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【 解読『おちょやん』】千代がまさかの初舞台で主演 でも全セリフ暗記は史実

碓井広義メディア文化評論家
(写真:grandspy_Images/イメージマート)

NHK連続テレビ小説『おちょやん』の魅力の一つは、「虚実皮膜」の面白さにあります。女優・浪花千栄子の軌跡に、ドラマ的なフィクションを加えていく。千代(杉咲花)の「初舞台」をめぐるエピソードもまたしかりです。

ご存知のように、今回はモデルというかモチーフとして、女優・浪花千栄子の存在があります。しかし、実人生のドラマ化ではなく、あくまでも「竹井千代」という一人の女性のお話になっています。

浪花千栄子の軌跡をベースにしながら、フィクションを加え、ドラマとして膨らませていく。そこに「虚実皮膜」の面白さが生まれます。脚本の八津弘幸さん(『半沢直樹』など)の腕の見せどころでしょう。

1月11日(月)から15日(金)までの第6週では、山村千鳥(若村麻由美)が率いる一座に雑用係、いえ千鳥のお世話係として入った千代が、ついに「初舞台」を踏みました。しかも、いきなりの「主演」という、びっくりの展開です。

千鳥が舞う『清盛と仏御前(ほとけごぜん)』

週明けの冒頭は、三楽劇場での山村千鳥一座の公演でした。出し物は3つ。『松風村雨』、『清盛と仏御前』、そして『元禄花見踊』です。

この中で、『清盛と仏御前』が一座の十八番(おはこ)でした。千鳥が美しい白拍子、仏御前を演じています。

白拍子というのは、平安時代末期から鎌倉時代にかけての舞踏であり、踊り手のことも指します。歌って踊れる、当時のアイドルみたいな存在だったのですが、人気の白拍子が時の有力者の庇護を得ることもありました。

有名なところでは、京都の祇王寺に名前が残る、「祇王」という白拍子でしょう。彼女は優れた芸と美しさで平清盛の寵愛を受けました。しかし後に、清盛の心が同じ白拍子である「仏御前」に移ったことを知ると、祇王は出家します。

また、「恋の勝利者」であるはずの仏御前も、祇王の行く末を見て栄華をむなしく思い、やがて仏門に入ってしまう。

その仏御前を千鳥が演じるのが『清盛と佛御前』だったのです。自身の思いを仏御前に重ねて舞う千鳥。画面に何度か登場する、若村さんの舞姿が実に美しい。

しかし、千鳥一座の公演は客足が減る一方で、座元から「あと半月」と最後通牒を突きつけられます。座員の清子(映美くらら)は、宝塚歌劇でも当りをとったという出し物『正チャンの冒険』を再提案。「勝手にすれば」という、千鳥独特の許可をもらいました。

「正チャン」は、「タンタン」の元祖?

『正チャンの冒険』ですが、山村千鳥のモデルである「村田栄子」とその一座が実際に公演した、実在の演目です。

原作は同名の漫画でした。作・織田小星、画・樺島勝一。勇気と知恵にあふれた少年「正チャン」が主人公の冒険ファンタジー漫画です。

大正12年(1923)に雑誌のアサヒグラフで『正チャンのぼうけん』として連載がスタートし、後に朝日新聞に場を移したことで人気も知名度もアップしました。今では「キャラクター漫画の原点」とさえ言われています。

特徴は「正チャン帽」と呼ばれた、ポンポンのついた毛糸の帽子です。私が子どもの頃も正チャン帽は人気で、冬になると当り前のように見かけたものでした。

この正チャンを見ていると、誰かと似ているような気がします。

ベルギーの漫画家・エルジェが描いた、タンタンでした。有名な『タンタンの冒険』の主人公です。かなり似ているのですが、タンタンの登場は1929年。正チャンのほうが先なんですね。

千代の「初舞台」と「初主演」

さて、千鳥一座の『正チャンの冒険』です。前評判もよく、たくさんの予約も入った開演前日になって、正チャンを演じる清子が足をくじいてしまいます。その清子が突然、自分の代りとして「主役」に指名したのが千代でした。

元々、千代はネズミの役で、セリフもひと言だけ。しかも、まったく芝居にもなっていないのに、どこか役を軽く見ていたふしがあります。

千代は、千鳥に一喝されました。この時の千鳥のセリフがいい。

「あなたの役を愛しなさい!」

初めての役とは、一生忘れられない大切な役だと言うのです。

自分の役はネズミでしたが、千代は芝居のセリフを全部覚えていました。それが非常時の大抜擢につながったのです。なんと「初舞台」が、「初主演」になってしまった。

実は、村田栄子一座の『正チャンの冒険』でも、同じようなことが起きました。すでに浪花千栄子は「初舞台」を済ませていましたが、まだ大きな役にはついていません。『正チャンの冒険』もそうでした。

活路開いた「アドリブ」

ところが、正チャン役の女優が発熱で倒れ、主役が千栄子に転がり込んできたのです。やはり、この芝居のセリフを丸暗記していたことが功を奏しました。

千栄子は、初めての大役ということもあり、言葉がつまったりもしたようですが、飛んだり跳ねたりの縦横無尽な動きに、観客が大喜びしたそうです。

一方、千代の「初主演」ですが、そう簡単にはいきません。腹式呼吸も出来ないので、大声で叫んでいるだけです。千鳥が長刀(なぎなた)を応用した特訓を施してくれました。

翌日、初日の幕が上がり、何とか芝居が進んでいきます。ところが千代は、大事な小道具である「短剣」を置き忘れていました。

芝居は止まってしまいますが、そこで飛び出したのが千代のアドリブでした。敵である山賊に向って言ったのです。

「山賊さん、ぼくと友だちになろ。ほんまはさみしかったんやろ。せやさかい、お姫さま、さらったりしたんやなあ」

ここで長い「間(ま)」を置きました。客席には洋子(阿部純子)の息子をはじめ、たくさんの子どもたちがいます。彼らに語り掛ける千代。

「今まで辛いことばっかりやったかも分らへんけど、大丈夫。だんない!(富山弁で「大事ない」といった意味)」

続けて、

「きっと、これからはええこともぎょうさんある。せやさかい、みんな。一緒に楽しい冒険、続けよ!」

こういう場面の杉咲さんは本当に生き生きしており、千代そのものです。

しばし呆然としていた観客ですが、「キネマ」店長の拍手をきっかけに、場内全体が拍手に包まれました。

アドリブは結果オーライの大成功。新聞の劇評にも、千代の名前こそ無いものの、「今回が初舞台の新人女優、粗削りだが見所あり」と書かれたほどです。

千鳥に礼を言おうと家に行ってみました。すると、千鳥は一座を解散すると言い出します。その理由が、いかにも千鳥らしい。「あなたのせいよ」と言った後・・・

「あんな芝居でも、本気でやれば人の心を動かせる。今、あんな芝居と言ったけど、いつの間にか自分が見下す側になっていた。それが許せない。1人で全国回って鍛え直す。私も冒険したくなったの!」

千鳥は千代を「鶴亀撮影所」に紹介しただけでなく、座員全員に次の「場」を用意する形で一座を解散しました。お見事です。

そして若村さん、来週から見られなくなるのが残念なほど、千鳥で存在感を示してくれました。

千代の「大冒険」はじまる

16日(金)の第30話。撮影所の門を堂々とくぐり、千代は面接試験に臨みます。相手は撮影所の所長である片金平八(六角精児)と、映画監督のジョージ本田(川島潤哉)。

演技のテストもなく、姿形の確認だけで合格でした。千鳥の紹介があったからですが、所長も監督も、千代を大部屋女優としてしか見ていませんでした。

大部屋に行ってみれば、先輩女優たちから軽くあしらわれる千代。そこへ助監督の小暮真治(若葉竜也)が呼びに来ます。時代劇の町娘役が腹痛を起こしたとかで、いきなり千代に代役が回ってきたのです。

とはいえ、ただの通行人みたいなもので、普通に歩けばいいものを、千代は本番中に勝手な芝居をやらかして大騒ぎになりました。町娘の出番もカットです。

大部屋女優として前途多難なスタートですが、無名時代の浪花千栄子ともリンクする「虚実皮膜」のエピソードは、次週から本格的に始まります。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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