【「麒麟がくる」コラム】次の内閣は期待できるか!?明智光秀の家臣の多彩な顔触れを見る。

お殿様と家臣。明智光秀の家臣にはどういう人がいたのだろうか。(提供:ユ)プレアート/アフロイメージマート)

■多士済々の家臣団

 自民党総裁選が行われ、菅義偉氏が当選を果たした。これにより、菅氏が内閣総理大臣になるのは確実だ。そして、早くも党の人事や閣僚人事が取り沙汰されている。戦国大名で言えば、家臣団の編成というところか。ところで、明智光秀の家臣は大河ドラマ「麒麟がくる」にも登場するが、もう少しその陣容を確認することにしよう。

■美濃出身の家臣たち

 明智家臣団の中核となったのは、光秀の出身地と推定される美濃出身の家臣たちだった。

 本能寺の変で抜群の活躍をしたのは、斎藤内蔵助利三(くらのすけとしみつ)である。利三は天文3年(1534)に利賢の子として誕生し、もともとは斎藤氏配下の「西美濃三人衆」の一人・稲葉一鉄(良通)に仕えていた。しかし、利三は一鉄との関係が悪化したため、のちに光秀に仕官するようになった。その時期は元亀元年(1570)が有力視されている。兄の頼辰(よりとき)は、室町幕府の奉公衆・石谷光政の養子となった。

 美濃出身者としては、可児与十郎の名が見える。岐阜県南部には可児市があり、美濃国可児郡が可児氏の出自だったと考えられる。『兼見卿記』には、可児六郎左衛門尉、同彦法師らの名前が見え、一族と推定されている。

 天正10年6月の山崎の戦い後、討たれた光秀の首を隠したのが溝尾庄兵衛である。天正7年4月の光秀の書状(和田弥十郎宛)には「同名(明智)少兵衛」とあり、この人物が溝尾庄兵衛ではないかと指摘されている。『惟任退治記』には「明智勝兵衛」が登場しており、読み方が「勝(しょう)」=「少」「庄」なので同一人物の可能性が高く、庄兵衛も光秀から明智の姓を与えられていたことが判明する。

 『信長公記』(池田家本)に「ミ沢昌兵衛」、天正4年2月の副状の発給者「三沢惣兵衛尉秀儀」を溝尾庄兵衛と同一人とする説もある。また、福井県の「称名寺文書」には、天正元年10月1日に発給された三沢少兵衛尉の文書が残っている。光秀は朝倉氏滅亡後に越前に留まり、政務を担当していた。いずれも溝尾庄兵衛と同一人物(あるいは縁者)であるか確証を得ないが、今後の課題である。

■近江出身の家臣たち

 光秀が支配していた近江関係では、猪飼氏、大中寺氏、川野氏、堀田氏、小黒氏などの存在が確認できる。うち猪飼秀貞は、明智姓を与えられていた。山城国愛宕郡の関係では、佐竹氏、山本氏、渡辺氏、磯谷氏の面々が光秀に従っていたことが判明している。丹波では船井郡の土豪の小畠国明・伊勢千代丸の父子が光秀の配下におり、伊勢千代丸もまた明智姓を与えられていた(「小畠文書」)。

 光秀は山城で京都支配を担当し、同時に信長から近江や丹波は支配を任されていた。光秀は支配を展開していくうちに彼らを配下に収め、ときに明智姓を与えて、主従間の結合を強化しようとしたと考えられる。

■室町幕府から配下に加わった者たち

 ほかの家臣では、幕臣と思しき人々が光秀の配下に加わっている。おおむね天正元年の室町幕府の滅亡を機にして、幕臣は光秀に仕官したようである。

 光秀の娘の一人は、伊勢貞興の妻になっていたという(『伊勢氏系図』)。伊勢氏は室町幕府の政所執事の家系で、貞興は兄の貞為とともに室町幕府に仕えていた。政所は、幕府財政と京都市中の行政を担当をする重要な職務だった。二人は足利義昭に仕えていたが、室町幕府の崩壊後、貞為は信長、貞興は光秀に仕官した。そのような関係から、貞興は光秀の娘を妻として迎え、互いの関係の強化を図ったと推測される。

 『光源院殿御代当参衆并足軽以下覚書』の詰衆三番に名前が見える千秋月斎の子・千秋刑部も、光秀に従っていた。千秋氏は尾張国(名古屋市熱田区)の熱田大宮司家の流れを汲む一族で、室町幕府に代々奉公衆として仕えていた。詰衆とは、当番で毎夜将軍のそばに詰める職務である。

 このほかにも、松田太郎左衛門、諏訪飛騨守も姓からして室町幕府の奉行人と考えられる。光秀の取次だった細川丹波守は、内談衆(所務沙汰の審議にあたった構成員)の系譜を引く人物ではないだろうか。亀山城(京都府亀岡市)にいた曽我隠岐守は、奉公衆だった若狭の曽我氏の系譜を引くと推測される。

■中核となった美濃出身の家臣

 以上、光秀の家臣団を概観してきたが、そもそも譜代の家臣は乏しく、その中核となったのは同じ美濃出身の者たちではなかったか。その後、室町幕府に仕えた旧臣、および光秀が支配を展開した山城、近江、丹波の国衆などを配下に加え、家臣団を拡大・形成したと考えられる。そして、重用した家臣には、自らの姓の明智を授けたのである。

 ところで、菅氏はどのような人々を党の役員や閣僚に登用するのだろうか。今から楽しみでもある。