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ドラマ『アイドル』(NHK)のヒロインは、なぜ「古川琴音」だったのか

碓井広義メディア文化評論家
古川琴音さんが演じる明日待子(番組サイトより)

異色の「戦時ドラマ」

毎年8月は、戦争や原爆をテーマとした特集番組が放送されます。

それらは主にドキュメンタリーですが、今年は戦時下を描いた、異色のドラマがありました。

それが11日に放送された、特集ドラマ『アイドル』(NHK)です。主演は古川琴音さん。

物語の舞台は、「ムーラン・ルージュ新宿座」という劇場です。

開館は1931年(昭和6年)。演劇やレビューなどを上演して人気を集めました。戦時下でも営業を続け、閉館されたのは戦後の51年です。

ドラマは、「二・二六事件」の起きた1936年(昭和11年)から始まります。

威容を誇るムーラン・ルージュ新宿座。戦時下とはいえ、館内はいつも満員です。

どんな時代も、人々はエンターテインメントを求め、劇場にも足を運んだのでした。不穏な空気をひと時忘れ、歌とダンスに熱狂したのです。

地方から出てきた少女・小野寺とし子(古川)は、ムーランの座員に選ばれます。

やがて「明日待子(あしたまつこ)」の名でトップアイドルとなっていきました。アイドルは戦時下の「希望」だったのです。

実在した「明日待子」

「明日待子」は実在の女性です。本名は、須貝とし子さん。20年(大正9年)に岩手県で生まれました。

13歳で俳優を目指して上京。「ムーラン」に採用され、デビューすると、あっという間に人気ナンバー1のアイドルになったのです。

昭和初期から戦後にかけて活躍した後、49年の結婚がきっかけで札幌に移住します。

俳優を引退し、日本舞踊の家元・五條珠淑(ごじょうたまとし)として活動を続けました。

亡くなったのは、つい3年前の2019年。99歳でした。

家元として札幌で過ごしていた頃の須貝とし子さんの写真を見たことがあります。

艶(つや)と品のある、素敵なおばあちゃまでした。

天才肌の憑依型女優「古川琴音」

待子を支える、劇場の看板俳優が山崎育三郎さん。支配人でプロデューサー役を演じるのは椎名桔平さん。

ステージでの歌も踊りも音楽も本格的な作りです。

このドラマ、まずヒロインに古川さんを抜擢したことに拍手です。

レビューのスターということで、歌って踊れるアイドルグループのメンバーなどが演じていたら、全く違う作品になったでしょう。

古川さんという、一種天才肌の憑依型女優だからこそ、戦時下のアイドルの喜びも悲しみも、深いレベルで表現できたからです。

アイドルとしての「葛藤」

待子は、アイドルは「人を励ます仕事」だと信じていました。

しかし、学徒出陣の若者や、慰問で訪れた戦地の兵士たちへの励ましが、死へと向かう彼らの背中を押すことになると気づいて、待子は苦しむのです。

出征が迫るファンたちに、待子がこう呼びかけました。

「皆さん、私はずっとここにいます。だから、また会いに来て下さい!」

生きて帰って欲しいという、痛切な願いの言葉です。

脚本は『半沢直樹』や『おちょやん』の八津弘幸さん。演出は『青天を衝け』などの鈴木航さん。

異色の「戦時ドラマ」にして秀作と言える1本でした。

ちなみに、29日(月)午後9時から、BSプレミアムで再放送される予定です。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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