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【光る君へ】毒を盛られた円融天皇の病平癒の邪気払いを安倍晴明が行った裏事情

渡邊大門株式会社歴史と文化の研究所代表取締役
晴明神社。(写真:イメージマート)

 大河ドラマ「光る君へ」では、ユースケ・サンタマリアさんが演じる陰陽師の安倍晴明が注目されている。円融天皇は藤原兼家の差し金で毒を盛られ、著しく体調を崩していた。そこで、安倍晴明が邪気払いを行ったのである。

 なぜ晴明が邪気払いを行ったのか、その経歴も含めて考えてみよう。

 晴明は生年不詳、安倍益材の子として誕生し、のちに賀茂忠行・保憲父子から陰陽道を学んだ。中でも保憲からは、天文道を教授されたという。ちなみに、かつて晴明は「せいめい」と読まれていたが、今は「はるあき」、「はるあきら」、「はれあきら」などが正しいのではないかと指摘されている。

 陰陽道とは、古代中国で成立した陰陽五行説をもとにして、日本で独自に発展・体系化された自然科学・天文・暦・呪術などのことである。陰陽道に携わった者が陰陽師であり、職員として陰陽博士、暦博士、天文博士、漏刻博士などがいた。所管した役所が陰陽寮である。晴明は、陰陽師の代表の一人なのである。

 ところで、ドラマの中で兼家が子の道兼に命じて、円融天皇の食事に毒を持って弱らせていた。言うまでもないが、この話はフィクションである。毒を盛られた円融天皇は徐々に体が弱り、息も絶え絶えになっていた。そこで、晴明の登場である。

 晴明が登場したのは、ほかでもない。邪気を鎮め祓い、円融天皇の回復を祈念するためである。一方で、藤原実資が料理に問題があると考え、調査に動いたこともあり、毒を盛られることはなくなった。その結果、円融天皇の体調が回復したのである。

 当時、薬師なる医師がいた。とはいえ、現代のように高度な医療技術を持っておらず、漢方や薬草などを処方するのがせいぜいだった。仮に、円融天皇が毒を盛られたとするならば、薬師の力を借りた可能性はあろう。ただし、当時の医療技術からすれば、不安定な要素が濃かったといえる。

 むしろ、人々が頼ったのは、今回の例でいえば陰陽師だった。あるいは、寺社に加持祈禱を依頼し、病の平癒を祈念させた。神頼みがシンプルで、もっともわかりやすかったのである。ただし、もうお気付きの人もいるだろうが、効果のほどはまったくあてにならなかったのである。

参考文献一覧

村山修一『日本陰陽道史話』(平凡社、2001年)

斎藤英喜『安倍晴明』(ミネルヴァ書房、2004年)

株式会社歴史と文化の研究所代表取締役

1967年神奈川県生まれ。千葉県市川市在住。関西学院大学文学部史学科卒業。佛教大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。現在、株式会社歴史と文化の研究所代表取締役。大河ドラマ評論家。日本中近世史の研究を行いながら、執筆や講演に従事する。主要著書に『大坂の陣全史 1598-1616』草思社、『戦国大名は経歴詐称する』柏書房、『嘉吉の乱 室町幕府を変えた将軍暗殺』ちくま新書、『誤解だらけの徳川家康』幻冬舎新書、 『豊臣五奉行と家康 関ヶ原合戦をめぐる権力闘争』柏書房、『倭寇・人身売買・奴隷の戦国日本史』星海社新書、『関ヶ原合戦全史 1582-1615』草思社など多数。

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