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『ミステリと言う勿れ』だけじゃなかった、冬ドラマの「佳作」(1)

碓井広義メディア文化評論家
隠れた佳作『ファイトソング』(番組サイトより)

さらば、冬ドラマ

桜も咲いて、今日は4月1日。

小学生の頃、同じクラスの吉江君という男の子が、人気のテレビドラマが「今週で終わるンだって!」という情報を流して、教室が大騒ぎになりました。

そうです。吉江君のウソは「エイプリル・フール」だったんですね。

当時のドラマは、1年とか2年続くことも普通で、突然の終了は子どもたちにとって衝撃だったのです。

そんなことを思い出す4月1日ですが・・・。

3月末、冬ドラマが続々とエンディングを迎えました。

今期は『ミステリと言う勿(なか)れ』(フジテレビ系)が大いに話題となりましたが、隠れた「佳作」も存在しました。

たとえば『ファイトソング』(TBS系)です。

「不器用な生き方」への声援

注目ポイントは二つありました。

まず、岡田恵和さん(朝ドラ『ひよっこ』など)によるオリジナル脚本であること。

もう一つは、ヒロインが民放連続ドラマ初主演の清原果耶さんだったことです。

児童養護施設で育った花枝(清原)は、空手の有力選手でしたが挫折。しかも聴神経腫瘍で数カ月後の失聴を宣告されてしまう。

そんな花枝が出会ったのが、自分の大好きな楽曲を手掛けたミュージシャン、芦田(間宮祥太朗)です。

当時、どん底状態だった芦田はマネジャーから「恋愛でもして人の気持ちを知りなさい」と言われ、花枝に交際を申し込みます。

耳が不自由になる前の「思い出づくり」を決意する花枝。互いに期間限定の「恋愛もどき」のはずでした。

脚本の岡田さんは、物語を大仰なエピソードで飾らず、2人のキャラクターと日常をじっくりと見せていきました。

その積み重ねが、見る側の共感をじわじわと呼び起こしていったのです。

また同じ施設で育った慎吾(菊池風磨)が花枝を好きで、その慎吾をやはり施設仲間の凛(藤原さくら)が好きだったりしました。

自分の恋心にブレーキをかける2人の姿がいじらしい。それがドラマ全体に漂う、もどかしさと切なさを倍加させていました。

そして何より、登場人物たちに共通の「不器用な生き方」を見つめる、岡田さんのまなざしが温かい。

最終回、脚本家が仕掛けたこと

最終回、岡田さんが仕掛けたのは、互いに自分の思いを語る約8分間の長丁場です。

すでに音が聴こえなくなった花枝のために、芦田は自分が話す言葉を文字化して伝えます。

「恋って、しなきゃいけないものではなくて。でも、やっぱり、人が人を好きになるのは素敵なことだと思う/自分が好きな人が、自分を好きになってくれるなんて、それはもう奇跡みたいなもので/俺は待ってる、花枝が俺を必要だと思ってくれるまで/今までで今日が一番好きです」

この静かで熱い言葉を受けて、花枝も本音を明かします。

恋をすることで相手に甘え、弱くなっていく自分が怖いというのです。さらに芦田が創り出す音楽を、自分は聴くことができない悲しさも。

もともと“ピュア度”の高い清原さんですが、今回のような「生きづらさを抱えたヒロイン」は最適解。

病(やまい)を背負ったこと、人を好きになったことで成長していく、一人の女性を丹念に演じていました。

それはまた「女優・清原果耶」の成長のプロセスでもあり、見る側として立ち会えたことは小さな幸運だったと思います。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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