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「違法捜査」の判決が出た、警視庁公安部の闇に迫る「ドキュメンタリー」が放送されていた

碓井広義メディア文化評論家
警視庁公安部の中で何が?(写真:イメージマート)

「大川原化工機(おおかわらかこうき)」は、横浜市にある化学機械製造会社です。

社長の大川原正明さんらが、違法に逮捕・起訴されたとして、東京都と国に5億円超の損害賠償を求めた訴訟を起こしていました。

そして今月27日、東京地裁が警視庁と東京地検の「違法捜査」を認める判決を言い渡しました。

実は今年の9月、この事案を扱ったドキュメンタリーが放送されていました。

NHKスペシャル『“冤罪”の深層~警視庁公安部で何が~』です。

公安部の闇に迫る出色の調査報道

事実は小説よりも奇なり。

使い古された言葉かもしれませんが、優れた「ドキュメンタリー」にはピッタリの表現です。

9月24日に放送された、NHKスペシャル『“冤罪”の深層~警視庁公安部で何が~』は、そんな一本でした。

3年前、横浜市内にある中小企業の社長ら3人が逮捕されました。容疑は軍事転用が可能な精密機械の中国への不正輸出です。

身に覚えのない経営者たちは無実を主張しますが、警察側は聞く耳を持ちません。長期勾留の中で1人は病気で命を落としました。

ところが突然、「起訴取り消し」という異例の事態が発生します。「冤罪」だったのです。

会社側は東京都に賠償を求めて裁判を起こし、今年6月、証人となった現役捜査員が「まあ、捏造ですね」と告白しました。

制作陣は関係者への徹底取材で「捏造」の構造を探り、「冤罪」が生まれる背景に光を当てていきます。

中には勇気を奮って内部告発を行い、組織の暴走と腐敗を止めようとした捜査員もいました。

しかし、番組を見る限り、捏造の当事者やその上司には、反省も罪の意識もありません。

彼らにとっては、この捏造もごく当たり前の「正当な業務」だったのです。

背筋が寒くなるのは、この捏造事件が決して他人事ではないからです。

公安部がいったん狙いを定めたら、証拠も含めて「何とでもなる」という実例と言っていいでしょう。

誰もが「自分はこの強大な組織に抵抗できるか」と考えずにはいられません。

この番組は、ドラマではない”リアル公安部”の「闇」に迫る、出色の調査報道でした。

そして、つい先日の12月23日夜、Eテレで「続編」が放送されました。

ETV特集『続報 ”冤罪”の深層~新資料は何を語るのか~』です。

前作は、事件の捜査にあたった警視庁公安部に焦点を合わせていました。

続編では、捜査を追認していった経済産業省、起訴に踏み切った検察の動きに、内部資料と取材で迫っています。

27日の東京地裁の判決は、制作陣が2本の番組で掘り下げてきた、「“冤罪”の深層」の信ぴょう性を証明した形になりました。

ディレクターは、この問題を1年以上追っているETV特集班の石原大史さん。報道番組や社会部の人たちと連携した、チーム取材の成果でもあります。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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