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コロナ禍による医療危機、北海道で脚本家「倉本聰」が動いた

碓井広義メディア文化評論家
(写真:y.tanaka/イメージマート)

新型コロナウイルスによる医療危機に対して、現在、北海道で以下のような「取り組み」が行われています。

発端は、脚本家の倉本聰さんが、昨年の12月末に地元の北海道新聞に寄稿した一文でした。

その一部を転載してみます。

医療危機に対し ー(いち)道民として今考えること

新型コロナが発生して以来、医療現場は苛烈を極めている。

元々脆弱(ぜいじゃく)だった北海道の医療は瀕死(ひんし)の状態に追いこまれており、殊にそのしわ寄せは看護師・介護士・事務員を中心とする現場の医療従事者に集中していて、SNSの投稿などを見ても悲鳴に近い彼らの声が溢(あふ)れる。

おまけに心ない風評被害が彼らを直接襲っており、保育所からの子供の預かり拒否、病院へのタクシーの乗車拒否等々聞くに耐えない誹謗(ひぼう)中傷が彼らの周辺で渦まいている。

従って離職者がどんどん増えていて、ベッドの数よりその面からの医療崩壊がささやかれている。

政府はGOTOキャンペーンで経済優先の施策ばかり打つが、命の現場で必死の戦場のただ中にいる彼らの事を、一体どの位本気で考えているのかよく判(わか)らない。

いや。そういう論評をするのはもう止めよう。

恐らく官は官で懸命の努力をしているのだろうから、我々(われわれ)は今、民の立場から出来る行動にふみ出すことを考えようではないか。

本州のことはとりあえず措(お)いて道民としてまず北海道の中でのことを考えよう。

医師・看護師・介護士たちはその使命感から過剰労働に懸命に耐えている。それに対する危険手当、超過勤務手当がどれ程(ほど)出ているのか僕は知らない。

只(ただ)彼らが勿論(もちろん)医師を含めて疲労のどん底にいることは察して余りある。看護師の間に精神的疲労がたまり、ウツが拡(ひろ)まっているという情報も知っている。

そういう時に今、僕ら道民の一人一人が、何か彼らに報いるすべはないのか。

経済的な支援は勿論、何よりも僕らが彼ら医療関係者に心底感謝しているということ。その感謝の気持ちをどう表現したら良いかと、思いつかずにいらついていること。

まずそのことを彼らに伝えて感謝の想(おも)いを伝えたい。僕がこの文を書いているのは純粋にそういう思いからである。

GOTOキャンペーンを中心として政府は観光業・飲食接待業への経済的支援を懸命に考える。それはそれで良い。

だが、官がそのことに重点を置くなら、民である僕らはもう一つの柱である命の救済という大きなテーマとそこに関連する医療従事者に及ばずながら感謝の気持ちを伝えようではないか。

他の都府県がどこも行わない民力の結集を、この北海道から起こそうではないか。

(北海道新聞 2020年12月26日付より)

「民である僕ら」にも出来ること

倉本さんの、黙して眺めているに忍びないという、切実な思いがここにあります。

そして、まさにその思いが、読者にも伝わったのでしょう。この記事に大きな反響があり、それを受けて新聞社や応援する人たちも動き出し、具体的なプロジェクトとして立ち上がったのです。

名前は、北海道医療従事者応援プロジェクト「結(ゆい)」

発起人は、

岡田武史(サッカー元コンサドーレ札幌監督)

倉本聰(脚本家)

栗山英樹(プロ野球北海道日本ハムファイターズ監督)

中島みゆき(シンガーソングライター)

広瀬兼三(北海道新聞社長)

三浦雄一郎(プロスキーヤー)

の各氏です。

ベースとなるのは募金活動で、1月15日に開始されました。北海道病院協会などを通じて、道内の医師、看護師、介護士といった現場の方々に届けようというものです。

また同時に、医療従事者が受けている、いわれなき差別など、卑劣な行為に対する啓蒙活動。さらに意識向上のための、草の根的な運動も繰り広げようとしています。

3月いっぱいが締切の募金は、本日現在で約1460万円に達しました。

すべては、86歳になる脚本家が、一人の道民の立場から、「民である僕ら」にも出来ることがあるのではないか。出来る形で「医療従事者に報いよう」と呼びかけたことが始まりです。

こういう「街場の取り組み」が、実際に進行中であるということ。

そして、決して北海道だけの話ではなく、他の地域でも展開可能なものであることも含め、多くの示唆に富む事例ではないかと思います。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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