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『ブラッシュアップライフ』一挙放送で再認識、「バカリズム」の進化と深化

碓井広義メディア文化評論家
『ブラッシュアップライフ』主演の安藤サクラさん(番組サイトより)

 昨年末、一挙放送された『ブラッシュアップライフ』(日本テレビ系)。

 人生は一度きりですが、もしも生まれ変われるとしたら、どうでしょう。しかも自分は「未来」を知っているのです。

 踏まずにすんだ地雷があったはずだし、岐路での選択も違ってくるのではないか。

 『ブラッシュアップライフ』は、そんな「やり直し人生」のドラマでした。

 実はこの快作、昨日今日のタイミングで出来上がったわけではありません。それまでの蓄積があってのものでした。

 「バカリズム脚本」の進化と深化をたどってみたいと思います。

「時間軸」を操る『素敵な選TAXI』

 バカリズムが初めて脚本を手掛けた連続ドラマは、2014年の『素敵な選TAXI』(関西テレビ制作・フジテレビ系)。

 タイトルの「選TAXI(せんタクシー)」は「選択肢」を意味していました。

 何かしらトラブルを抱えた人物が偶然乗ったタクシーは、過去に戻れるタイムマシンです。

 運転手役は竹野内豊さん。乗客の話をじっくりと聞き、彼らを「人生の分岐点」まで戻してくれる不思議なおじさんでした。

 乗客は、恋人へのプロポーズに失敗した売れない役者(安田顕)、駆け落ちする勇気がなかった過去を悔いる民宿の主人(仲村トオル)、不倫相手である社長と嫌な別れ方をした秘書(木村文乃)など。

 彼らは問題の分岐点まで戻って新たな選択をするのですが、それだけで全てがうまく運ぶわけではありません。

 バカリズムの脚本は“ひねり”が利いており、見る側を簡単に「安心」させず、「高を括(くく)る」ことも許さない。

 何より、連ドラ脚本の第1作で、すでに「時間軸」を操る物語にトライしていたことに注目です。

「人生の岐路と選択」がテーマの『かもしれない女優たち』

 2015年の単発ドラマ『かもしれない女優たち』(フジテレビ系)もまた、「人生の岐路と選択」というテーマを扱う野心作でした。

 ヒロインは竹内結子さん、真木よう子さん、水川あさみさんの3人。いずれも「本人」を演じることになります。

 女優として成功している彼女たちが、「あり得たかもしれない、もう一つの人生」を競演で見せるところがミソでした。

 たとえば、現実の竹内さんは15歳で事務所にスカウトされましたが、「もし、それを断っていたら」という設定でドラマが進みます。

 大学を出て編集者になった竹内さんは、恋人との結婚を望みながら、なかなか実現できないでいます。

 一方、女優志望の真木さんと水川さんは、アルバイトを続けながらオーディションを受けては落ちまくる日々です。

 エキストラ扱いで顔も映らない端役を務める現場。邦画を観るとみじめな気分になるからと、レンタルビデオ店で洋画ばかりを借りています。

 さらに、いきなり売れっ子になった新人女優に対して複雑な思いを抱いたりして、もうあきらめようかと思っていた頃、2人に思いがけない出来事が起きるのです。

 バカリズムの脚本は、下積み女優にとっての“芸能界のリアル”を苦笑い満載のエピソードで丁寧に描いていきます。

 3人の女優それぞれの軌跡と個性を生かした物語だからこそ、本人たちが演じる「あり得た自分」が絶妙にからみ合う。

 その結果、実に後味のいい「パラレルワールド」が成立していました。

集大成『ブラッシュアップライフ』

 『ブラッシュアップライフ』はタイムリープのドラマです。

 本人が時空を超えて移動する「タイムトラベル」とは異なり、意識だけが移動して過去や未来の自分の身体に入り込むのが「タイムリープ」です。

 ドラマにおける時間軸の操作は、見る側を捉えて離さない吸引力を物語に与えます。

 また、自分の意図に合わせて時間を操ることは、脚本家の特権の一つでもあります。

 しかし、そのSF的世界観にリアリティーを与えるのは容易なことではありません。

 麻美のタイムリープは、あくまでも近い過去へのものであり、登場する1990年代から現在までの事物と絶妙なエピソードの連打が見ものです。

 見る側は自分の体験と重ねることができる仕掛けとなっており、その懐かしさの“設計”が巧みでした。

 「人生の岐路と選択」というテーマ。「時間軸」への挑戦。「日常系あるある」が生む親近感。

 ヒロインの人生(ライフ)だけでなく、脚本家・バカリズムもまた見事にブラッシュアップされていたのです。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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