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『石子と羽男』が放つ、ドラマ的「多幸感」とは?

碓井広義メディア文化評論家
硝子と羽根岡のコンビ(番組サイトより)

2日の夜、金曜ドラマ『石子と羽男―そんなコトで訴えます?―』(TBS系)の第8話が放送されました。

いい連続ドラマが与えてくれる「多幸感」を味わいながら、見続けている1本です。

この「多幸感」は、どこから生まれるのでしょう。

テーマは「日常」の中に

弁護士が中村倫也さんで、彼をサポートするパラリーガルが有村架純さん。

この2人が主人公なら、事件物でも法廷物でも、どんなタイプの「リーガルドラマ」も作れそうです。

しかし、『石子と羽男』はひと味違う1本になっています。

毎回のテーマが、私たちの「日常」の中にあるのです。

大事件の真相を暴く花形弁護士や、悪徳政治家を追及する敏腕弁護士の話ではありません。

羽根岡佳男(中村)と石田硝子(有村)が扱うのは、普通の人が「日常生活」の中で遭遇する、思わぬトラブルです。

カフェで充電していて訴えられたとか、自動車販売会社での社内いじめや、小学生がゲームに多額のお金を使わされたりとか。

また、お隣り同士の住人が、境界を越えてきた木の枝や、ピアノの音などで対立したりと、いかにも日常的に起きそうな事案ばかりです。

自力での解決が難しくなったとき、町なかのお医者さんのような弁護士、いわゆる「マチベン」がいてくれたら、確かにありがたい。

そんなマチベンドラマになっています。

カジュアルな「社会派」ドラマ

しかも、物語は二重構造で、奥行きがある。

まずは、法律が「便利に使える道具」であることの教えです。

今年3月に終了した『バラエティー生活笑百科』(NHK)的な面白さがそこにあります。

そしてもう1点は、出来事の奥にある「社会問題」にさらりと触れていることでしょう。

それが企業のパワハラ問題だったり、家庭が抱える教育格差の問題だったりするのです。

2日に放送された第8話は・・・

常連客のための「隠れ家」をウリにしていた飲食店。

お店紹介サイトに取り上げられたことで一般客が押し寄せ、被害を受けたという案件でした。

しかし、話が展開する中で、「知られない権利」といったことも登場し、物語の中でSNS社会の課題にまで触れていきました。

このドラマのプロデュースは新井順子さん、演出が塚原あゆ子さん。

2人が手掛けた『MIU404』(TBS系)でも、事件を通じて隠れた「社会病理」を鋭く描いていました。

今回は、笑えるマチベンドラマの形を借りて、カジュアルな社会派を実現しているのです。

際立つ「キャラクター」

東大卒のパラリーガル「石子」と高卒弁護士「羽男」のコンビ。2人のキャラクターが際立っています。

文書や映像などを一度見ただけで記憶してしまう、フォトグラフィックメモリーという能力を持つ羽根岡。

しかし条文や判例は完全に覚えていても、裁判での想定外の展開ではフリーズしてしまう。

しかも自分を天才に見せたいという願望があったりする、面倒な男です。

一方の硝子には、自分が決めたルールを厳守する、融通が利かな過ぎる側面があります。

依頼人への対応や、その後の取り組み方をめぐって、2人の間では口論が絶えません。

2人の過去や個性の違いから生じる「化学反応」は、このドラマの見所の一つです。

W主演の2人は、自分が演じる人物の内面が、化学反応によって微妙に変化する様子を、どこか客観的に楽しみながら演じるという離れ業をみせているのです。

絶妙の「掛け合い」

口論の応酬だけでなく、普段の会話もなかなか面白い。いわゆる「掛け合いの妙」ってヤツですね。

2日の第8話でも、こんなやりとりがありました。

証言者として法廷に立ってもらう依頼をしようと、相手の居場所であるカフェにやって来た2人。

「コーヒー屋さんなの?」と訊く羽根岡。

「いえ、ノマドワーカーらしくて」と硝子。

「ん? なんつった今? ドナドナメーカー? 出窓メーカー?」

「いえ」

「そばカレンダー? エビロブスター?」

「ノマドワーカー、知らないんですか?」

「はいはい、ノマドワーカーね」

「ほんと、知ってます?」

「知ってる。いろんなところで働く人でしょ?」

それを聞いた硝子は、目を見開き、わざとらしく口をオーバーに手で覆ってから、「正解!」。「そんな驚く?」と、あきれる羽根岡。

見ている側をニヤッとさせるこんなやりとりは、物語の進展とは無関係なのですが、ドラマの流れに心地いいアクセントを与えてくれます。

会話だけでなく、1話完結の話の中で、近距離(現在)と遠距離(過去)のエピソードを、バランスよく交差させていく脚本は、西田征史さん。

朝ドラ『とと姉ちゃん』(NHK)や『怪物くん』(日テレ系)などを手がけてきた実力派です。

ラストまで、あと数本。このドラマならではの多幸感を最後まで楽しみたいものです。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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