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『ブギウギ』実話と重なる、スズ子と愛助の「運命の出会い」

碓井広義メディア文化評論家
趣里さんが演じるヒロイン・福来スズ子(番組サイトより)

「村山興業」の村山愛助

ここしばらく、辛いことが続いていた、戦時下のスズ子(趣里)。

特に、可愛がっていた弟の六郎(黒崎煌代)の戦死は、スズ子を打ちのめしました。

それだけに、村山愛助(水上恒司)との出会いは、スズ子にとって久しぶりの明るい出来事です。

この愛助、ドラマの中では「村山興業」の御曹司であることが明かされました。

村山興業は、多くの芸人を抱えた「関西の巨大芸能事務所」だそうです。

そう聞けば、当然のことながら、思い浮かぶのは「吉本興業」でしょう。

このあたり、まさに「実話」と重なってくるのです。

笠置シヅ子の「最愛の男性」

昭和18年6月、笠置シヅ子は巡業で名古屋に来ていました。

そのとき、新国劇の俳優・辰巳柳太郎が公演中で、シヅ子は挨拶に出かけたのです。

辰巳の楽屋の前に、一人の青年が立っていました。

やはり挨拶に来たようなのですが、その顔を見たシヅ子は衝撃を受けます。

いわゆる「タイプ」というか、「好みの男性」だったからです。

そして数日後、シヅ子が自分の舞台を終えて楽屋に戻ったとき、あの青年がいました。

彼を連れてきたのは、「吉本興業」の関係者です。

笠置シヅ子のファンである「ぼん」に頼まれたというのです。

吉本興業のぼん、名前は吉本頴右(えいすけ)。

吉本興業の総帥で、女帝ともいわれた「吉本せい」の息子でした。ぼん(男の子)というより、ぼんぼん(お坊ちゃん)ですね。

シヅ子よりも9歳下の20歳。早稲田大学仏文科の学生です。

学徒動員の関係で大学の夏休みが前倒しとなった頴右は、大阪に帰省する途中、名古屋で遊んでいて、シヅ子の公演を知ったのでした。

その翌日、シヅ子が次の公演先である神戸に向かう列車に、頴右も乗っていました。

本来は大阪で下車するはずだったのですが、結局、神戸までシヅ子を送ります。

これが出会いであり、2人の恋の出発点でした。

その後、シヅ子にとって、頴右は「最愛の男性」となっていきます。

スズ子と愛助の「運命の出会い」

ドラマでは、愛助はどこか「六郎の面影を宿す青年」として登場しました。

この設定がとてもいいです。

見る側も、スズ子の気持ちに共感しながら、この恋のスタートを祝いたくなりました。

水上さんがまた、人柄の良い愛助にぴったりです。

自分が大きな事務所の跡取り息子であることをひけらかしたりしません。

一人のスズ子ファンとして、近くにいることを素直に喜んでいる姿が好ましい。

スズ子もまた、本格的な恋愛はこれが初と言っていいわけで、その純情ぶりが、なんともいじらしい。

実話は実話として、物語の中のスズ子と愛助の「恋の行方」を見守りたいと思います。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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