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『恋つづ』一挙放送で再認識! 上白石萌音「最強の地方出身女子」伝説

碓井広義メディア文化評論家
上白石萌音さんの故郷・鹿児島の象徴、桜島(写真:kensyo/イメージマート)

昨年12月29日の『「恋はつづくよどこまでも」ディレクターズカット版全話一挙放送SP』(TBS系)。再認識したのは、ヒロインを演じた上白石萌音さんが体現する「最強の地方出身女子」伝説でした。

新年、おめでとうございます!

とはいえ、めでたさも中くらいな感じで、昨年より少しでもよい年になるよう祈るばかりです。

さて、歳末セールの大盤振る舞いみたいな「年末編成」のおかげで、好評だった連続ドラマをまとめて再見することができました。

12月29日の『「恋はつづくよどこまでも」ディレクターズカット版全話一挙放送SP』(TBS系)も、そんな「歳末企画」の一つでした。

コロナ禍での「癒し」となったヒロイン

ヒロインの佐倉七瀬(上白石)は修学旅行で鹿児島から上京し、偶然出会った医師の天堂浬(てんどうかいり 佐藤健)に一目ぼれ。彼の近くに行こうと看護師を目指し、天堂と同じ病院で働き始めます。看護師として一人前になること、天堂に振り向いてもらうこと、そのためにはどんな努力も惜しまない。

やがて彼女の天性の明るさと笑顔は患者たちの支えとなっていきます。七瀬はかたくなだった天堂の気持ちも動かしますが、一番揺さぶられたのは見る側の感情です。仕事も恋も初心者で、失敗しては落ち込み、泣いて、また顔を上げる。ひたすら一途でけなげなヒロインに多くの人が癒されました。

振り返れば、『恋はつづくよどこまでも』が放送されたのは昨年の1月クール。でも、何だか随分前のような気がします。一挙放送を見ながら、新型コロナウイルスの影響下に過ごした2020年が、いつもとは違う1年だったことを、あらためて感じました。

そして、もう一つ再認識したのが、上白石萌音さんの「逸材感」でした。いそうで、いない。いなさそうで、ちゃんといる。他の女優が演じていたら、あそこまで共感できなかったかもしれないと思わせる、独特の存在感がありました。

女優・上白石萌音の「最強の地方出身女子」伝説

女優の上白石萌音さんに、最初に注目したのは、いつだったでしょうか。多分、初主演の映画『舞妓はレディ』(14年、周防正行監督)だったと思います。地方出身の女の子が、京都に出てきて、「舞妓さん」になることを目指すというお話でした。

あか抜けない、田舎っぽい少女だった主人公の西郷春子が、だんだん洗練されていく姿が、往年の名作ミュージカル『マイ・フェア・レディ』でオードリー・ヘプバーンが演じたイライザと重なります。地方出身の春子に、上白石萌音という女優がドハマリしていました。

次が映画『ちはやふる』(16年、小泉徳宏監督)で、広瀬すずさん演じるヒロイン、綾瀬千早の「かるた仲間」です。都立瑞沢高校の「かるた部」の部員、大江奏の役ですね。

都立なので、奏は地方出身ではなかったのですが、和服好きで、おっとり屋さんで、古典おたくというキャラクターは、渋谷とか六本木とかを闊歩するタイプの「東京女子」とは、見事に一線を画していました。

そして、萌音さんの知名度を一気に上げたのが、同じ16年公開の劇場アニメ『君の名は。』(新海誠監督)です。2次元のヒロイン・宮水三葉(みつは)に、声優として命を吹き込んだのは、萌音の演技力のなせる業でした。

三葉は、豊かな自然に囲まれた、岐阜県糸守町に暮らす女子高生で、古くからある神社の巫女。本当は東京に憧れているのですが、ままならない環境にあります。まさに「地方出身女子」そのものであり、そのやわらかい方言もどこか懐かしく、萌音と三葉は完全に一体化していました。

さらに、もう1本、連ドラ初主演となった『ホクサイと飯さえあれば』(17年、毎日放送)も、忘れてはならないでしょう。

主人公は上京したばかりの超内向女子、ブンちゃんこと山田文子(あやこ)だ。ホクサイという名の「ぬいぐるみ人形」と一緒に、北千住のアパートで暮していました。

無類の「ごはん好き」ですが、食事は「お家(うち)ごはん」のみ。自炊料理の食材を近所の商店街で手に入れ、自分で作るのが一番楽しいし、最も嬉しいという女子大生です。

しかも画面では、安くて、早くて、おいしい「ブンちゃん料理」を作るところは見せるのですが、食べているシーンは一切描かれないという、ちょっと変わった「DIYグルメドラマ」でした。

このブンが、これまた、何ともいい味の「地方出身女子」で、一般的にはコミュ障と言われそうな強い人見知りです。しかし、自分の好きことには一生懸命で、一途で、健気でもあり、どこか『恋つづ』の七瀬につながっていました。

普通っぽいけど普通じゃない逸材

『恋つづ』の終盤。七瀬に横恋慕した患者の上条(清原翔)が天堂を訴えたため、ずっと天堂が面倒を見てきた少女の手術に立ち会うことができなくなってしまいました。

七瀬は訴えを取り下げる「交換条件」として、天堂から離れることを決意し、鹿児島(上白石姉妹の故郷)の小さな診療所で働き始めます。

そして、やはりというか、待ってましたというか(笑)、天堂が現れ、七瀬を背後から抱きしめます。七瀬を応援してきた視聴者も納得する、この恋物語の大詰めでした。

「こうなって欲しい」という見る側の願いに、テレることなく応えていくことも、正統派恋愛ドラマでは必須だったりします。萌音さんは、ベタな展開であっても、ちょっと気恥ずかしいセリフであっても、堂々と、清々しく演じ切ることで、私たちを物語世界に引き込んでくれました。

というわけで、萌音さんの軌跡をたどってきたのですが、その演技の幅を示すエピソードをもう一つ。

昨年3月、文化庁が主催する「芸術選奨」の2019年度受賞者が発表になりました。その「放送部門」の選考審査員を務めさせていただいたのですが、文部科学大臣賞は、ドラマ『スローな武士にしてくれ』(NHK)、『令和元年版 怪談牡丹燈籠』(同)などの脚本・演出を手掛けた、源孝志さんに贈られました。

この『怪談牡丹燈籠』で、萌音さんは、亡霊でありながら好きな男につきまとう「お露」を演じて、絶品だったのです。

一緒になることはできない運命だからこそ、萌音さんが見せてくれた女としての執念が哀しく、美しく、そして怖かった。源さんの受賞に、彼女が大きく貢献したと言っても過言ではありません。

昨年が『恋つづ』なら、2021年の萌音さんは1月12日(火)からの『オー!マイ・ボス!恋は別冊で』(TBS系)がスタートとなります。

番組情報によれば、「主人公・奈未(上白石)が、片思い中の幼なじみを追いかけ上京し、大手出版社の備品管理部の面接を受けるも、ファッション雑誌編集部に配属されて・・・」という設定の物語です。

この「幼なじみを追いかけ上京」というあたりに、『恋つづ』に至る「最強の地方出身女子」を踏襲する構えが見て取れます。普通っぽいけど普通じゃない逸材、上白石萌音という女優の魅力を、うまく生かし切ってくれることを期待しています。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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