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『あまちゃん』再放送で再発見する「ここがスゴイ!」その1

碓井広義メディア文化評論家
三陸鉄道リアス線(写真:イメージマート)

4月3日の朝、『あまちゃん』(NHK)の「再放送」が始まりました。

しかも、嬉しいデジタルリマスター版です。

BSプレミアムとBS4Kで、毎週月曜から土曜の午前7時15分から午前7時30分。

全156回が流されます。

今回の再放送で、あらためて宮藤官九郎脚本『あまちゃん』の魅力を「再発見」してみたいと思います。

「あまロス」もあった

朝ドラ88作目に当たる『あまちゃん』が放送されたのは、2013年4月から9月まででした。

半年間の平均視聴率は20・6%(関東地区、ビデオリサーチ調べ)。

放送当時、それまでの10年間では『梅ちゃん先生』の20・7%に次ぐ高い数字です。

反響はそれだけではありません。

新聞や雑誌で何度も特集が組まれ、ネットでも連日話題となります。

関連CDはヒットし、DVDの予約も通常の10倍に達しました。

また、『あまちゃん』の放送終了が近くなった頃のこと。

その寂しさや欠落感で、落ち込んでしまう人が続出するのではないかと言われ、「あま(ちゃん)ロス症候群」なる言葉まで生まれたのです。

異色のヒロイン

まずは、再放送で久しぶりに”再会”する、ヒロインの天野アキ(能年玲奈、現在:のん)に注目します。

このドラマの冒頭で初登場する17歳の彼女は、母の春子(小泉今日子)によれば「地味で、暗くて、パッとしなくて、何のとり得もない女の子」でした。

東京の高校でクラスメイトから軽いいじめを受けていたようですが、むしろ無視されていたと言ったほうがいいかもしれません。

ちなみに、それまでの朝ドラのヒロインは、基本的に「ひたすら元気で、明るく、前向き」な性格であることが多かったんですね。

たとえば、『あまちゃん』の前に放送されていた『純と愛』のヒロイン・純(夏菜)など、その典型です。

アキのように茫洋(ぼうよう)としていて、一見何を考えているのか分からないタイプは当時、稀(まれ)でした。

しかし、そのおかげで視聴者は、ヒロインがどのように自分を発見していくのかに関心の目を向けることになります。

引っ込み思案なタイプのヒロインが、人前に出ることで成立する「アイドル」になっていく。その過程を応援することが出来たのです。

「トリックスター」としてのアキ

また、過去の朝ドラのヒロインたちは、さまざまな体験を重ねることで成長し、変化していくのが当たり前でした。

でも、アキはちょっと違います。成長はしたかもしれませんが、基本的に当人はあまり変わりません。むしろ、その「変わらなさ加減」が魅力です。

アキという「異分子」に振り回されることで、徐々に変化していくのは周囲の人たちのほうです。

それは北三陸の人たちも、東京で出会った人たちも同様でした。

アキが北三陸に現れた時、地元の人たちにとっては「天野春子の娘」という「脇役」にすぎません。

やがて、アキはアイドルとなるべく上京します。

その時も、本当に待たれていたのは「可愛いほう」のユイ(橋本愛)であり、「なまっているほう」のアキはオマケだったのです。

ところが、いつの間にか人々の中心にアキがいる! 

みんなを、そして状況を、アキが動かしていく。

アキは、脇役として舞台に登場しながら、最後には主役になりおおせる、いわば「トリックスター」のような存在だったのです。

能年玲奈さんは、そんなアキに同化しているかのような演技で、初回から見る側を驚かせます。

(つづく)

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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