれぞれの労働時間の平均値の比較ではなかった。それぞれについて、「平均的な者」のみを取り出して、その労働時間の平均値を比べたものであった。裁量労働制では長時間労働に歯止めがなくなるという指摘に対して示すデータとしては、不適切である。

●裁量労働制の方が通常の労働時間制の労働者よりも長時間労働の者の割合が高く、平均で見ても労働時間が長いという傾向は、厚生労働省の要請に基づき労働政策研究・研修機構が実施した2013年の調査における労働時間の分布にはっきりと出ている。同調査では、労働時間の平均で見ても、通常の労働時間制の労働者で186.7時間であるのに対し、企画業務型裁量労働制では194.4時間、専門業務型裁量労働制では203.8時間と、長い。

●安倍首相がそのデータを参照するのではなく、平成25年度労働時間等総合実態調査から「平均的な者」のみを取り出して比較したデータをあえて紹介したことは、データを示すことによって反証ができたかのように装うものでしかない。そのような答弁は不誠実であり、さらに言えば、国民を欺くものだ。安倍首相に続いて同じデータに言及して答弁した加藤厚生労働大臣も同様である。

●さらに、1月30日の読売新聞社説と同30日の日本経済新聞の記事は、裁量労働制で働く者の労働時間が一般の労働者の労働時間よりも短いと安倍首相が答弁したかのように報じており、誤報と言える。報道機関は、不誠実な答弁については検証を行うべきだ。不誠実な答弁に追随して国民をさらに誤誘導することは、あってはならない。

裁量労働制のもとで働く労働者の過労死の事例に対し、データで反論したかのように装った安倍首相

 働き方改革関連法案に関する国会論戦が始まった。この法案(現在公開されているのは法案要綱のみ)は、時間外労働に罰則つき上限を設けるなどの規制強化を前面に出しつつも、高度プロフェッショナル制度の創設と裁量労働制の拡大という規制緩和を同時にねらう「抱き合わせ」法案であり、現在の野党の質疑では裁量労働制が長時間労働を助長するという問題が大きく取り上げられている。その中で、安倍首相と加藤厚生労働大臣の答弁において、データへの言及の仕方に大きな問題があった。

 1月29日の衆議院予算委員会では立憲民主党の長妻昭議員が、裁量労働制のもとで働き、過労死に追い込まれた事例や、あわや過労死、という状況に至った事例を複数、列挙した(議事録(速記録)はこちら。下記はその要約)。

●30代の女性。みなし労働時間は1日8時間だが、残業は長いときは月100時間。繁忙期は深夜1時ぐらいまで残業し、早朝は6時頃出社。昨年11月27日に編集プロダクションの会社で深夜に倒れる。息をしない状況、昏睡のような状態になり、深夜働いていた同僚が気づいて救急車を呼んで一命をとりとめた。

●47歳のアナリスト。残業は月40時間までとみなされていたが、発症前の1か月の残業は133時間。亡くなられた。

●大手印刷会社の男性。27歳で過労死。みなし労働時間は1日8.5時間だったが、メール(の記録か)では、1時過ぎに帰宅して、3時に就寝して、6時半に起床して、7時過ぎには出社。過労死。

●出版社のグラビア担当の編集者。入社2年目で過労死。

●機械大手の34歳で過労死された方。1日の労働時間は8時間とみなされたが、月の残業は100時間以上が多かった。

 そのうえで、全国過労死を考える家族の会の代表の方の声として

今でさえ裁量労働制で働く労働者の過労死、過労自殺が後を絶たない状況にもかかわらず、適用範囲をさらに拡大すれば、労働時間の歯止めがなくなり、過労死が更に増えることは目にみえています。

という指摘を紹介している。

 そして、労働法制を岩盤規制とみなして、ドリルで穴をあけなければならないという趣旨の発言を安倍首相がこれまでに行っていることを紹介し、そのような間違った労働法制観を改めていただきたいと長妻議員は求めた。しかし安倍首相は、規制緩和への意気込みを隠すことなく、こう語った。

その岩盤規制に穴をあけるには、やはり内閣総理大臣が先頭に立たなければ穴はあかないわけでありますから、その考え方を変えるつもりはありません。

 この発言自体も注目に値するのだが、今回とりあげたいのはこの発言ではなく、それに続く次の発言だ。

●立憲民主党・長妻昭議員に対する安倍首相の答弁(衆議院予算委員会2018年1月29日)

それと、厚生労働省の調査によれば、裁量労働制で働く方の労働時間の長さは、平均な、平均的な方で比べれば、一般労働者よりも短いというデータもあるということは、御紹介させていただきたいと思います。

 皆さんはこの答弁の内容を、どう理解されるだろうか。労働時間の平均で見れば、裁量労働制で働く者の方が、一般労働者よりも労働時間が短い、という趣旨の答弁と理解するのではないか。

 筆者もそのように聞き取った。しかし同時に、それはおかしいと思った。筆者が知る調査データは、逆の傾向を示しているからだ。

労働政策研究・研修機構の調査によれば、裁量労働制の労働者の方が長時間労働である

 よく知られている労働研究・研修機構の調査データによれば、裁量労働制のもとで働く労働者は、通常の労働時間制のもとで働く労働者に比べ、長時間労働の割合が高い結果になっている。具体的には下記のグラフが示す通りだ。

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 これは労働政策研究・研修機構、労働者を対象として2013年に行った大規模アンケート調査の、結果報告書に掲載されているものである(p.22)。下記に報告書の全文が公開されている。

裁量労働制等の労働時間制度に関する調査結果 労働者調査結果(調査シリーズ No.125)(2014年5月)

 労働政策研究・研修機構(略称JILPT)は、厚生労働省の管轄のもとにある独立行政法人であり、この調査は裁量労働制の実態をとらえるために、厚生労働省の要請に基づき行われた調査である。

 この調査報告書には、上記のグラフに対応するクロス表も公開されており(p.77)、それによれば1か月の実労働時間の平均は、専門業務型裁量労働制で203.8時間、企画業務型裁量労働制では194.4時間、通常の労働時間制で186.7時間となっている。つまりこの調査結果では、裁量労働制で働く労働者の方が通常の労働時間制のもとで働く労働者よりも、月あたりの実労働時間の平均で見ても、長くなっているのだ。

 なお、上記のグラフにある「厚労省抽出分」という注意書きは、専門業務型裁量労働制または企画業務型裁量労働制について届け出等を行った事業場から厚生労働省労働基準局が無作為抽出した5,414事業場に対し、一事業場当たり計10人の常用正社員、合計54,140人の労働者を対象に行った調査の結果であることを示している(有効回収票は10,023票、有効回収率18.5%)。

 この調査報告書には他に、民間調査会社の事業所データベースから無作為抽出した7,586の事業所を対象に、一事業所当たり10人の労働者、合計75,860人を対象に行った調査の結果も示されている(有効回収票は12,983票、有効回収率17.1%)。

 そちらの調査結果(事業所DB抽出分)から1ヵ月の実労働時間を見ると、下記のグラフの通りであり(p.13)、やはり通常の労働時間制のもとに働く労働者よりも、裁量労働制のもとで働く労働者の方が、実労働時間が長い労働者の割合が高いことがわかる。

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 こちらも対応するクロス表があり(p.189)、それによれば、1ヵ月の実労働時間の平均は、専門業務型裁量労働制で206.5時間、企画業務型裁量労働制で197.2時間、通常の労働時間制で185.0時間である。やはり平均で見ても、裁量労働制のもとで働く労働者の方が、実労働時間が長い。また、上記の「厚労省抽出分」の調査結果と見比べても、類型ごとにほぼ同様の平均労働時間となっていることがわかる。

 では安倍首相はいったい、厚生労働省の要請に基づき実施されたこの調査ではない、何のデータに言及したのか。

加藤厚労大臣も同じデータに言及

 もやもやした思いでいたところ、2日後の1月31日に、今度は加藤厚生労働大臣がやはり同様の答弁を行った。参議院予算委員会で、民進党の森本真治議員の質疑に答える中で、だ。

 森本議員は、裁量労働制の拡大により、長時間労働がむしろ助長されるのではないかという問題を質疑で取り上げた。日本労働弁護団や過労死を考える家族の会の皆さんにそのような懸念があることを紹介し、これらの皆さんの認識は誤りなのか、と問うた。

 それに対する加藤大臣の答弁はこうだ。

●民進党・森本真治議員に対する加藤厚生労働大臣の答弁(参議院予算委員会2018年1月31日)

どういう認識のもとにお話しになっているのかということがあるんだと思いますけれども、確かにいろんな資料を見ていると、裁量労働制の方が一般の働き方に比べて長いという資料もございますし、他方で平均的な、平均で比べれば、短いという統計もございますので、それは、それぞれのファクトによって、見方は異なってくるんだろうと思います

 「どういう認識のもとにお話しになっているのか」「それぞれのファクトによって、見方は異なってくる」という答弁は、「そちらが依拠するファクトは偏っているのではないか」という印象を聞く者に与える答弁だ。では加藤大臣があげたファクトとは、どのようなファクトであったのか。

 この答弁に対し森本議員は、裁量労働制の方が長時間労働になっているという調査結果を2つ紹介していた。1つは上に挙げた労働政策研究・研修機構の調査結果だ。もう1つは情報労連がNPO法人POSSEと共同で行った調査結果であり、次のグラフに示す通りだ。この情報労連の調査結果もやはり、裁量労働制が適用されている労働者の方が、長時間労働の割合が高いことを示している。

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出所:三家本里美「労働時間に上限規制を 『残業』歯止めに労組の役割発揮が必要」『情報労連REPORT』2016年3月号

 このような調査結果を森本議員が紹介したのに対し、加藤大臣は改めて前述のデータに次のように言及した。

●民進党・森本真治議員に対する加藤厚生労働大臣の答弁(参議院予算委員会2018年1月31日)

議員ご指摘の資料があることも事実でございます。また私どもの平成25年度労働時間等総合実態調査、これ、厚生労働省が調べたものでありますけれども、平均的な一般労働者の時間が9時間・・・、これは1日の実労働時間ですが、9時間37分に対して、企画業務型裁量労働制は9時間16分と、こういう数字もあるということを、先ほど申し上げたところでございます。

 「議員ご指摘の資料」に「厚生労働省が調べたもの」を対置させる語り方には、「こちらのデータの方が、信頼度が高いデータである」と言わんばかりのニュアンスを感じるが、ここでデータの出典がわかった。ネットにその調査結果が公開されている。

●厚生労働省労働基準局平成25年度労働時間等総合実態調査(2013年10月)

(出所は第104回労働政策審議会労働条件分科会(2013年10月30日)の、資料No.2-1

 この内容を確認してわかったことは、安倍首相と加藤大臣が語ったデータは、裁量労働制で働く労働者と一般の労働者のそれぞれの労働時間の平均値を比較したものではなく、「平均的な者」のみを取り出して、その労働時間の平均値を比べたものであり、答弁に使うには不適切なデータである、ということだ。

 こう書いただけでは、何が違うのか、にわかには理解していただけないだろう。ややこしい話で恐縮だが、順を追って以下に説明したい。

 なお、加藤大臣は、1日の実労働時間が平均的な一般労働者では9時間37分に対して、企画業務型裁量労働制は9時間16分と語っているが、企画業務型裁量労働制の「平均的な者」の労働時間の平均が9時間16分であることは同調査結果の表52(p.68)で確認することができるが、一般労働者については同調査結果からは確認できない。独自集計によるものと思われる。

平成25年度労働時間等総合実態調査における「平均的な者」とは

 平成25年度労働時間等総合実態調査は、全国の労働基準監督署の労働基準監督官が11,575の事業所を訪問して実施したものであり、2013年4月時点での実態を調査したものである。対象事業所は無作為に選定されているが、裁量労働制に係る事業場数を一定数確保するため、専門業務型裁量労働制導入事業場及び企画業務型裁量労働制導入事業場が優先的に選定されている(p.1の記載による)。

 この調査の調査項目に「平均的な者」と「最長の者」についての労働時間を把握した項目がある。一般労働者の時間外労働・休日労働の実績を紹介したページ(p.7)に、「最長の者」と「平均的な者」について、次のように説明がある。

5 時間外労働・休日労働の実績

※この項の「最長の者」とは、調査対象月における月間の時間外労働が最長の者のことをいい、「平均的な者」とは、調査対象月において最も多くの労働者が属すると思われる時間外労働時間数の層に属する労働者のことをいう。

 ここで注目したいのは、「平均的な者」とは、「最も多くの労働者が属すると思われる時間外労働数の層に属する労働者」のことであって、労働時間の平均値を表すわけではないという点だ。

 調査結果の「7.裁量労働制」の「3)労働時間の状況」にも同じように「最長の者」と「平均的な者」が登場する(p.11)。この「7」には、それぞれの用語について特に説明はない。

 ただし、この調査結果を紹介した第104回労働政策審議会労働条件分科会(2013年10月30日)の議事録では、一般労働者の「5 時間外労働・休日労働の実績」の項の説明として、

ここから「最長の者」と「平均的な者」という概念が出てきますが、「最長の者」というのは、調査対象月における月間の時間外労働が最長の方を指しております。 「平均的な者」というのは、多くの方が属すると思われる層に属する労働者ということで、後ろを見ていただきますと、一定の幅で集計をしておりますので、具体的な表は、そこで最も多く属していると思われるところが平均的な方ということです。

という説明が村山労働条件政策課長より行われており、裁量労働制の場合の「最長の者」については、

ここで言う「最長の者」というのは、1日の平均時間が最長の方の最長の日ということで見ていただければと思います。

という説明が、同じく村山労働条件政策課長より行われている。

 裁量労働制の「平均的な者」についての説明は、この分科会でもない。

 そこで裁量労働制における「平均的な者」とは、上記の一般労働者の場合と同様に、「多くの方が属すると思われる層に属する労働者」であり、より具体的には、「一定の幅で集計をしておりますので、具体的な表は、そこで最も多く属していると思われるところが平均的な方ということ」だという理解で話を進める。

 そうすると、どういうことになるか。「平均的な者」のデータは、平均値とは、ずれるのだ。

 仮想例で考えてみよう。ある事業所に、一般労働者(この調査における一般労働者とは、1年単位の変形労働時間制の対象労働者及び限度基準適用除外業務等に従事する労働者以外の労働者のこと)が100人、企画業務型裁量労働制のもとで働く労働者が10人いたとしよう。そしてそれらの労働者の1日の実労働時間は下記のように分布していると仮定しよう。

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(筆者作成)

 この場合、「平均的な者」を、先の定義のように「最も多くの労働者が属すると思われる時間外労働時間数の層に属する労働者」と理解して選び出すならば、一般労働者についても企画業務型裁量労働制についても、もっとも割合が高い「9時間超10時間以下」の層の中から選び出すことになるだろう。

 しかし、上の仮想例の場合、企画業務型裁量労働制のもとで働く労働者は、一般労働者よりも、長時間労働の者の割合が高い。それぞれの累計の労働者について、平均労働時間を算出すると、一般労働者は9.6時間であるのに対し、企画業務型裁量労働制の労働者は10.6時間である(各階級の中央値をもとに算出)。

 にもかかわらず、「多くの方が属すると思われる層に属する労働者」を「平均的な者」として選び出すと、企画業務型裁量労働制についても「9時間超10時間以下」の層から選び出されてしまうのだ。

 そのように選び出された「平均的な者」の1日の実労働時間のデータを各事業場から集め、そのデータをもとに平均値を算出して比較したところで、それは一般労働者と企画業務型裁量労働者の労働時間の平均値の比較とはならず、乖離した結果になることは、お分かりいただけるだろうか。

企画業務型裁量労働制に関する調査の回答数は、十分に確保されていたのか

 この平成25年度労働時間等総合実態調査結果における「平均的な者」のデータを裁量労働制のもとで働く労働者の労働実態をとらえるものとみなすことが不適切と考える理由は、他にもある。主なものを4つあげておこう。

 第1に、この調査は11,575の事業場に対して訪問して実施した調査であるが、そのうち企画業務型裁量労働制導入事業場が実際にいくつあったのか、実数を示していない。調査結果に示されているのはパーセンテージのみである。調査対象として「裁量労働制に係る事業場数を一定程度確保するため、専門業務型裁量労働制導入事業場及び企画業務型裁量労働制導入事業場を優先的に選定した」とあるが、実際に訪問したうちのいくつの事業場がそれに該当するのかは、示されていないのだ。

 この点について第104回労働政策審議会労働条件分科会(2013年10月30日)で使用者代表の秋田委員は、

もう一つ質問ですが、裁量労働制は、実数ということでお話がありましたけれども、実際に表のほうはパーセンテージのほうで出ているのですが、裁量労働制、例えば専門型と企画型を導入している事業場の総数はお知らせいただけるのでしょうか。

と質問しているが、村山労働条件政策課長は、

この調査自体は、パーセンテージで表章はしているけれども、結局実数なのだなという御指摘だと思いますが、これ以上のお示しはなかなか難しいということ

としか回答していない。

 この回答を受けて秋田委員は、裁量労働制の労働者の集計データについて、

例えば表45とか46に出ているパーセンテージは、サンプル数が極少である可能性があるということなので、かなりばらつきがありますけれども、それが全国的な裁量労働制の実態をあらわしているのかどうかというのは、若干疑問があるような気はします

と語っている。

 先に見た労働政策研究・研修機構の調査は、「厚労省抽出分」については、専門業務型裁量労働制については協定を届け出た事業場、企画業務型裁量労働制については有効な決議書又は定期報告をした事業場を対象に実施され、その事業場を経由して労働者に調査票が配布されているため、企画業務型裁量労働制について1,167の回収票が確保されている。しかし平成25年度労働時間等総合実態調査の場合は、そのような十分な回答数が確保されているか、疑問が多い。

裁量労働制のもとで働く労働者について、事業場では実際の労働時間は把握できているのか

 第2に、平成25年度労働時間等総合実態調査結果は、裁量労働制のもとに働く労働者について、実際の労働時間を把握しているものなのか、という問題がある。

 同調査結果には裁量労働制のもとで働く労働者について、「1日のみなし労働時間」と「労働時間の状況」の結果を公表している。

 「実労働時間」と表記せず「労働時間の状況」と表記していることには理由がある。裁量労働制の労働者については、事業主は、実労働時間を把握する義務を課せられていないからだ。

 そのため「労働時間の状況」の項(p.11)には、

※この項で「労働時間の状況として把握した時間」とは、労働基準法第38条の3第1項第4号又は第38条の4第1項第4号に規定する労働時間の状況として把握した時間をいう。

という注意書きがある。ただし、これだけでは何を言っているのかわかりくい。

 この調査結果の説明にあたり、第104回労働政策審議会労働条件分科会(2013年10月30日)で村山労働条件政策課長は、次のように語っている。

「3)労働時間の状況」で違和感を持たれる委員もいらっしゃるかもしれませんが、※印にも書いていますように、「労働時間の状況として把握した時間」は、指針等に書かれております健康・福祉確保措置等を講ずる観点から、入退室の時刻等を把握していただいておりますけれども、そうした形で把握した時間も含めた把握できる範囲の数字ということで見ていただければと存じます。

 つまり、指針によって、健康・福祉確保措置等を講ずる観点から、入退室の時刻等の把握を求めているということだ。しかし「指針」なので、把握の義務はない。

 裁量労働制の実態について「この数字が具体的にどういった記録なり聞き取りなどから把握をされたものなのかということを少し詳細にお示しいただきたい」という労働者代表・冨田委員の質問に対しても、村山課長の回答は、

裁量労働制のみなし労働時間が導入されている中において、どのように把握しているのかという御質問がございました。説明のときも若干申し上げたかもしれませんけれども、特に健康・福祉確保措置の一環として、使用者が対象労働者の労働時間の状況等、勤務状況を把握する手法として、まず労使委員会でもよく話し合っていただきながら、いかなる時間帯、どの程度の時間在社し、労務を提供し得る状態にあったかを、例えば出退勤時刻であるとか、入退室時刻のさまざまな記録であるとか、労使のチェックであるとか、そういったことで努めていただきたいということは申し上げているところであり、そうしたことを使用者の方に行っていただいている中で把握しているところを今回も見ているということで、御理解いただければと考えております。

とあるのみで、どれだけこのような方法によって実際の実労働時間が把握されているものなのか、疑問が残る。

 また、村山労働条件政策課長の同分科会における説明によれば、この調査は

調査的監督と一般に言われるもの、すなわち労働基準監督官が全国の無作為抽出した事業場に足を運び、労働時間の実態調査をやっている

ものであり、

全国の労働基準監督署の労働基準監督官が実際に事業場を訪問し、臨検監督する手法によって実施

しているという。

 となると、労働基準監督官が事業所を訪れて「平均的な者」の労働時間の状況を把握しようとした際、「みなし労働時間」との乖離ができるだけ少ない(実態とは異なる)データを事業主が揃えていたり、乖離ができるだけ少ないデータを選んで提出したりすることも考えられるのではないか。

 他方で、先に紹介した労働政策研究・研修機構の労働者調査は、事業場の人事担当者を通して調査票を配布することによって実施されているが、回答するのは労働者本人であり、人事担当者を介さずに直接返送する方法で実施されている。こちらの方が、実労働時間が適切に回答されている可能性が高いとは言えないだろうか。

 なお、前述の通り加藤大臣はこのデータについて、「これは1日の実労働時間ですが」と答弁していたが、ここで見た通り、これは1日の「実労働時間」を把握したものではない。かなり適切な把握がされているか疑問が残る中での、「労働時間の状況」を1日単位で把握したものである。

裁量労働制の場合の労働時間の状況を1日単位で尋ねることは、適切なのか

 第3に、平成25年度労働時間等総合実態調査結果は、裁量労働制の労働時間の状況を1日単位で調査しているが、それは適切なのか、という問題がある。

 裁量労働制とは本来は、労働者が労働時間を自由に設定できるものであるはずだ。仕事が集中する時期とそうでない時期の労働時間の変動が大きいことも考えられる。であれば、「1日」ではなく、月単位、もしくは年単位で労働時間を把握することの方が、適切ではないのか。

 第104回労働政策審議会労働条件分科会(2013年10月30日)でも、1日という単位で労働時間を把握していることの適切性について、使用者代表の鈴木委員から問いが示されている(ただし「最長の者」のデータについて)。それに対する村山労働条件政策課長の回答は、

おっしゃるとおり、月とか年単位まで個人を追いかけておりませんので、掛け算するのは適当でない。1日として長いということで、把握の限界もありまして、従来からこの手法で調査していますので、従来と同様の調査方法で調査しているということでございます。

というものであり、これは、1日の労働時間の状況を把握することで実態がわかるかという点については、限界があることを認めている発言と考えられる。

 先に紹介した労働政策研究・研修機構の労働者調査は、回答するのは労働者本人であり、実労働時間は1か月の単位で尋ねられている。また人事担当者を介さずに直接返送する方法で実施されているため、事業主がその労働時間の実態について労働基準監督署から目をつけられることを恐れる必要はない。こちらの調査の方が、裁量労働制のもとで働く労働者の実労働時間を把握する方法として、より適切と言えるのではないか?

なぜ「最長の者」のデータには目を向けなかったのか

 第4に、平成25年度労働時間等総合実態調査結果には、「平均的な者」の他に、「最長の者」に関するデータもある。裁量労働制のもとで働く労働者の場合の「最長の者」とは、先の説明に見たように、「1日の平均時間が最長の方の最長の日」の労働時間を表すものだ。

 しかし、安倍首相や加藤大臣が言及したのは、「最長の者」に関するデータではなく、「平均的な者」に関するデータだった。

 裁量労働制が長時間労働を助長するという野党の批判に対し、データをもって適切に反論できるのであれば、「平均的な者」よりも「最長の者」のデータを示せばよかっただろう。

 裁量労働制では、「みなし労働時間」を超える実労働時間があったとしても、それに対応する残業代は払われない(深夜労働と休日労働は別)。よく言われるように、残業代が出ないのであれば「だらだら残業」をすることがなくなり、手早く仕事を済ませて帰宅するようになる、といった効果が本当に見られるのならば、「最長の者」の労働時間は、一般労働者よりも裁量労働制の方が短いだろう。

 しかし安倍首相も加藤大臣も、「最長の者」についての比較データには言及していない。

 なぜなのか。不都合だから、ではないだろうか。

 なお、前述の通り、「一般労働者」については比較できるデータが公表されていないため、実際のところがどうであるのかは、公表されている調査結果からはわからない。

 他方で、裁量労働制のもとで働く労働者については、「平均的な者」についても「最長の者」についても1日の実労働時間のデータが公表されている。企画業務型裁量制については、表51と表52だ。また「1日のみなし労働時間」については表48に示されている。それらをグラフにすると下記の通りとなる。

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(「平成25年度労働時間等総合実態調査結果」の表48、表51、表52より、筆者作成)

 「最長の者」の1日の労働時間は、「平均的な者」に比べて、かなり長時間労働の方に偏っていることが分かる。1日12時間超の労働者の割合は45.2%に及ぶ。

 このグラフを見る限りでは、裁量労働制であれば「だらだら残業」することがなくなり、効率よく仕事を済ませて帰宅することができ、ワーク・ライフ・バランスをとりながら働けるとは、イメージすることは難しい。

改めて加藤大臣と安倍首相の発言を振り返る

 以上、平成25年度労働時間等総合実態調査結果の内容を検討し、この調査の「平均的な者」のデータから一般労働者と企画業務型裁量労働者の労働時間を比較することがいかに不適切かを説明してきた。

 このような問題の多い調査結果を利用するよりは、労働政策研究・研修機構が裁量労働制の実態把握を目的として行った冒頭の調査結果を利用する方が、はるかに実態を知る上で有益と考えられる。

 にもかかわらず、立憲民主党の長妻議員と民進党の森本議員も労働政策研究・研修機構の調査結果に言及しながら質疑を行ったのに対し、安倍首相や加藤大臣はその調査結果には反応せずに、この平成25年度労働時間等総合実態調査結果に依拠して「反証」らしきデータを提示したのだ。

 改めて両者の発言を振り返ってみよう。

●民進党・森本真治議員に対する加藤厚生労働大臣の答弁(参議院予算委員会2018年1月31日)

どういう認識のもとにお話しになっているのかということがあるんだと思いますけれども、確かにいろんな資料を見ていると、裁量労働制の方が一般の働き方に比べて長いという資料もございますし、他方で平均的な、平均で比べれば、短いという統計もございますので、それは、それぞれのファクトによって、見方は異なってくるんだろうと思います。

議員ご指摘の資料があることも事実でございます。また私どもの平成25年労働時間等総合実態調査、これ、厚生労働省が調べたものでありますけれども、平均的な一般労働者の時間が9時間・・・、これは1日の実労働時間ですが、9時間37分に対して、企画業務型裁量労働制は9時間16分と、こういう数字もあるということを、先ほど申し上げたところでございます。

 加藤大臣の、「平均的な、平均で比べれば、短いという統計もございます」という発言。これを聞いた普通の人は、「平均で比べれば、(裁量労働制の方が一般の働き方に比べて労働時間は)短い」と理解するだろう。野党が示すデータとは逆の結果が、厚生労働省の調査では出ていると受け取るだろう。そして、厚生労働省の調査なのだから、そちらの方が、より信頼性が高いと受け取るだろう。しかしその調査の実際は、上に見た通りなのだ。

 裁量労働制のもとで働く労働者の過労死の事例を複数挙げた長妻議員に対する安倍首相の答弁はこうだった。

●立憲民主党・長妻昭議員に対する安倍首相の答弁(衆議院予算委員会2018年1月29日)

それと、厚生労働省の調査によれば、裁量労働制で働く方の労働時間の長さは、平均な、平均的な方で比べれば、一般労働者よりも短いというデータもあるということは、御紹介させていただきたいと思います。

 裁量労働制のもとで働く労働者の労働時間の「平均値」とは異なり、しかし言葉として紛らわしい「平均的な者」に関するデータを、なぜ安倍首相や加藤大臣はわざわざ示す必要があったのか。

 労働政策研究・研修機構が厚生労働省の要請により行った調査データが、裁量労働制のもとで働く労働者の方が長時間労働者の割合が高い結果を示していることに、向きあいたくなかったからではないか。

 しかしそのような政府の姿勢は、あまりに不誠実だ。これらの安倍首相と加藤大臣の答弁は、国民を欺く答弁と言ってもよいだろう。

 やはり実際のところ、裁量労働制では長時間労働に歯止めがかからないという野党の指摘の方が、もっともなのではないか。

 政府は小細工によって国民を欺くような真似はやめて、現在でも裁量労働制のもとで働く労働者が長時間労働になりやすいという調査データが示す現実にどう対処し、どう過労死を防ぐかという問題に、真摯に向き合うべきだ

日本経済新聞と読売新聞も、国民を誤誘導か

 国会答弁については以上だが、さらに問題がある。報道機関も、政府による誤誘導に追随しているように思われのだ。

 先に見た長妻議員と安倍首相の質疑を、日本経済新聞は次のように紹介している。

●日本経済新聞2018年1月30日 働き方法案巡り応酬 国会、本格論戦スタート

立憲民主党の長妻昭代表代行は裁量労働制を取り上げて「労働者の過労死がさらに増える」と訴えた。安倍晋三首相は「裁量労働制で働く人の労働時間は平均で一般の労働者より短いというデータもある」と説明するとともに「多様な働き方を認めていく必要がある。70年ぶりの大改革だ」と改革の意義を強調した。

 先に詳しく見たように、平成25年度労働時間等総合実態調査結果の「平均的な者」に関するデータを、「裁量労働制で働く人の労働時間は平均で一般の労働者より短いというデータ」であるかのように紹介するのは、不適切である。誤報と言ってよいだろう。

 しかし、この記事を読んだ人は、野党の指摘がデータによって反証された、と受け取るだろう。

 果たして日本経済新聞は、どのようなねらいでこの記事を書いたのだろうか。安倍首相や加藤大臣の、あたかもデータによって反証しているかのような答弁に、騙されてこのような記載になったのだろうか。それとも、国民を欺く答弁であることをわかった上で、同じように国民を欺くことにみずから進んで加担しているのだろうか。

 同日の読売新聞の社説も問題である。

●読売新聞 2018年1月30日 衆院予算委 政府・自民党は「緩み」を排せ

 立憲民主党の長妻昭代表代行は政府が提出する働き方改革関連法案について、裁量労働制の拡大を批判した。「残業の上限を青天井にする。過労死が増えるのは目に見えている」などと訴えた。

 安倍首相は「裁量労働制で働く人は、一般労働者より労働時間が短いとの調査もある。多様な働き方が求められる」と反論した。

 あらかじめ決められた時間を働いたとみなす裁量労働制は、専門職や企画職らに適用される。全労働者を対象にはできないが、漫然と残業するより、短時間で結果を出せる職種は少なくない。

 バランスの取れた働き方改革へ国会で議論を深めたい。

 「裁量労働制で働く人は、一般労働者より労働時間が短いとの調査」という紹介は、これまで見てきたように、不適切であり、誤報と言える。また、安倍首相が「反論した」とあるが、実際には適切なデータの紹介による反論ではない。しかし、この社説を読んだ人は、安倍首相はデータを用いて適切に反論することができており、裁量労働制であれば「漫然と残業」せずに、短い労働時間で働くことができるようだ、という印象を持つだろう。

 さて読売新聞は、安倍首相や加藤大臣の答弁の不誠実さをわかった上で、このように書いているのだろうか。

 日本経済新聞も読売新聞も、朝日新聞などとは異なり、裁量労働制が労働時間規制の緩い働かせ方であって長時間労働を助長する恐れが強いということを、普段の記事で積極的に取り上げない。他方で、このように反論になっていない反論を、適切な反論であるかのように取り上げる。果たしてそれが、報道機関の取るべき姿勢であるのか、強い疑問を抱く。

 報道機関は、不誠実な答弁については検証を行うべきだ。不誠実な答弁に追随して国民をさらに誤誘導することは、あってはならない

おわりに

 以上、非常に長くなったが、1月29日の安倍首相と1月31日の加藤大臣による、信頼性の低い調査データへの言及の問題点について検討してきた。

 この記事を公開することのもっとも大きな目的は、このようにデータを示すことによって一見もっともらしく聞こえ、しかし実際は不誠実で国民を欺くような答弁を、これ以上、国会で行わせないことである。

 野党の皆さんには奮闘していただきたいし、報道機関もみずからの役割を適切に果たしていただきたい。